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異世界の残酷な洗礼編

009:わん太郎の冒険🐾~惰眠の章

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 ◇◇◇

 ――その頃、某所で青白い子狐が気絶をしていた。
 そこは見渡す限りが草原であり、心地よい風が子狐の頬をなでる。
 あまりの気持ちよさに小狐は無意識に腹天をして、月光をふさふさのお腹に受けて楽しむ。
 が、そこに無粋な娘の声が子狐を起こす。

『――きて! 起きてよ!!』
「ムニャムニャ……もう食べられないワン……でもチャ~リュは別腹だワン……」
『もぅ! なにを言っているのかな? かな!?』
「……うるさいワンねぇ……あと五分だけだワン……」
『五分どころか、あと五秒も無いんだよ!? ねぇ早く起きて! わん太郎・・・・!!』
「うぅ~ん、もぅ何だワン……ってえええええ!?」

 わん太郎は小さなクリクリな瞳をパチリと開くと、目の前に迫る錆びた剣を転がりかわす。
 よく見れば真っ赤な瞳が印象深い、緑色の小人がそこにいた。

「うわぁぁ!? 一体なんだワンよ!!」
『わからないけど囲まれちゃったんだよ! どうするの、わん太郎!?』
「どうもこうも無いワン。おまえたち何者だワン!?」
『だめだよ、この人? たちに言葉は通じないんだよ。さっきからほら……』

 よく見れば周りを囲むのは三人の影であった。
 その様子がどうみても人じゃない。目はギョロリと大きく、耳が微妙にとがっている。
 さらに汚い帽子をかぶり、なにかの植物で作った腰みのを装着し、上半身は裸だ。
 手には錆びた剣やナイフを持ち、なによりその皮膚が薄汚れた緑色の存在だったのだから。

「ギャググググ」
「ギョヴォヴォ」
「ルルブルルグ」
「こ、言葉は通じなさそうだワンねぇ」
『そうなんだよ! でもね、彼らが目の前を通り過ぎようとしていたから、勇気を出して私は聞いてみたんだよ』
「なんて聞いたワン?」
『ファンシーあふれるステキなお召し物ですね。そんな汚いモノをどこで拾ったんですか? って』
「そりゃ怒るワン……って、この状況は女幽霊が原因かワン!?」

 わん太郎が可愛らしいお口を開けて絶句すると、下手な口笛が妖刀から聞こえてくる。
 どうやらこの妖刀の中の人もそう思ってるようだ。

『そ、そんな事より今は逃げるんだよ!』
「逃げるったって……かこまれちゃったし、それにワレを食べる気満々だワンよ」

 見れば三体の緑色の小人は、汚いよだれをたらしている。
 その視線はどう見ても、わん太郎を獲物として捕獲し食べる気のようだ。
 食料として見られたことに、太いふわふわの尻尾しっぽをブルリと震わせ、このあとの展開に青ざめる。元々青いけれど……。

「ギャギャギャ!」
「「ギョオオオ」」
「ほらぁ。もうワレを食べる気満々だワン。しかたないから倒すワン」
『わん太郎なら大丈夫とは思うんだよ。でも気をつけてね?』
「誰にものを言っているのかね女幽霊。ワレはえらいんだワンよ」
『ドヤ顔二足歩行するのはいいけれど、振り返ったほうがいいと思うんだよ?』
「なんだワン? ふひゅぅッ!?」

 なぜか余裕のわん太郎が振り向くと、そこには錆びたナイフが首のあたりを狙い一閃。
 おどろいたわん太郎は、そのまま背後にコロコロと転がって逃げる。

「あ、危ないワンねぇ。ったく、こうなったら容赦はしないワン。えらいワレに歯向かったことを後悔するがいいワン……凍てつく氷河より生え茂り、ワレの矛となり敵を穿つらぬけ! アイスランス!!」

 わん太郎がそう唱えた瞬間、周囲に直径三十センチほどの青いゲートが複数現れる。
 そこから氷の槍が――出なかった。

「なッ!! どうしてアイスランスが出てこないんだワン!?」
『えぇ!? わん太郎でもだめなのかぁ』
「ど、どういう事だワン?」
『実はさっき、私が倒そうと思ったんだけどね、妖気ちからが出なかったんだよ』
「そういう事は早くいうんだワン! お陰で無駄にかっこいいワレを披露してしまったワン」
『ぅ、ごめんね。私だけかと思っちゃったんだよ』
「まぁいいワン。う~ん、じゃあどうしようかワン……って、目の前にいい得物ようとうがあるんだワン! 女幽霊力を貸すんだワン!!」
『えぇ~戦極様にしか触れられたくないにぃ』
「そんな事を言っている場合じゃないワンよ! って、緑の小人が来たワン!!」

 緑色の小人は稚拙ながらもフォーメーションを組み、錆びた武器で襲いかかってくる。
 一匹は左からナイフ。もう一匹も右からナイフ。そしてトドメとばかりにショートソードで大上段から、わん太郎の可愛い頭を狙う。

「女幽霊!!」
『もぅ、仕方ないんだよ!!』

 そこからはお互い早かった。
 悲恋美琴のつか――つまり、妖刀の持ち手たる部分をわん太郎へと向けると、それを小さなお口で〝はむっ〟と噛みながらわん太郎は飛ぶ。
 
 まずは向かって左にいる緑の小人の錆びたナイフへと、悲恋美琴がブチ当たった次の瞬間、なんの抵抗もなく錆びたナイフを斬り裂く。
 そのまま流れるように、体を回転させて中央から右の緑の小人を斬り捨てる。

「「「ギョヘエエエエ!!」」」

 三匹は断末魔の叫びをあげると、胴体から真っ二つになり、鉄臭い青い飛沫しぶきを打ち上げて絶命するのだった。

「『うわぁ……』」
「ちょっとグロイんだワン」
『本当だねぇ……それにすごく臭いんだよ』
「うへぇ、お鼻がまがっちゃうワン。ひっどい臭いだワンねぇ」
『うんうん。あ、それより戦極様の気配を感じない?』

 美琴にそう言われて、わん太郎は周囲の気配を探す。
 こう見えても探知能力は高く、かりに戦極が気絶をしていようがすぐに見つかるはず――だった。

「……いないんだワン」
『うそッ!? 一体どこに行っちゃったの、戦極様あああああああああ!!』

 蒼と朱の月に向かって美琴は叫ぶ。
 わん太郎も同じ気持ちになり、さみしそうに「あるじぃ……」とつぶやくのだった。
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