上 下
336 / 486
第八章:塔の管理者達と、新たな敵

336:悲恋と美琴

しおりを挟む
 美琴につねられながら周囲を見る。どうやら犬のような魔物の氷漬けの死体を見ると、それを行ったのがワン太郎だと分かったが、そのワン太郎がどこにもいない。それにしても頬が痛い。そろそろ離してくれないだろうかと思うと、涙目が加速する。

 そんな事を思いながら魔物の死体を見ていると、遠くから流を呼ぶ声がする。

「ナガレ!! また随分とハデにやったもんだなぁ?」
「ナガレさん、ご無事ですか!?」
「って、ヴァルファルドさん? それにエルシアまでどうしたんだ!?」

 見れば驚くことに、ヴァルファルドとエルシアが二人でこっちへと向かってくる。
 さらにその後ろには黒い鎧を着た兵士達が、数十名付き従っている。どうやらヴァルファルドの配下のようであった。

「あの後すぐに領主様に呼ばれてな。そしてココへお前の援軍としてやって来たわけだ」
「そうだったのか、ありがとう。この後どうしたらいいか考えてたところだよ」
「どこもお怪我が無くてよかったです。あの、それでメリサは?」
「それなんだが……すまない。救出に失敗した。じつは――」

 流は水塔内であったことを詳細に話す。だが妖人あやかしびとの事はヴァルファルドとエルシアだけならまだしも、その他の人間がいる前では話す事が戸惑われた。
 だからその部分は、ぼかして話をすすめる。

「――と言うわけでメリサは、アルマーク商会に連れ去られてしまった……本当にすまない」
「そうですか……。でもナガレさんが無事で本当に良かったです! もしお怪我をしてたらどうしようかと心配で心配で……」

 そう言うとエルシアは目尻に涙を浮かべる。それを見た美琴は「これを」と、流にハンカチを差し出す。
 どこから出したのだろうと不思議に思いながらも、それを受け取るとエルシアへと差し出す。

「ほら、泣かないでくれ。心配してくれてありがとうエルシア」
「ぐすっ……ありがとうございます。えっと……その、そちらの方は?」

 エルシアは素肌が雪のように美しいが、生気のない娘に魅入る。それはヴァルファルドは無論、ここにいる誰もが知らないとても美しい娘がいた。
 その姿は遥か東の国にあるという民族衣装に身を包み、それは艶やかな色彩のキモノと呼ばれるものだとすぐに分かる。
 髪は新月の夜空よりなお黒く、瞳は黒いのに透き通るような怪しげな魅力をはなつ。
 鼻は高くはないものの美しい形であり、眉はほっそりとしつつも、気品さがある。
 それだけならまだしも、唇がとくにいけない。なぜなら、ぷっくりとしていて瑞々しく、そこから放たれた「これを」と言う、たった一言の楽器のような音と錯覚する声に、全員が魅了されたのだから。

 そんな美少女は目をほそめて、実に魅力ある微笑みでエルシアの問に答える。

「はじめましてエルシアさん。私は美琴と申します。流様がいつも大事にしてる日本刀に取り憑いているんだよ? これからよろしくね」
「は……へ? と、取り憑いてる??」
「そう、こんなふうにね?」

 瞬間美琴はおぼろげな存在になり、悲恋へと吸い込まれていく。それを見た全員、ヴァルファルドですら驚愕する。

『ふふふ。どうかな、信じてくれた?』
「ひぅッ!? は、はい。驚きましたが理解しました……」
「ナガレ……お前のカタナが特別だとは思っていたが、ここまでとはな。正直、度肝を抜かれたぞ」
「まったく美琴。お前がいきなりやるから、みんな怖がってるぞ?」
『え~。どうせそのうち分かる事ですし、やるなら今でしょ! ってね?』
「どっからそういう知識を……はぁ、困った幽霊だよ。まぁこんなワケだから、みんなよろしくな?」

 そんな流と美琴のやりとりに、恐る恐るだがエルシアはうなずく。

「えっと、ミコトさん。こちらこそ、よろしくおねがいします……」
「ハッハッハ! こいつはいいな。これはジェニファーすら驚くぞナガレ?」
「見た目は不気味だが、心根の優しい娘でとても頼りになるんだ。悪さはしないから、安心してくれ」
『ちょ!? 不気味とか言わないでくださいね? ね!?』

 流と美琴の会話を聞いていると、どうやら本当に悪い霊ではないのだと全員が理解する。
 そんなつかの間の恐怖が去ったと思った瞬間だった。突如、体感温度が下がる。その原因がゆっくりとだが、確実にこちらへと向かってくるバケモノを全員が目撃する。

「主!! ご無事でなによりでした!!」
「おお、氷狐王。お前も無事でよかった! それで姉弟はどうなった?」
「あぁそれなら――」

 ワン太郎は氷狐王の体から抜け出ると、小狐になる。そしておもむろに右の前足を〝むにょ〟と氷狐王の外装へと当てると、それが甲高い音とともに砕け散った。
 そして中から出てきたのは、顔を真っ青にして震える白豹の獣人の姉弟。そして――。

「ッ!? お、お前はシュバルツ!! どうして氷の棺の中にいるんだ!?」

 ヴァルファルドは流に話は聞いていたが、まさかこんな形で再会するとは思いもしなかった。
 そんなヴァルファルドを黙って見つめる流。

 そして――。

「ワン太郎、そろそろいいか?」
「う~ん、もういいかなぁ? 花も散っていないし、まず成功かなぁ。じゃあ開けるワンよ~」

 ワン太郎はそう言うと、生蒼薔薇の棺へと向かうのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

S級スキル【竜化】持ちの俺、トカゲと間違われて実家を追放されるが、覚醒し竜王に見初められる。今さら戻れと言われてももう遅い

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
ファンタジー
 主人公ライルはブリケード王国の第一王子である。  しかし、ある日―― 「ライル。お前を我がブリケード王家から追放する!」  父であるバリオス・ブリケード国王から、そう宣言されてしまう。 「お、俺のスキルが真の力を発揮すれば、きっとこの国の役に立てます」  ライルは必死にそうすがりつく。 「はっ! ライルが本当に授かったスキルは、【トカゲ化】か何かだろ? いくら隠したいからって、【竜化】だなんて嘘をつくなんてよ」  弟である第二王子のガルドから、そう突き放されてしまう。  失意のまま辺境に逃げたライルは、かつて親しくしていた少女ルーシーに匿われる。 「苦労したんだな。とりあえずは、この村でゆっくりしてくれよ」  ライルの辺境での慎ましくも幸せな生活が始まる。  だが、それを脅かす者たちが近づきつつあった……。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

ゴミアイテムを変換して無限レベルアップ!

桜井正宗
ファンタジー
 辺境の村出身のレイジは文字通り、ゴミ製造スキルしか持っておらず馬鹿にされていた。少しでも強くなろうと帝国兵に志願。お前のような無能は雑兵なら雇ってやると言われ、レイジは日々努力した。  そんな努力もついに報われる日が。  ゴミ製造スキルが【経験値製造スキル】となっていたのだ。  日々、優秀な帝国兵が倒したモンスターのドロップアイテムを廃棄所に捨てていく。それを拾って【経験値クリスタル】へ変換して経験値を獲得。レベルアップ出来る事を知ったレイジは、この漁夫の利を使い、一気にレベルアップしていく。  仲間に加えた聖女とメイドと共にレベルを上げていくと、経験値テーブルすら操れるようになっていた。その力を使い、やがてレイジは帝国最強の皇剣となり、王の座につく――。 ※HOTランキング1位ありがとうございます! ※ファンタジー7位ありがとうございます!

平凡すぎる、と追放された俺。実は大量スキル獲得可のチート能力『無限変化』の使い手でした。俺が抜けてパーティが瓦解したから今更戻れ?お断りです

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
ファンタジー
★ファンタジーカップ参加作品です。  応援していただけたら執筆の励みになります。 《俺、貸します!》 これはパーティーを追放された男が、その実力で上り詰め、唯一無二の『レンタル冒険者』として無双を極める話である。(新形式のざまぁもあるよ) ここから、直接ざまぁに入ります。スカッとしたい方は是非! 「君みたいな平均的な冒険者は不要だ」 この一言で、パーティーリーダーに追放を言い渡されたヨシュア。 しかしその実、彼は平均を装っていただけだった。 レベル35と見せかけているが、本当は350。 水属性魔法しか使えないと見せかけ、全属性魔法使い。 あまりに圧倒的な実力があったため、パーティーの中での力量バランスを考え、あえて影からのサポートに徹していたのだ。 それどころか攻撃力・防御力、メンバー関係の調整まで全て、彼が一手に担っていた。 リーダーのあまりに不足している実力を、ヨシュアのサポートにより埋めてきたのである。 その事実を伝えるも、リーダーには取り合ってもらえず。 あえなく、追放されてしまう。 しかし、それにより制限の消えたヨシュア。 一人で無双をしていたところ、その実力を美少女魔導士に見抜かれ、『レンタル冒険者』としてスカウトされる。 その内容は、パーティーや個人などに借りられていき、場面に応じた役割を果たすというものだった。 まさに、ヨシュアにとっての天職であった。 自分を正当に認めてくれ、力を発揮できる環境だ。 生まれつき与えられていたギフト【無限変化】による全武器、全スキルへの適性を活かして、様々な場所や状況に完璧な適応を見せるヨシュア。 目立ちたくないという思いとは裏腹に、引っ張りだこ。 元パーティーメンバーも彼のもとに帰ってきたいと言うなど、美少女たちに溺愛される。 そうしつつ、かつて前例のない、『レンタル』無双を開始するのであった。 一方、ヨシュアを追放したパーティーリーダーはと言えば、クエストの失敗、メンバーの離脱など、どんどん破滅へと追い込まれていく。 ヨシュアのスーパーサポートに頼りきっていたこと、その真の強さに気づき、戻ってこいと声をかけるが……。 そのときには、もう遅いのであった。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

処理中です...