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第六章:商いをする漢

229:世にも奇妙な香水展示会

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「壱:なぁ、あれヤバない? 古廻はんが傾国の女狐に落とされてまう」
「フム。本当ですな、あれはマズイですな。正に猛毒婦ですな」

 酷い言われようの〆だったが、今は流の事しか見えてなかったので二人の命は助かる。
 その流と〆は、ますます熱っぽい視線でお互いを見つめ合い、多数の使用人や壱や参がいる事など忘れたかのような、誰も立ち入れない二人だけの世界……。

「壱:うわぁ……。どうするん参ちゃん……」
「ふむぅ……。あの女狐めが本気ですからなぁ……。猛毒々しい変な匂いとか出しているんじゃないですかね?」
「壱:間違いないですわぁ、あの女狐が本気で落としに掛かっとる。毒ですわ、猛毒。心を腐らすスーパーポイズンですわ。参ちゃん、僕らだけでも目の消毒しとこうか~」
「フム、それは当然ですが、古廻様が……あ゛!?」

 流はもう我慢できないとばかりに、〆の腰に左手を回し抱き寄せる。
 その様子に沸き立つ使用人達、そしてドン引きする壱と参。
 次の瞬間、流の右手が〆のあごをクイっと上に向けると、おもむろに――。

「イイ……。この頬を染めたほほの薄っすらとした赤み、そして涙の跡に魔具の優しい明かりが差し込み実に美しい……。そしてその瞳の潤み具合と、地中海を思わせる瞳の色が何とも幻想的だ! ハッ……ウハハハハッ! これだ、これこそが究極の状・況・的・絶・対・美!!」

「はひぃ!? こ、古ま――」

「そしてコレダ!! この暴力的にまで存在をアピールするケモ耳!! あざとい……実にあざとすぎる程『へにょ』っとしたカーブから来る保護欲ッ!! 今すぐ撫でまわしたいと思うのはケモナーの性ゆえか? 否、断じて否だッ!! これは誰でも触りたくなる魔力があるッ」

「ひゃぅ!? ちょ、お待――」

 別の意味でさらに涙目になる〆を捨て置き、流は美術鑑賞の骨頂に至る。

「さらにだ! 泣いたからか、体から立ち上る香水のような……いや、そんな生易しいモノじやあないッ!! カストリューム、コスタスルート、アンブレットシード等の催淫効果のあるハーブと、更に! ムスク、カストリウム、シヴェット、アンバーグリス等の動物性の香料を適度にブレンドした物よりも遥かに奥深く、上等な、立ち上がるこの『極上の香気』などを誰が経験した事があろうか!?」

 その言葉でもう〆の顔は紅葉した楓より尚赤く染まり、目じりには涙が溜まる。
 そして――。

「もう、これはたまらんッ!!!!!!」

 流は〆を更に抱き寄せ、額の辺りに鼻を付けて思いっきり香を楽しむ。

「ひゃああああ!? こ、こまありしゃまなにを~」
「俺は、今、生きていると実感する最高の香気ッ!! 香水にして売りだしたら一夜でプレミアが付くだろう!! アッハッハッハッハ!!」

 執事と使用人。そして壱と参もあまりの状況に、口を開いたまま誰も言葉を発しない。
 ただ、そこには芸術的な対象を愛でる、領域者ヘンタイが高笑いしていた。

「はうぅぅぅ~そんな匂いがするなんて……うぅ。も、もうお嫁に行けません。お風呂へ行って来ますぅぅぅぅ」

 〆は泣きながら浴室へと走って行ったのだった……。

「うむぅ! 今日も最高の一時を過ごせたな、流石は〆だ、ぬかりない!!」

 大満足する流を見ながら、壱と参は呆然としている。

「壱:嘘でっしゃろ……。本気で落としにかかった、あの女狐を……」
「フムゥ……。傾国の姫を片手であしらうとは……。正にお仕えすべき偉大なお方」

 風呂場で過去、流が楽しんだ〆美術展を知らないギャラリーは、今あった事にドン引きするも、あの傾国の姫たる〆を片手であしらう流に、恐怖と畏怖を覚えるのだった。

「壱:せやな……偉大過ぎて、開いた口が塞がらんわぁ……」
「フム。と、言うよりですな……」

「「あいつ嫁に行くつもりしてたんかい!?」」

 色々驚愕の出来事で混乱する屋敷前であったが、この屋敷の良心たるセバスが料理長を引き連れて外へ出て来る。

「お館様お帰りなさいませ。まずはご無事の帰館を嬉しく思います」
「お、セバス。お前にも心配をかけてしまったな、すまんね」
「いえいえ。それと壱様よりのオーダー、整いましてございます」
「ん? おお~流石セバス! 料理長も急がせて悪いね」
「勿体ないお言葉、ありがとうございます」

 料理長が大鍋と、ナンのようなパンを大量に乗せた物を、台車に乗せてやって来た。

「お館様、私が新しく考案したパンです。向こうに付いたら試してみてください」
「おおお! それは楽しみだな。料理長の料理はどれも最高だからな」
「ありがとうございます」

 料理長はとても嬉しそうに笑う。
 セバスもその様子を見てニッコリと微笑むと、今しがた見た不気味な出来事を流へ聞いてみる。

「時に御館様、今そこで〆様と会ったのですが、その、何かあったのですか?」
「特に何も無いが? ああ、〆は可愛いなって褒めてただけだよ」
「そ、そうですか。何やら顔を真っ赤になされて、泣き笑いの表情で『恥ずかしいけど褒められちゃったのかしら?』と独り言を仰っていましたので……」

「そうなのか? 〆は奥ゆかしいなぁ。はっはっは」

 それを聞いて全員が思った、あの恐怖の権化にそれを言えるのはアンタだけだよ!! と……。

「と、とにかく準備が整いましたので、販売車に積み込んでおきます」
「ああ頼むよ。じゃあもう一度行って来る!」

 すでに嵐影は販売車を引ける準備が完了しており、そのまま乗り込むと商業ギルドへと向かうのだった。
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