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第六章:商いをする漢

195:バーツの覚悟、二人の決意

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 馬車は魔具の光に彩られた、夜のトエトリーを進む。
 帰りの馬車で三人は、今だ夢の中にでいるような気分で外を眺めていた。

「今だに信じられねえ……。あんな経験をするとは」
「本当ですね……。はぁ~。美味しかったなぁ」
「最初はゴーストやら、動く剥製やら、巨大鎧に驚かされたが、あれすらも料理のスパイスだったのだろう。事実、心が疲弊してる俺達が、あの席に着いた時の安堵感と言ったらな……」
 
 三人の感想はそれぞれ別だったが、感じる事は同じだった。

「しかもあの驚愕の部屋は何だ? 部屋の半分外が全部ガラスだって言うんだからな」
「オヤジも驚くわな。しかもあの透明さだ、驚くなって言う方が無理ってもんだぜ」
「お姫様にでもなった気分でしたよ~。あぁ。生きていて良かったぁ。あ、そうだ。お二人が馬車に乗ってから、料理長さんがやって来まして、お土産を追加で貰いました」
「「なに!?」」
「そ、そんなに顔を近づけないでくださいよ。えっとですね、簡単に使える香辛料との事で、塩・コショウが適度に混ざった物と、ハーブを数種類混ぜた塩をいただきました。後コショウだけの物もあります。モチロンお二人の分もありますからね」
「「おおお!」」

 さらに追加の土産まで貰い、馬車の中は盛り上がる。

「しかしオヤジよ。こんなスゲー事を平然とやってのける、ナガレって漢は何もんなんだろうな?」
「本当ですよねぇ。ギルドマスターのナガレ様がウチに最初に来た時の対応が、今なら良く分かります」
 
 ファンの問いに、バーツは二人の顔をジット見つめると、これまでと違いとても真面目な顔付でゆっくりと話し始める。
 その様子は覚悟を決め、とても重大な秘密を打ち明けるように見えた。

「そう、だな……お前達は彼に今後も深く関わっていくだろう。だから一つだけ厳重に申し渡す。何があっても彼を『絶対に』裏切る事を許さん。これは商売上だけではない、全てにおいて最優先される事柄だ。もっと言えば、彼のために死力を尽くす覚悟で接してほしい」

 バーツのいきなりの言葉に二人は固まる。
 ファンも、メリサも予想外と言えば、あまりにもな覚悟を要求されたのだから。

「そ、そこまでの重要人物なのか? いや、それは分かる。こんなスゲー事が出来るヤツなんざ見た事も聞いたこともねぇ。だが、それ以上の覚悟ってヤツをオヤジから感じるぜ」
「ええ、とても一人の人間に接する枠を超えています。でも、ええ。私はそのつもりです!」
「俺もだぜ! 元々アイツには命を救ってもらった恩もあるからな!」
「そうか……うむ。頼むぞ二人とも。お前達になら彼の事をいずれ話せる時も来よう、それまで彼を頼むぞ」

 そこまでの覚悟を持つバーツの重い言葉に、二人は真剣に頷くのだった。


◇◇◇



 それから一週間が過ぎ、香辛料専用の倉庫を庭に作った流は、その中に運び込まれた品を検品していた。
 だが、その検品をしている建物を見ると「溜め息」が思わず漏れる。

「しっかし、お前らの建築技術ってどうなっているんだ? なぜこんな建物が一日で建つんだよ。いきなり無数の小さな鬼? 見たいのが異空間から材料出しながら作る様は、見ていた俺でも意味不明だったぞ?」

 それは地下二階、地上二階の、日本で平均的な一軒家二棟分程の大きさの建物だった。

「うふふ。造作も無い事ですよ、色々手段はございますからね」
「魔法よりも科学? なにそれ美味しいの? ってな物だが、お前達の方がよほど非科学の結晶すぎるわ」
「フム。お褒めに預かり光栄ですな」
「壱:まぁ、今更でんな~。ちなみにここの拠点でしかこの方法は使えまへん」
「そうなのか? あぁそう言えば蛇娘の時もそんな事言ってたな?」
「フム。これは今風に言うと私のスキルとでも言いますか、拠点化の術式の一つです」
「そうなのか。常識が裸足で逃げ出すのを目撃している気分だよ。で、商業ギルドからの連絡は?」
「フム。先程ファン殿の使いが来まして、時間は何時でもいいので、今日中に商業ギルドでお待ちしているとの事でした」
「そっか、なら今からちょっと行って来るか。嵐影!」

 木陰で小動物の楽園を作っていた嵐影は、青い体をのっそりと起こしやって来る。

「……マ」
「ああ、商業ギルドまで行ってくれ。それとこれを引けるか?」

 流が用意した新たな商売道具。それは移動式屋台を参考にした、キッチンカーのような馬車だった。
 荷台自体が一つの小屋になっており、左側と後ろが開閉式の屋根兼、シャッターの役割をする物で、出入りは右後方の入り口からする。

 左側の開閉部からは、各種スパイスを販売する売店であり、そして後方はそのスパイスを使用した料理がその場で食べられる物だった。

「……ママ!」
「お~そうか。余裕かぁ流石嵐影だな」

 因みに木製に見えるが、軽量素材を使った物でボディーを作り、ショック吸収をするためにサスペンションもこっそり付いていたりする。
 さらに車輪にはボールベアリングが内包され、実に軽快に進むオーバーテクノロジーであった。

「料理長、今日は頼むぞ?」
「はい、お任せください」
「じゃあ行って来る、後はよろしくな」
「行ってらっしゃいませ、古廻様」
「フム。お気をつけて」

 流は〆達の見送りを受けて料理長と御者台に座り屋敷を出る。
 料理長は自慢の背が高く、黄金の麦が刺繍してあるコック帽を風になびかせ、嬉しそうに周囲を見ている。
 嵐影は何処からか変わった香がするのか、馬車を引きながらスンスンと鼻を鳴らした。

「ははは、香辛料の匂いでもしてるのか?」
「……マ~」
「そっか~結構匂いがキツイからなぁ。そう言えば料理長はたまに外出するのか?」
「ええ、旦那様のお口に合う食材を、日々探していますね」
「そうなのか、いつもありがとうな。お陰で美味い飯が食える」
「そう言っていただけると、料理人冥利に尽きますね」

 料理長はふくよかな顔でニコリと笑うと、流の食材の好みを語りだす。
 その知識は、当の流よりも好みを熟知しており、流も「あ、それ好物だ!」と思い出す品すらあった。

 そんな話をしながら、料理長は旦那様と呼ぶんだなと、流は思う。
 そうこうしていると商業ギルドが見えて来た。
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