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異怪骨董やさんと、神喰の月蝕

015:晴れぬ月

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「おお! そうだった、スマン壱よ。すっかり忘れてた。ごめんね?」
「へぇ、それはいいでっけど……お前は駄目やで愚妹! この礼は鼻から手ぇ突っ込んで、奥歯をガタガタイワシた――ギャアア!?」

 〆が右手を軽く振ると、袖から一筋の金色が壱へと向かう。
 次の瞬間、耳障りの良い〝パンッ〟と紙風船みたいな破裂音がした後、壱が真っ二つになった。

「ふんだ。エセ関西弁なんて嫌いです」
「それが原因で真っ二つとか酷くね?」

 こめかみをヒクつかせながら、隣の傾国の女狐様にブルリとしつつ、茶碗蒸しをいただく。
 樹齢二十年ほどの若い銀杏は丁寧な仕事により、旨味が詰まった黄金の一粒へと昇華。
 それを舌で転がしながら、呑み込むのをためらうほどに残念と思いつつ、もう一つの残念な存在を見て口を開く。

「あれ、大丈夫なの?」

 狐面の女中達が大慌てで壱を拾い上げ、「壱様!? お気をしっかり!!」と狼狽していた。
 そんな様子をツンとした様子で見ている〆は、「どうせすぐに生き返りますし」と知らぬ顔だ。

「まぁそうなんだろうけどさ。何度聞いてもアイツもろの断末魔は切ないんだが? っと、復活するか」

 白く清淨な輝きが壱を覆う。すると光の玉が割れ、中から両手を天に向け、非常にムカつくポーズで復活した。
 因みに全て女中の掌の上での事だ。

「僕、華麗に復活ッ!!」
「もう一度滅しますが?」
「やめいや愚妹め!! チッ、今日の所はカンベンしたるさかい、覚えとき! と、まぁ余興も終わった事ですし、本題に入りましょかぁ」
「余興と言い切るお前が好きだよ。で、外の状況は?」

 壱は「へぇ、それが」と言うと、これまでと違い真剣に話し出す。

「どうにもおかしいのですわ」
「おかしい? まぁ神喰の月蝕なんてのは、そうそうあるもんじゃねぇからな。それは分かるが」
「ちゃいまっせ。それが原因なんでっけど、問題は……見てもろた方が早いでんな」

 そう言うと壱は口の中よりスマホを取り出す。
 どこにそんな大きな物が入っていたのかと思いつつ、香鮎の御造りを堪能。
 四万十の命が凝縮した、爽快な清流を彷彿とする味に感動したのも束の間、壱がタイムプラスで撮影した動画で全員が凍りつく。

 御造りを冷やす大きめの氷がカタリと崩れ、その音が俺の口を開かせた。

「神喰の月蝕が進んでいない……いや、完全に喰った後に止まっている? どういう事だ〆?」

 形の良い右人差し指を軽く曲げ、唇の下へとそっと当てがう。
 そのまま数秒思案した後、妖艶な口を開く。

「あれは……そう、数百年前の事でした。その時の場所は違いますが、同じ状況になったはずです」
「過去にも似たような事があったのか。なら対処法も分かるな?」

 〆は申し訳無さそうに目を伏せると、静かに首を振る。

「申し訳ありません、それが分からないのです」
「おいおい、お前らしくもない。一体どういう意味だよ」

 〆は頷くと、自分が知っている事を話す。
 それは現在の宮城県の仙台市付近で起きたそうで、その時に結界で封じていた大妖怪が復活し、人も家畜も田畑まで喰われ、その後に起きた自然災害により壊滅的な被害を受けたそうだ。

 どうやら仙台東照宮・愛宕神社・榴岡天満宮・青葉神社・大崎八幡宮の寺社を線で結ぶ事で大結界を築いた、通称〝仙台六芒星〟を破壊された事による被害だと言う。

「仙台六芒星か……ジジイから聞かされた事がある。あれはスゲェ結界だが、それが破壊されたとか信じられねぇ」
「はい。私なら単独でも破壊出来ますが、普通ならそんな事は不可能です。だからこそ、あの当時は原因が分からなかったのです。名のある付喪神はおろか、妖怪共も暗躍して居なかったのですから」

 付喪神も妖怪も無関係? ならどうしてそんな事が起きた……いや、可能性はまだある。そう――。

「――人間、はどうだ?」
「それは私も考えました。しかし、あの規模の大結界を破壊するためには、長期の準備期間と大勢の術師を使わなくてはなりません。もしそんな事をすれば、すぐに古廻家にバレてしまいますし、私も感知をする所でしょうか……」

 そう〆は言いよどみながら庭を見る。
 丁度その視線の先に池があり、薄青く発光した鯉がぱしゃりと跳ねた。

「そう、もしかしてアレは、あの晴れない月蝕は結界だったのかもしれません」
「結界? ちょっと待て、いくらなんでも月に結界は張れないだろう?」
「張れなくもないのですが、それこそ大神クラスならです。が、この地上からなら張る事も可能です」
「地上……待て、まさかこの現象は京都ここだけなのか?」

 〆は「多分そうでしょう」と言うと、女中へとテレビを用意させる。
 壁の一部が反転し、そこから75型のテレビが出現。
 早速それの電源を入れ、ニュースを見ると全国の月蝕の様子を中継していた。

『――北海道からの中継は以上となります。今日は全国的に晴れていて、素晴らしい月蝕ですねぇ』

 そうスタジオが女子アナが話していると、イヤホンに指示が入り、少し驚いたように次の中継点へと移る。

『えっと……京都へもう一度中継を繋ぎます。どうやら京都では珍しい感じに月蝕が見えるようです。田端さーん、そちらの様子を教えてください』
『……はい、田端です。まずは現在の月蝕の様子を、皆さんご覧ください』

 田端と呼ばれたリポーターが真剣な表情で空を指差す。
 それと同時にカメラがパーンし、他の地域と違う月蝕を映し出した。




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