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異怪骨董やさんと、神喰の月蝕

014:贅沢飯

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「おい〆! 何で店内にGが居るんだよ!? いや、濁点だからDか? って、違う。そうじゃない! 見ろ、鼻が焼け焦げたぞ! つぅか、顔がハードボイルドすぎぃ!?」
「古廻様大丈夫ですか!? ご無事で良かった」
「焼けた鼻の頭を見て無事と言えるならそうなんだろう。で?」

 〆は申し訳無さそうに話をする。
 どうやらこの熊の人形に宿ったのは、それなりの神格がある付喪神だという。
 滅するのは簡単だが、神界のパワーバランスを崩す恐れがあるため放置しているらしい。
 中身は不明との事だが、どうやらかなりの変わり者だという事だった。

「ったく、次から次へとおかしな骨董品ばかり集まりやがって、妖怪屋敷かよ」
「む? 違います。ここは由緒ある〝異怪骨董やさん〟です」
「〝怪〟が入っているが? まぁいいや、飯食わせてくれよ。腹がすいた」
「あ、そうでした! ではお部屋にお持ち致しますので、ごゆるりとお寛ぎを」

 そう〆は言うと丁寧に頭を下げる。
 その斜め四十五度の仕草が妙に色っぽく整っているため、ここだけを切り取り、この美しさを世界規模で上映したい衝動が襲う。
 無論タイトルは【侘び~SABIの痴女】で決まりだ。

「……また〆さんを見て、変態的な芸術を妄想していたんだよ?」
「イェ、ベツニ」

 これだ。おちおち妄想も出来ん!
 ま、別に妄想しなくても普通に言うんだがね?
 そういえば何かを忘れているような気が……。

「まぁいっか。じゃあ行こうぜ美琴、わん太郎」
「玄関が開けっ放しだワンよ~。仕方ないワンねぇ」

 わん太郎が後ろ足で行儀悪く入り口の引き戸を蹴り閉める。
 と同時に、エセ関西弁で「なんや一体……あ、愚妹のヤツに僕は――」まで声がした。
 直後、入り口の扉が閉まったと同時に、小気味好い音で〝パンッ〟と紙袋が弾ける音がし、入り口が完全に閉まったようだ。

 思わず「ん、何か音が?」と聞くが、美琴が「気のせいなんだよ」と言い、わん太郎は「ワレもそう思うワン」と続く。
 まぁこの店では何が起こっても不思議じゃない。

 内部は意外と広く、外から見たよりも十倍はありそうだ。
 あいも変わらずの妖怪屋敷っぷりに、驚きながら「ただいま」と言いながら店内を進む。

 味のあるガラスランプで浮かび上がる、骨董品は不気味だが、好意的に「おかえり」と言ってくれる骨董品もそれなりに多い。

 店内は和を極限まで煮詰め、質素だが技工あふれる作りとなっていた。
 日本人は無論、日本が大好きな外国人も心地よい作りだろう。
 
 さらになぜか店内には川が流れ、その先にひょうたん型の池があり、そこで河童が釣りをしてる。
 いつ見ても理解しがたい光景だが、不思議と落ち着くもの事実だな。
 そうこうしていると店の最奥へ到着。すると目の前の障子戸がゆっくりと開く。

「っと、通路が出来るぞ」

 開いた先は普通の廊下だった。が、障子戸が完全に開ききったと同時に、縁側がある廊下へと変わる。
 そこへ足を一歩踏み入れると、行灯あんどんが幻想的な光を灯し、それが奥へと次々に点灯した。

 さらに庭を見れば春夏秋冬、季節の木の花が咲き乱れ、八重桜などは散ったそばから開花していた。
 そこにホタルが舞飛び、大きな池には七色に薄く発光する鯉が泳ぎ、四阿あずまやからは白くたなびくお香がシルクのように流れる。
 幻想的だが風情が無い。美だけを追求したおかしな庭に呆れる。

「四季って何だっけ?」
「さぁ……でもとても綺麗なんだよ……」
「いい香りもするんだワンねぇ」

 そんな事を言いながら、歩くこと数分。
 無駄に広い屋敷を堪能しつつ、目的の部屋へと到着。
 当然ながら食事も普通な訳がなく、食通も驚く贅を尽くしきった物ばかかりだ。

「ささ、こちらへとお座りくださいな」

 〆が上座へと案内し、俺をそこへと誘う。
 自然に隣に座ると〆は手を二度叩く。

 すると入り口から次々と狐の面を被った女中が、会津塗の漆器をメインとした器に料理を運び入れる。
 その作法は洗練されており、一つの狂いもなく配膳されていく。
 見事なものだと空腹も忘れ見入っていると、〆が品書きを説明する。 

「本日の先付はの甘鯛の酒盗焼き。続いて前菜はの竹の子を使った手毬寿司と、の枝豆真丈。温物はの銀杏・車海老・天然しめじ。御造りはの馬糞雲丹・四万十の香鮎・九州産一本釣りで仕留めた、最上のアラを使った日本盛り仕様。焼き物は――」

 まて、何かがおかしい。料理には不満はない、が。

「――ちょっと待ていッ! どうして全部が〝旬〟なんだよ!? どうみても旬が重ならないものばかりだろう!」
「あらあら。男子たるもの、そんな細かいことを気にしたらいけませんよ? うふふ」
「うふふじゃねぇし? まぁいいや、まずは先付からいただきまーす」

 パンっと柏で一つ、品無く手を合わせ、甘鯛の酒盗焼きへ箸をつける。
 熟成されたカツオの旨味が、濃厚に舌を包みこむが、爽やかですらある味わいに感動。
 だがそんな余韻に浸る間もなく、甘鯛本来の旨味が優しく口内で調和し、全く異次元の料理かと思わせた。
 だからこそ、塩・焼き・全てが恐ろしいまでの妙技ともいえる、職人技に舌を巻きつつ次の料理へと進む。

 竹の子は掘りたてとすぐに分かり、アクが全く無く、素直な甘みと旨味が酢飯を一粒づつ立たせていた。
 いや、酢飯ですら一つの芸術と言っていいほどだ。

 飯粒一つ一つの間に絶妙な空気が閉じ込められており、〝ぽふぉり〟と噛み締めた瞬間、米――魚沼産の雪椿であろう鮮烈な香りが、鼻孔を抜けた事に快楽すら覚える。

 枝豆はいわずもがな、夏の太陽の香りをそのまま詰め込み、ぷつりと弾けた瞬間に鮮やかでふくよかな太陽の味と香りで、旨味に溺れた舌を休ませてくれた。

「先付でこれ、か。あいも変わらず狂った飯食ってるなぁ」
「それがお分かりなる古廻様も大概かと」
「「ふっふっふ……」」

 〆と見つめ合い暗い瞳で微笑を浮かべていると、入り口から五月蝿い奴が来た。

「何で悪の組織同士のボスみたいなやり取りしとんねん! ったく、酷いでっせ古廻はん! 僕を置いて行くなんてあんまりや!!」

 見ればセロテープでツギハギした右目がずれている、カエルの折り紙が仁王立ちで立っていた。
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