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変態陰陽師との邂逅

002:ぞくり

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 紅葉が見頃を迎えた古都・京都。
 だが季節外れの南部鉄の風鈴の音が聞こえ、窓の外に私は強く意識を持っていかれる。

 意識の先、そこには鮮烈な赤があった。その真紅に色づく見事な羽団扇楓はうちわかえでの下に、目が釘付けになってしまう。

 それは唐突に、突然、突拍子もなく現れる。
 樹齢三百年はあろうかという幹に背をもたれかけ、左肩に青白い子狐に似た生き物を乗せている男の姿に、現実感を失う。
 だからか、男は黒鞘の日本刀・・・・・・を右手に持っていたが、自然に受け入れてしまった。
 思わず視線を合わせた瞬間、男の獣の瞳は真っ直ぐ私を射抜くように見据え、微動だにしない。

 視線を合わせるほどに、息は次第に浅くなるのが分かり、酸素の濃度が薄く感じる。
 溺れないようにうすく三度息を吸い、細く、長く、息を吐き出す。

 やっと男の全体像が視覚情報として整理されると、その容姿にも理解が進む。
 年の頃は私と同じくらいで、髪は白銀ともいえる色合いの肩まである長髪。
 妖艶な美しさを持つ顔つきは鋭く、まるで歴戦の戦人いくさびとのような迫力さえある。

 その彼をどう表現したらいいか理解が出来ないし、言葉が見つからない。
 いえ、一つだけ的確に言えることがある。
 
 あそこに居るナニカは【異質の塊】だと。

 そう表現するのが精一杯の存在が、ソコに居ることに戦慄した。
 一秒が八万六千四百秒に感じるほど、私と彼だけの濃密な世界。
 永遠にそれが続くのかと錯覚した次の瞬間、景色が流れる事で終りをむかえる。
 思わず時間を止めるかのように焦り、善次へと大きく叫ぶ。

「善次! 車を止めて!!」

 そのオーダーに善次は「はい」と言うと、すぐに路肩に寄り車を停車させた後、ルームミラー越しに私を見る。

「どうか……なさいましたか?」
「後ろを見て! あの木、羽団扇楓の木の下に……居な……い?」

 一瞬、善次の言葉の間が気になり彼から目を離した。
 そしてもう一度そこを見ると、あの異質の塊はそこに居なかった。
 そのことに理解が出来ないが、現実は嘘をつかない。
 だからこれが真実なのだろう。彼が初めから存在していないかの如く、霧のように消え去っていたのだから。
 
「やれやれ。またナニカ不思議なものでもご覧になりましたか?」
「…………いえ、車を出してちょうだい」

 呆然とする私に善次は呆れ混じりに声をかけてくる。
 それにイラつきながら、シートに深く座り直して瞳を閉じ気持ちを落ち着かす。
 そこには間違いなく、あの異質の塊の姿が見えていた。

 真実より直感を信じた私は、思わず「あれは幻? いいえ違う」と、小声で自問自答をしてみる。
 あれ程の濃密な時間と存在感。その感覚に戸惑っていると、善次が静かに口を開く。

「お嬢様。そろそろ聖籠学園せいろうがくえんへと到着いたします」

 善次の言葉で我に返り、妄想から現実へと引き戻される。
 前方に見えるのは、古都の一角に不自然に広がる古い洋風な空間。
 まるで大正ロマンをそのまま具現化した建物群は、古都に相応しい様相で私を受け入れる。

 黒のIS500はそのまま歴史ある校門を抜け、生徒会役員専用の玄関の前へと横付けすると、善次が運転席より降りて私が乗るドアを静かに開けた。

 もう秋だというのに、ジリリと焼ける空気が肌を容赦なく掴む。
 不快に思いながら左足から一歩、地面へと降り立ち次の瞬間――。

「――ッぅ!?」

 左足首を強烈に掴む違和感に地面を見ると、そこには不気味な爛れた赤黒い右手が見えた。
 それは確かに存在し、私の左足首を強烈に締め上げる。
 思わず苦悶の声が漏れてしまい、それを善次が敏感に感じとり私の顔を覗き込む。

「どうされましたかお嬢……あぁ、またですか。気のせいでございますよ、ほら……」

 善次がしゃがみ込み、私の左足に触れたと同時に一気に体が軽くなる。
 それは何事も無かったように、違和感も痛みも、そして赤黒い手も消え去ってしまう。
 どんな異能を使ったのか? そう思えるほど、あっという間に私を救う悪魔執事に感謝をしつつも、口から出るのは憎まれ口だ。

「私の足に触りましたね。これは死罪が妥当かと思いますが?」
「これは失礼。あまりにも魅力的な御御足なもので、つい」

 シレッと何が魅力的な御御足よ。
 あの角度ならスカートの中も見れたくせに、全く見ようともしないでさ。

「つい、ね」
「そうですよ。もし見ようと思えば、お嬢様の静謐せいひつな白い下着も見れますが……見て、ほしいのですか?」

 べ、べつに見られたいとか思っていないし。
 それにいつ何時、誰に見られてもいいように、下着には気を使っているわよ……って違う!
 大体なによ静謐って。というか、なんで白って知っているの!? 変態執事め!!

「お顔が真っ赤ですが?」
「うるさいです。何をニヤついているのですか、さっさとカバンを寄こしなさい」
「これは失礼を。本日、私めは所用がありますので、少々遅れるかもしれません、が……」

 な、なによ。そんな怖い顔で見ても、私は何もしないわよ。
 
「絶対に、この学園から御出になりませぬように。よろしいですね?」
「私も信用が無いのですね。分かっていますよ、ここからは出ませんから安心なさい」
「だとよろしいのですが、前例がありますので、ね」

 くぅぅ、先日の事をまだ言うのね。悪魔執事め。
 確かに一人で帰ろうとしたわよ。そりゃ約束を破りはしたけど、私だってもう大人だよ。
 一人で自由にしたい、それのどこが悪いのよ!

「おや? 反省……なさっていないお顔ですが?」
「黙りなさい。私は成長したのです、同じ過ちはしませんことよ?」

 なによその目は? ぜえええったいに信用していないでしょ。
 
「だとよろしいのですが、明日夏お嬢様。先日の件、くれぐれもお忘れになりませぬように」

 先日、か。あれは一体なんだったんだろう。
 初夏も少しすぎた頃だったか……。
 今日と同じように、善次が迎えに来るのが遅くなって、一人で帰ろうとした事があった。

 その時見た不思議なお社……あれを見た時から、今ほどのような不思議な事が起こり始めた気がする。
 それとも善次が言うとおり気のせいなの? でも掴まれた感触も、鈍い痛みのような感覚も、確かに感じたよね。

「……分かっています」
「だとよろしいのですが」
「信用なさい。では行ってきます」

 私がそう言いながら踵を返すと、善次は憎らしいくらい自然に頭を下げる。
 その様子を見ていた女子生徒三人が、見惚れたのか遠くから甲高く叫ぶ。
 どうやらこの悪魔執事は人気のようだ。確かに見てくれはいいし、いちいち行動が堂に入る。

 そんな様子を背中で感じた私は、女子生徒達に「なにも知らないくせに」とつぶやく。
 やがて黒のIS500のエンジン音が響き、善次が去ったのを感じながら古い廊下を進む。

 昭和初期に作られたという、気泡が入る歪んだ窓ガラスから朝日が差し込み、舞い踊る小さなホコリが光り輝く。
 そんな朝の一瞬だけの光景が私は好きだ。

 古い木の窓枠から見える中庭にはまだ夏の花が咲き乱れ、風に揺れ動き中央の三段噴水を囲む。
 水しぶきが虹がかり、幻想的な光景の向こう側に、葉の中央が白いオレンジ色の花が眩しい。
 それはサンパチェンスの花であり、鮮やかさに一瞬心を奪われ思わず立ち止まった。
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