上 下
2 / 70
変態陰陽師との邂逅

001:ステキなバースデー

しおりを挟む
 今日、十七回目のバースデーをむかえた、枢木くるるぎ明日夏あすかは家庭に恵まれない。

 そんな彼女が朝目覚め、念入りにトリートメントを施した黒髪をすき、メイドが引く椅子へと座り、朝食をとる頃に見慣れた光景で一日の始まりを感じる。

「一つ……二つ……三つ……。これではティーセットと呼べないわね。残り一つは死守したいところだけれど」

 飛び交う金と青のカップがぶつかり合い、空中で爆散。
 そのコントロールを見て器用なものだと呆れつつ、明日夏はカリっと焼けた厚切りの食パンに上品にかじりつく。
 
 こだわり抜いた上質な小麦の香りが、鼻からぬける幸福に〝ほっこり〟としながら、朝から物騒な現実を見てげんなり。

 それは目の前で叫ぶ、二人にひきの獣のせいなのだ。
 いや、獣というには美男美女であり、それは明日夏によく似た容姿をしている。
 
 つまり――。

「お父様、お母様。破片が飛ぶのでやめていただけません?」
「それはこの女に言え!」
「なんですって? アナタが投げるから迎撃したまでよ!」

 言っても無駄だと知りつつも、破片が飛ばない場所へと移動して、こうなった原因を考える。
 罵詈雑言ばりぞうごんから始まり、物理的な応酬は三年前の不貞から始まったと、飛び交う高価な品をみつつ思い出す。

 両親は父親の浮気で離婚寸前である。が、元々の原因は母親の浮気が発端なのが呆れてしまう。
 
 それに巻き込まれた明日夏は、すでに三年の月日を不毛な環境で育ち、最近はソレを満喫し生きている。

 現在十七歳の明日夏は、四十代にしては美魔女な母親と、同じ年齢の小憎いほどのイケオジな父親の口撃に耳を塞ぐ。

「――だから言ったろう? 俺が明日夏を育てると!!」
「フン。最近はあの女からの連絡がなくなったから、その合間に娘の世話? バカを言わないでちょうだい! アナタみたいなクズに明日夏が育てられるわけが無いじゃない!!」

「なんだとッ!? 大体オマエみたいな股のゆるい女に、俺に似た美しい明日夏を任せておくワケにはいかん! オマエのような男にだらしないクズ女になられては困る!!」

「ハァァァァ? 明日夏は私に似てスタイルもいいし、顔も小さく美人よ。だからこそ、アンタみたいなクズに騙されないように、私が男を見る目をやしなって――」

 はぁ……また始まった。
 朝からなんなのよ。せめて海崎ベーカリーの、厚切りの食パンをかじる時間くらいちょうだいよね。
 
「熱っぅ!?」

 っとあぶない。キャッチしなかったら、アナタ達の可愛い娘の額に、熱々の富田養鶏場の固ゆでタマゴがヒットしちゃうじゃない?
 富田富一さん……五十六歳だったかな? 彼の至高の作品が床に落ちたらどうするよ。
 
「あらステキ、黄卵がハートになっている。流石は三代目富一作」
  
 とはいえ今日の凶器はゆで卵、か。
 昨日のA5ランクの飛騨牛ステーキが火傷するほどアツアツで、八日間ほど熟成されたアミノ酸と良質の油をしたたらせて、左頬へ飛んでくるよりはマシってものね。

 飛騨牛アレはミディアムより、ミディアムレアが良かったんじゃないかしら。
 食材にたいする冒涜ぼうとくは許せませんことよ?

「「早く仕事へ行け!!」」

 流石は夫婦。仲良くそろって関心ですこと。今日は第二ラウンドが早いかな。
 でもいきなりナイフが登場とは恐れ入るわ。ていうか、投げないでよ。
 大家たいけの趣味で集めた、遠山莫山の金屏風きんびょうぶに描かれている、人食い熊の右目に穴が……怖ッ。

「なにも果物ナイフを投げなくてもよろしいじゃないのよ!!」
「お前もなんだ? その手に持っているカップは!?」

 あぁ。マイセンのお気にいりがまた一つなくなったわね……。
 ま、だからこそ、この家では百均のプラカップが至高なのだろうけれど。

「軽くて見た目は可愛いけれど、百均は風情がないのよねぇ……さて、と。お父様お母様、そろそろ学校へ行ってまいりますがよろしくて?」
「「行ってらっしゃい!!」」
「はい。ではごきげんよう」

 明日夏わたしがこの台詞を言い出すと、決まって二人のじゃれ合いは終了する。
 まぁ、じゃれ合いと言うには高価な品が散乱し、いささか酷い惨状なのだけどね。

 そんな見慣れた光景・・・・・・を尻目に廊下を歩く。
 磨き抜かれた赤杉の一枚板を贅沢に使った廊下は、歩くだけで心が躍る。
 ふと左手を見ると日本庭園が目に入り、紅白の錦鯉が水面を跳ね踊った。
 
「今日もまた不思議な事が起こりそう。それも特別な……そんな予感がする」

 左手で鎖骨まで伸びた黒髪をなでながら、家の玄関をくぐる 。
 そこにはメイド達が待っており、黒いレクサスIS500の後部座席のドアが開く。

「ふぅ~生き返る」
 
 敷居をまたいだ瞬間、心の中まで〝お嬢様モード〟が解除され、本来の私へと戻る。
 どこまでも高い秋の空を見上げつつ、新しい朝と私へ「おはよう」と挨拶。

 そんな本当の自分に戻れる〝明日夏な儀式〟をしていると、メイドの一角に変化を感じた。

 居並ぶメイド達の中から、黒髪の凛々しく美しい青年が歩み寄る。
 それは若干二十歳だと言い張る男であり、私の専属秘書という肩書の執事だ。
 まぁ、見た目は確かに二十歳ほどではある。が、どうみても有能すぎ。

 今も玉砂利の上を、音も立てずに歩いてくるのが理解不能だよね、ホント。
 おまえは忍者か暗殺者か? と、ツッこみを入れたことがあったが、仄暗い微笑みで返してくるから恐ろしい。

 絶対に暗殺者だろうと私は思ったが、あまりにもいい笑顔だったのでソレ以上は触れないでおいた。

 その胡散臭いまでに高まった執事スキルに呆れていると、件の男はキザたらしくも清々しく、右手を心臓付近へとそえて頭をさげる。

「おはようございますお嬢様。本日も恩名に相応しく、気高い夏を思わせる美しいご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます」

 最近は慣れた吹き出すほどの、意味不明なキザいセリフを言いながら、執事の男――善次ぜんじは私が車へ乗ったの確認し、静かにドアを閉めた。
 風圧もなく、レクサスの重厚なドアが〝ふわり〟と閉じた事に納得の行かない私は、右眉をぴくりと動かす。

 あんな閉め方でもドアはしっかりと閉じているのが納得できない。ドアはバムと閉じなさいよ、バムッと。
 相変わらず無駄に凄い執事スキルに呆れていると、運転席へと回り込んだ善次はルームミラー越しに話しかけてきた。

「本日もステキな朝食をお召になったようで」
「おはよう善次。今日も頭がおかしい歯の浮くようなセリフをありがとう。おかげでステキな朝食の事を忘れ、笑えました」
「それは何より。それでは出発いたします」

 善次はそういいながら、アクセルをゆっくりと踏みしめた。
 5リッターV8エンジンが静かに唸りをあげ、銀色のホイールが回りだす。
 小気味が良いエンジン音と共に、黒のIS500は枢木邸を後にする。
 今日もなんの変哲のない、流れる古都の街並みを眺めながら、私は善次へと今日の予定を聞く。

「今日の予定はなにかしら?」
「朝礼後に早いですが、一時間で学期末のテストを全教科全て仕上げていただきます。七分休憩後、学園の理事会へと出席。十一時より京都府知事が前学長へと表敬訪問されるので、それに嫌々付き合った後、昼食をともにしていただきます。十三時より生徒会の役員会へと出席。その後――」

 目頭を押さえつつ、首を数度横に振りながら私は善次の言葉を遮る。
 これ以上聞くだけで目眩がしそうだから、直前になってスマホで聞くことを選択したからだ。

「はぁ、もういいわ。私、学生なんですけれど? まったく普通の学園ライフはどこへいったのよ。まぁいいわ、じゃあ十七時頃にいつもの場所で」
「承知いたしました」

 善次はそう言うと、ルームミラー越しにニコリと微笑む。
 悪魔的微笑を遠慮なく使い倒す男に、私は精一杯抗い天使のスマイルで応戦するも、善次あくまには到底およばない。
 その証拠に、横断歩道を渡っている秋色の派手なワンピースのOLが、不幸な事にこちらを見たのが運の尽き。
 善次の魔性の微笑みにやられ、スマホをポロリと右手より落とす。

 かわいそうに画面にヒビが入ったのか、車内まで聞こえる悲痛な叫び。
 それを見た善次は「おや、不幸な出来事ですね」とつぶやくが、私は声を大にして言いたい。

オマエあなたのせいじゃなくて?」……と。
「心がダダ漏れでございますよお嬢様」
「うるさいで――え?」

 善次の嫌味に呆れた次の瞬間、銃刀法を無視したありえない状況と理解できない存在に、私は出会うのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

神様の住まう街

あさの紅茶
キャラ文芸
花屋で働く望月葵《もちづきあおい》。 彼氏との久しぶりのデートでケンカをして、山奥に置き去りにされてしまった。 真っ暗で行き場をなくした葵の前に、神社が現れ…… 葵と神様の、ちょっと不思議で優しい出会いのお話です。ゆっくりと時間をかけて、いろんな神様に出会っていきます。そしてついに、葵の他にも神様が見える人と出会い―― ※日本神話の神様と似たようなお名前が出てきますが、まったく関係ありません。お名前お借りしたりもじったりしております。神様ありがとうございます。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

伊賀忍者に転生して、親孝行する。

風猫(ふーにゃん)
キャラ文芸
 俺、朝霧疾風(ハヤテ)は、事故で亡くなった両親の通夜の晩、旧家の実家にある古い祠の前で、曽祖父の声を聞いた。親孝行をしたかったという俺の願いを叶えるために、戦国時代へ転移させてくれるという。そこには、亡くなった両親が待っていると。果たして、親孝行をしたいという願いは叶うのだろうか。  戦国時代の風習と文化を紐解きながら、歴史上の人物との邂逅もあります。

捨てられ更衣は、皇国の守護神様の花嫁。 〜毎日モフモフ生活は幸せです!〜

伊桜らな
キャラ文芸
皇国の皇帝に嫁いだ身分の低い妃・更衣の咲良(さよ)は、生まれつき耳の聞こえない姫だったがそれを隠して後宮入りしたため大人しくつまらない妃と言われていた。帝のお渡りもなく、このまま寂しく暮らしていくのだと思っていた咲良だったが皇国四神の一人・守護神である西の領主の元へ下賜されることになる。  下賜される当日、迎えにきたのは領主代理人だったがなぜかもふもふの白い虎だった。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...