58 / 71
057:赤く染まる願い
しおりを挟む
刺されたからか、天から見下ろすイストメール様の姿が一瞬見えた気がした。
「ア、アネモネエエエエエエ!!」
すぐ近くにいるはずなのに……なんだろう、優男の声がとても遠く聞こえる。
でもそう思えるって事は、私まだ生きているのかな?
うん、生きているんだ。でも……。
「ヴァハァッ!! ゲボッ……」
「そんな……僕を守って口から血が……クッ、すまない……僕が――え?」
「ランスを殺そうと思ったら、まさか魔牛が飛び込んで――ハァ?」
首が焼け付くみたいに痛い。
ちょっとでも気を抜くと死んでしまう。それが分かるほどの激痛が、首の端から全身へと伝わる。
クッ、予想以上に牛の体って頑丈なの? まだ生きているって事は、ジローの封印もそのままだろうし、このままならジハードに優男がやられちゃう!!
でも……なぜジハードはそんなマヌケな顔で、私を指さして震えているの?
そう思っていると、ジハードは震える指で「ア……アネモネ様? そんな死んだはずでは」と呟く。
「まさかキミがアネモネだったとは。てっきり泉の精霊かと……」
優男は私を抱きしめながら、斜め上から覗き込む。
それはあの夜の泉での事を思い出し、こんな時なのに妙に気恥ずかしい。
「ハァハァ……やめ、てよ……そんな顔しないで……私はもうすぐ死ぬの。だから生きて……」
「死なせない! 死なせるものか! キミの傷は致命傷じゃないのだから!!」
「俺がアネモネ様を刺した? そ、そんな……そんなッ!?」
ん? なに、なんなの? 何かこう色々とおかしい。
それにアネモネってジハードが言ってるよね……え? ちょっと待って、まさか私?
そんな事はありえない。そう思いながら震える右前足を上に上げてみた。
そこにあったのは、白くつややかな白い毛が生えた右前足――は無く、人間だった頃のきゃしゃな右手があった。
「まさか……私、人に戻れた……の?」
「そうだよ、キミは今とても美しい娘になっている。あの泉で会ったままの素敵な姿でね」
恐る恐る顔を触ってみる。
するとやっぱり人の手で自分の顔を触っていた。
しかも、あの馴染み深い素肌を触る感覚があり、驚きよりも懐かしさで胸がいっぱいになる。
でも首の激痛がそれを一気に吹き飛ばし、またケホリと血を吐き出す。
思わずその場所を手で抑えた事で、状況を理解した。
それは牛だったから助かったのだと。
それと言うもの傷の場所が首の端であり、大きな首だった牛の頃は、ジハードの刃が刺さった場所がそれなりに真ん中でも、人に戻ると随分と端だったのだから。
「そんな事があるのね……でもそれも時間の問題」
ただ致命傷じゃなかったとはいえ、この出血量ではもうすぐ私は死んじゃう。
しかも話すたびに口から血がこぼれ落ち、残された時間をますます浪費するのがわかった。
だから迷わず――口を開く。
「優男……ううん、ランスロット。ケホッ……これまで騙していてゴメンなさい。私が……大聖女のアネモネなんだ……ケホケホッ」
「いい! いいからもう話ささないでおくれ! キミが誰かなんてどうでもいい! 僕はキミの心が大好きなんだ! 真っ直ぐで、人の事を一番に思ってくれる、純真なキミが!!」
自分も苦しいのに、一生懸命私の事を思って励ましてくれるランスロット。
その姿に苦笑いがでちゃうけれど、最後にそう言ってもらえて、心から本当にうれしい。
だって最低の娘だったから牛にされちゃったんだし、それが彼だけでも違うと否定してくれたのだから。
だからこそ「ありがとう」と、今一番贈れる最高の笑顔でそれに応える。
「真っ直ぐ? 純真? 他人を思う? 嘘だ……嘘に決まっている!! あのアネモネ様がそんなマトモな人間であるはずが無いッ!! やはりキサマはマリエッタ様が言うように魔の者なのだろう!?」
ジハードは頭を掻きむしりながら、イラただしげに叫ぶ。
そう、それでいい。それが彼が私へ対する正当な怒りなのだから。
「ジハード……これまで本当にごめんなさい。あなたには酷いことを沢山しちゃったし、ケホッケホッ……沢山の苦痛を与えてきた……だからジハード」
震える体を起こし、気力で立ち上がる。
首から生暖かい血がセイントローブを赤く染め、血濡れになりながら両手を広げジハードへと乞う。
「あなたは私を殺す権利がある。だから好きにして。その代わりお願い。ランスロットとマリーナ。そしてセバスタンを助けて、お願いします」
そう言いながら真っ直ぐジハードを見る。
彼は震える声で「嘘だ……嘘だ……」と顔面蒼白になりながら呟く。
「ア、アネモネエエエエエエ!!」
すぐ近くにいるはずなのに……なんだろう、優男の声がとても遠く聞こえる。
でもそう思えるって事は、私まだ生きているのかな?
うん、生きているんだ。でも……。
「ヴァハァッ!! ゲボッ……」
「そんな……僕を守って口から血が……クッ、すまない……僕が――え?」
「ランスを殺そうと思ったら、まさか魔牛が飛び込んで――ハァ?」
首が焼け付くみたいに痛い。
ちょっとでも気を抜くと死んでしまう。それが分かるほどの激痛が、首の端から全身へと伝わる。
クッ、予想以上に牛の体って頑丈なの? まだ生きているって事は、ジローの封印もそのままだろうし、このままならジハードに優男がやられちゃう!!
でも……なぜジハードはそんなマヌケな顔で、私を指さして震えているの?
そう思っていると、ジハードは震える指で「ア……アネモネ様? そんな死んだはずでは」と呟く。
「まさかキミがアネモネだったとは。てっきり泉の精霊かと……」
優男は私を抱きしめながら、斜め上から覗き込む。
それはあの夜の泉での事を思い出し、こんな時なのに妙に気恥ずかしい。
「ハァハァ……やめ、てよ……そんな顔しないで……私はもうすぐ死ぬの。だから生きて……」
「死なせない! 死なせるものか! キミの傷は致命傷じゃないのだから!!」
「俺がアネモネ様を刺した? そ、そんな……そんなッ!?」
ん? なに、なんなの? 何かこう色々とおかしい。
それにアネモネってジハードが言ってるよね……え? ちょっと待って、まさか私?
そんな事はありえない。そう思いながら震える右前足を上に上げてみた。
そこにあったのは、白くつややかな白い毛が生えた右前足――は無く、人間だった頃のきゃしゃな右手があった。
「まさか……私、人に戻れた……の?」
「そうだよ、キミは今とても美しい娘になっている。あの泉で会ったままの素敵な姿でね」
恐る恐る顔を触ってみる。
するとやっぱり人の手で自分の顔を触っていた。
しかも、あの馴染み深い素肌を触る感覚があり、驚きよりも懐かしさで胸がいっぱいになる。
でも首の激痛がそれを一気に吹き飛ばし、またケホリと血を吐き出す。
思わずその場所を手で抑えた事で、状況を理解した。
それは牛だったから助かったのだと。
それと言うもの傷の場所が首の端であり、大きな首だった牛の頃は、ジハードの刃が刺さった場所がそれなりに真ん中でも、人に戻ると随分と端だったのだから。
「そんな事があるのね……でもそれも時間の問題」
ただ致命傷じゃなかったとはいえ、この出血量ではもうすぐ私は死んじゃう。
しかも話すたびに口から血がこぼれ落ち、残された時間をますます浪費するのがわかった。
だから迷わず――口を開く。
「優男……ううん、ランスロット。ケホッ……これまで騙していてゴメンなさい。私が……大聖女のアネモネなんだ……ケホケホッ」
「いい! いいからもう話ささないでおくれ! キミが誰かなんてどうでもいい! 僕はキミの心が大好きなんだ! 真っ直ぐで、人の事を一番に思ってくれる、純真なキミが!!」
自分も苦しいのに、一生懸命私の事を思って励ましてくれるランスロット。
その姿に苦笑いがでちゃうけれど、最後にそう言ってもらえて、心から本当にうれしい。
だって最低の娘だったから牛にされちゃったんだし、それが彼だけでも違うと否定してくれたのだから。
だからこそ「ありがとう」と、今一番贈れる最高の笑顔でそれに応える。
「真っ直ぐ? 純真? 他人を思う? 嘘だ……嘘に決まっている!! あのアネモネ様がそんなマトモな人間であるはずが無いッ!! やはりキサマはマリエッタ様が言うように魔の者なのだろう!?」
ジハードは頭を掻きむしりながら、イラただしげに叫ぶ。
そう、それでいい。それが彼が私へ対する正当な怒りなのだから。
「ジハード……これまで本当にごめんなさい。あなたには酷いことを沢山しちゃったし、ケホッケホッ……沢山の苦痛を与えてきた……だからジハード」
震える体を起こし、気力で立ち上がる。
首から生暖かい血がセイントローブを赤く染め、血濡れになりながら両手を広げジハードへと乞う。
「あなたは私を殺す権利がある。だから好きにして。その代わりお願い。ランスロットとマリーナ。そしてセバスタンを助けて、お願いします」
そう言いながら真っ直ぐジハードを見る。
彼は震える声で「嘘だ……嘘だ……」と顔面蒼白になりながら呟く。
0
お気に入りに追加
140
あなたにおすすめの小説
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
実は私が国を守っていたと知ってましたか? 知らない? それなら終わりです
サイコちゃん
恋愛
ノアは平民のため、地位の高い聖女候補達にいじめられていた。しかしノアは自分自身が聖女であることをすでに知っており、この国の運命は彼女の手に握られていた。ある時、ノアは聖女候補達が王子と関係を持っている場面を見てしまい、悲惨な暴行を受けそうになる。しかもその場にいた王子は見て見ぬ振りをした。その瞬間、ノアは国を捨てる決断をする――
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら
影茸
恋愛
公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。
あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。
けれど、断罪したもの達は知らない。
彼女は偽物であれ、無力ではなく。
──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。
(書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です)
(少しだけタイトル変えました)
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星河由乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
兄のお嫁さんに嫌がらせをされるので、全てを暴露しようと思います
きんもくせい
恋愛
リルベール侯爵家に嫁いできた子爵令嬢、ナタリーは、最初は純朴そうな少女だった。積極的に雑事をこなし、兄と仲睦まじく話す彼女は、徐々に家族に受け入れられ、気に入られていく。しかし、主人公のソフィアに対しては冷たく、嫌がらせばかりをしてくる。初めは些細なものだったが、それらのいじめは日々悪化していき、痺れを切らしたソフィアは、両家の食事会で……
10/1追記
※本作品が中途半端な状態で完結表記になっているのは、本編自体が完結しているためです。
ありがたいことに、ソフィアのその後を見たいと言うお声をいただいたので、番外編という形で作品完結後も連載を続けさせて頂いております。紛らわしいことになってしまい申し訳ございません。
また、日々の感想や応援などの反応をくださったり、この作品に目を通してくれる皆様方、本当にありがとうございます。これからも作品を宜しくお願い致します。
きんもくせい
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる