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056:魔牛の最後
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「これで最後――ッ?! グゥゥゥ!!」
優男がジハードへと最後の攻撃を放つ瞬間、悪魔が宿る左手が大きく震えだしてしまう。
しかも毒が回ったのか顔色も悪く、恐ろしいほどに蒼白になっていた。
地面に転がっていたジハードは、それを見逃さずに立ち上がりながら後方へと飛ぶ。
いけない、完全に立ち直らせちゃった。
「ハ、ハハハ! 神はやはり聖騎士をお見捨てにはならん! キサマのその左手は悪魔のものだろう? ならばこうなる事は必然。悪魔が聖騎士に盾突こうなどと……万死に値するッ!!」
優男は左膝をつき、右手の剣を地面へと突き刺しながらジハードを睨む。
だけどジハードはそれをチャンスと見て、歓喜の表情で剣を片手に歩いてくる。
一歩も動けない優男。もう言葉すらまともに話せず「グゥゥ」と声が漏れるだけ。
『ジロー! 優男がこのままなら死んじゃうよ! どうしよう!?』
『…………アネモネよ。吾が手助けするのは容易い。が、それはできんのだ』
『なぜ!? なんでそんな事言うの!?』
ジローの理不尽な物言いに思わず怒りがこみ上げる。
でもジローは、そんな私へ静かに元凶を思い出させてくれた。
『忘れたのか? これは貴様が全て招いた事の結果だ。だからいかな状況になろうとも、貴様は牛としてできる事をするほかない。それが――』
ジローは背中から飛び降り、私の前へと来ると開けた空の上を見上げ、話しを続ける。
『――慈愛の女神たる、イストメールの望みだからだ』
その言葉で思わず上空を見上げると、青空に一筋の光が見えた。そう。あれは今、イストメール様が見ている証。
『そ、そんな……今の私に何ができるって言うの……』
『その問に答えは無いのだ。唯一あるすれば、アネモネ……貴様の生き様を吾と、イストメールのやつに魅せてみよ』
生き様? 魅せる? 一体何をどうすればいいの?
わからない。分からないけれど、ジハードが優男に剣を突き刺すまで残り四メートル。
『神聖魔法も剣も持てない……言葉で説得もできない……出来るのはただ牛として鳴くだけ……』
『そうだな。それが牛というものだ』
ジローはまっすぐ私の瞳を静かに見つめる。
そこに牛になったという、侮辱やあざ笑いといった感情は感じられず、むしろ全体的に信じてくれている。そんな瞳だ。
でも時間は待ってはくれない。
地面を硬質なブーツで叩きながら、ジハードはさらに迫る事、残り三メートル。
さらに迫りくるジハードに焦りだけが加速し、牛の体を駆け巡る。
口の中が乾ききっているのに、嫌な汗だけは滝として顔を流れ落ち、視界を歪めた。
さらにせまる事二メートル。ジハードは剣を両手に持つと、刃を下にして優男の胸を狙う。
『ジロー……今までありがとう。牛になってから……いえ、牛になった原因を気が付かせてくれて感謝しているよ』
『……どうするつもりだ?』
その問に『こうするのッ!!』と言いながら走り出す。
『私は牛なの! だから牛として出来る事だけを命がけでする事に決めたの!! 私が死んだ後は優男をお願いね!!』
私が死ねばジローとの契約も切れる。そうすれば、元の体に戻って優男を助けてくれるはず。
ううん、ジローならきっと助けてくれる。なら――。
「――信じて行くしかないよね!!」
突然私が突進した事で、ジハードは「何ッ、魔牛だと!?」と驚くが、優男へ振り下ろした剣は止まらない。
「や……やめるんだアネモネ……逃げて……」
苦しげにやっと声を出す優男へ、「最後まで人の心配ばかりして……本当に馬鹿なんだから」と言いながらジハードを睨む。
「魔牛でも何でもいい!! イストメール様、優男を救ってください!!」
そう言いながら無我夢中で優男の胸の前へと体を滑らせた直後、〝ぷつり〟と首筋にジハードの剣先が刺さり、そのまま奥へとジハードの聖剣が貫通したのが刺された向こう側が、血液で暖かくなった事で分かった。
優男がジハードへと最後の攻撃を放つ瞬間、悪魔が宿る左手が大きく震えだしてしまう。
しかも毒が回ったのか顔色も悪く、恐ろしいほどに蒼白になっていた。
地面に転がっていたジハードは、それを見逃さずに立ち上がりながら後方へと飛ぶ。
いけない、完全に立ち直らせちゃった。
「ハ、ハハハ! 神はやはり聖騎士をお見捨てにはならん! キサマのその左手は悪魔のものだろう? ならばこうなる事は必然。悪魔が聖騎士に盾突こうなどと……万死に値するッ!!」
優男は左膝をつき、右手の剣を地面へと突き刺しながらジハードを睨む。
だけどジハードはそれをチャンスと見て、歓喜の表情で剣を片手に歩いてくる。
一歩も動けない優男。もう言葉すらまともに話せず「グゥゥ」と声が漏れるだけ。
『ジロー! 優男がこのままなら死んじゃうよ! どうしよう!?』
『…………アネモネよ。吾が手助けするのは容易い。が、それはできんのだ』
『なぜ!? なんでそんな事言うの!?』
ジローの理不尽な物言いに思わず怒りがこみ上げる。
でもジローは、そんな私へ静かに元凶を思い出させてくれた。
『忘れたのか? これは貴様が全て招いた事の結果だ。だからいかな状況になろうとも、貴様は牛としてできる事をするほかない。それが――』
ジローは背中から飛び降り、私の前へと来ると開けた空の上を見上げ、話しを続ける。
『――慈愛の女神たる、イストメールの望みだからだ』
その言葉で思わず上空を見上げると、青空に一筋の光が見えた。そう。あれは今、イストメール様が見ている証。
『そ、そんな……今の私に何ができるって言うの……』
『その問に答えは無いのだ。唯一あるすれば、アネモネ……貴様の生き様を吾と、イストメールのやつに魅せてみよ』
生き様? 魅せる? 一体何をどうすればいいの?
わからない。分からないけれど、ジハードが優男に剣を突き刺すまで残り四メートル。
『神聖魔法も剣も持てない……言葉で説得もできない……出来るのはただ牛として鳴くだけ……』
『そうだな。それが牛というものだ』
ジローはまっすぐ私の瞳を静かに見つめる。
そこに牛になったという、侮辱やあざ笑いといった感情は感じられず、むしろ全体的に信じてくれている。そんな瞳だ。
でも時間は待ってはくれない。
地面を硬質なブーツで叩きながら、ジハードはさらに迫る事、残り三メートル。
さらに迫りくるジハードに焦りだけが加速し、牛の体を駆け巡る。
口の中が乾ききっているのに、嫌な汗だけは滝として顔を流れ落ち、視界を歪めた。
さらにせまる事二メートル。ジハードは剣を両手に持つと、刃を下にして優男の胸を狙う。
『ジロー……今までありがとう。牛になってから……いえ、牛になった原因を気が付かせてくれて感謝しているよ』
『……どうするつもりだ?』
その問に『こうするのッ!!』と言いながら走り出す。
『私は牛なの! だから牛として出来る事だけを命がけでする事に決めたの!! 私が死んだ後は優男をお願いね!!』
私が死ねばジローとの契約も切れる。そうすれば、元の体に戻って優男を助けてくれるはず。
ううん、ジローならきっと助けてくれる。なら――。
「――信じて行くしかないよね!!」
突然私が突進した事で、ジハードは「何ッ、魔牛だと!?」と驚くが、優男へ振り下ろした剣は止まらない。
「や……やめるんだアネモネ……逃げて……」
苦しげにやっと声を出す優男へ、「最後まで人の心配ばかりして……本当に馬鹿なんだから」と言いながらジハードを睨む。
「魔牛でも何でもいい!! イストメール様、優男を救ってください!!」
そう言いながら無我夢中で優男の胸の前へと体を滑らせた直後、〝ぷつり〟と首筋にジハードの剣先が刺さり、そのまま奥へとジハードの聖剣が貫通したのが刺された向こう側が、血液で暖かくなった事で分かった。
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