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040:アネモネ

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 静かに歩きながら、ぼんやりと進む。周囲の景色は幻想的に美しいのに、心の中の世界は灰色そのもの。
 
 どうしてこんな〝あたりまえ〟の事を忘れていたんだろう。
 愚民……ちがう。人を助けたい、困った人を助けてあげたい。その素直な気持ちにどうして対価を求めちゃったの?

 しかも過剰な対価を求めるのが正しいと思いこんでいた。
 私に尽くす人々は幸せなんだと思いこんでいた。
 それが慈愛の女神・イストメール様が望むことだと思って……。

ばかだよむもぅぅ本当に大馬鹿だよもおおおおおおん……」

 どうしてあんな酷い事をしちゃったの?
 どうしてマリエッタ様の言葉が正しいと思っていたの?
 
どうしてもおおおどうしもおんて嘘を私に……マリエッタ様……」

 視界が急速に変化し、心の痛みのせいだと思い目を閉じ座り込む。
 なぜかいつもと違って〝ドスン〟とした、お尻の感覚も薄く、すんなり座れちゃう。
 あぁ、もう心だけじゃなく、体もおかしくなったのかな?

 頭の中を過去の出来事が、氾濫はんらんした川みたいな記憶の濁流だくりゅうとなって次々と思い出す。
 思い出せば思い出すほど、自分がいかに酷い人間だったのかと実感して、涙がとめどなく流れ落ちる。

「こんばんわ。こんな所で一人で何をしているんだい?」

 突然声をかけられて思わず振り向く。
 そこには見慣れたあいつが、不思議そうな顔つきで私を見ていた。

「なによ……優男じゃない。私は自分の愚かしさに打ちひしがれてるの。だからほっといて」
「そうは行かないよ。周囲は明るいとはいえ、野生動物もそれなりにいるからね」

 優男はそう言うと、周囲を指差す。確かに周囲の森の光で浮かび上がる、何かの光る瞳が複数あった。
 ちょっと怖いと思ったら、「それに」と続けて話す。

「涙をぬぐいもせずに、ずっと泣いている女の子をほってはおけないよ」

 何を言ってるの。だって牛なんだから仕方ないじゃない。
 
「手でふけたらやってるもん。出来ないから流したままなんだよ!」
 
 人の気も知らないで。どうせ牛には涙なんてふけないんだから……そう思ったら悔しくてますます涙がこぼれちゃう。
 本当に私はイストメール様に捨てられて当然の女のこだったんだ。
 ちがう、今までよく見捨てられずにいれたんだ。でもこのまま――ヒャッ!?

「ほら、せっかくの美しい顔が台無しだよ。さ、涙をふいてごらん」

 いきなり優男がハンカチで涙をぬぐってくれる。やめて、牛の私の涙なんかにハンカチを使わないで。
 彼の優しさが心に癒しとも痛みとも、わからない感情となってやってくる。

「私には涙を拭いてもらう資格なんてないの。自分の手で涙を拭えないのも、罰で人じゃなくなったから……それでいいの……」
「ん? 何を言っているんだい? キミには立派な両手がある・・・・・・・・じゃないか?」

 優男の言っている意味が分からず、「……え? 何を言ってるの?」と言うと、彼は不思議そうに泉を指す。

「ほら、自分で見てみなよ。太陽の光が髪になったと思える金髪に、高原の粉雪が素肌となり、南国の海が瞳となったキミの素敵な顔が見れれるから」
「何を言って………………え゛!? 私が……い……る……」

 青く光る泉へと映り込む自分の姿。
 それは求め続け、愚かしさゆえに今あきらめた元の姿があった。

「うそ、なんで戻れたの……」

 頬を落ちる涙はすでになく、驚きと嬉しさ。そして元に戻ってしまった罪悪感に包まれる。

「私は元に戻るなんて許されないよ。それだけの事をしてきたのだから……」
「キミが何をしたのかは僕はしらない。でも言わせておくれ、今のキミはだれよりも愛されているね」
「なにを……え?」

 気がつけば周囲に夜光鳥が集まっていて、私の肩へもとまる。
 周囲の木々にも複数とまり、まるでおとぎ話に出てくる場面を切り取ったみたい。
 その夜光鳥たちがさらに驚く事を始めた。


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