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010:焚き火と覚悟の大聖女
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「キミは本当にふしぎな牛だね。色も見たことがないけれど、なんと言っても賢い。まるで人間みたいだよ」
「まるでじゃなくて人間なんですぅ」
「はは、ほらそういうところだよ。ちゃんと僕の言葉を理解している感じがする。もしかして本当に……まさかね」
その独り言に、さみしげに「もぉぉん……」と応えてみる。
すると温かい右手で頭を撫でてくれた事で、なんとも言えない気持ちになって涙がジワリとたまる。
私、本当にこのままずっと牛なのかな……。
そう思うと涙がまた落ちそうになり、上を向いて歩くことにした。
◇◇◇
――森をしばらく歩き、一時間後。目的地である広い湿原へと到着する。
うっそうとした森を抜けたと同時に広がる光景は、おもわず息を呑むほどに美しい。
薄く水を張った地面が、まるで水鏡みたいに天空を映し出し、空が落ちているのかと思えるほどだ。
ただそれが違うと分かるのが、所々から伸びている草であり、その根本に紫色のキノコが群生していた。
「なんて美しい光景だろう、アネモネとこんな風景を見れて僕は幸せだよ……」
うん……すごいよね……って、観光に来たんじゃないんだからね?
本来するべき事を思い出し、優男の腰を鼻で押す。
「っと、いけない。観光に来たんじゃないんだった。えっとピンテール茸……あった! あの草の根本に生えているやつだよ。アネモネはここに居ておくれ、せっかくの美しい白い毛皮が汚れるといけない」
「わかった。足元に注意しなさいよね」
優男は靴やズボンが濡れるのも気にせずに湿地へ入る。
泥にまみれながらしゃがみ込むと、「鑑定」とスキルを使いピンテール茸を鑑定し、「間違いない、これがそうだ」と紫のキノコを集めだす。
ものの十分で背負カゴいっぱい採取し、泥で汚れた顔で嬉しそうに微笑みながら、こちらへと戻ってきた。
「このくらいあれば間に合うかな。あとは採取して三十分以内に毒素を抽出し、煮詰めて結晶化させないと」
そう、それがとても難しい。
以前の私なら片手間で出来るんだけれど、優男はどう見ても薬学に精通しているとは思えない。
それはキノコを採取している手付きですぐにわかった。
むしろ素人よりも見てらんないほど不器用で、思わず手伝ってしまいそうになるけど、さすがにアレを口に含むのは怖すぎるからやめとこ。
だから待っている間に暇だったから、仕方なく気まぐれで、かまど用の石を足で転がしながら集めておいたんだけど……。
「おや? 丁度いいサイズの石が沢山あるね。ふふ、またキミが手伝ってくれたのかい? ありがとうアネモネ」
「べ、べつに足を動かしていたら転がっただけだし」
プイっと、優男とは別の方向を向きながらそう牛語で応える。
すると「ありがとう本当にキミは優しい子だね」と言いながら、また撫でてくれるんだけど……うぅ、なんだろう。
よく分からないけど胸がドキドキするぅ……ハッ!? これって牛になったから、心臓肥大のせいかも。
牛の巨体だから心臓も大きい。だからなのかな? もう、どうなっちゃうのよ私?!
「さて、と。鑑定内容だと、頭の部分を軽く火であぶり、繊維にそって包丁を入れると汁が出る。それを煮詰めればいいんだっけ。うん、簡単かんたん」
そう私へと説明しながら、優男は準備をする。
確かに簡単だよ。でもね、その炙り方にコツがいるんだってのが素人には分からない。
その鑑定ってのが私にも見えればいいんだけど、どうやら優男にしか見えないらしく困ったね。
ドンくさい優男だったけど、意外な事に火を起こし、あっという間に焚き火が完成。
その手際の良さに、もしかしたらいけるかも? と期待するが……。
「うわ熱ちち! うわぁ、焦げちゃった……」
期待を裏切らない優男におもわずクスリとしながら、彼の背中を見つめる。
火傷して何度も失敗するけれど、それでもあきらめずに何度も何度もキノコをあぶる姿に呆れちゃう。
「もうやめたら?」
そう語りかけてみるけど、すごい集中力で私の事なんか気にしないみたい。失礼なやつ!
それから太陽の動きで一時間がすぎたのを理解すると、私のイラつきが一周回ってさらに大きくなる――はずだった。
いつもなら聖騎士団長のジハードが居たら、その無能さを叱責するくらいの怒りが溜まっても不思議じゃない。
でも……。
「まだだ、火傷くらい村の人たちの苦痛に比べたら大したことじゃない」
そうボソリと呟く優男の後ろ姿を見つめていると、怒りがおさまりっている自分に気がつく。
そんな優男のひたむきな姿を見て、波立つ怒りが嘘のように消え去り、自然と体が動き出す。
「どいて、私がやる」
毒キノコを口に含む覚悟を決め、鼻で優男を押し出すと「アネモネ?」とおどろく。
「まるでじゃなくて人間なんですぅ」
「はは、ほらそういうところだよ。ちゃんと僕の言葉を理解している感じがする。もしかして本当に……まさかね」
その独り言に、さみしげに「もぉぉん……」と応えてみる。
すると温かい右手で頭を撫でてくれた事で、なんとも言えない気持ちになって涙がジワリとたまる。
私、本当にこのままずっと牛なのかな……。
そう思うと涙がまた落ちそうになり、上を向いて歩くことにした。
◇◇◇
――森をしばらく歩き、一時間後。目的地である広い湿原へと到着する。
うっそうとした森を抜けたと同時に広がる光景は、おもわず息を呑むほどに美しい。
薄く水を張った地面が、まるで水鏡みたいに天空を映し出し、空が落ちているのかと思えるほどだ。
ただそれが違うと分かるのが、所々から伸びている草であり、その根本に紫色のキノコが群生していた。
「なんて美しい光景だろう、アネモネとこんな風景を見れて僕は幸せだよ……」
うん……すごいよね……って、観光に来たんじゃないんだからね?
本来するべき事を思い出し、優男の腰を鼻で押す。
「っと、いけない。観光に来たんじゃないんだった。えっとピンテール茸……あった! あの草の根本に生えているやつだよ。アネモネはここに居ておくれ、せっかくの美しい白い毛皮が汚れるといけない」
「わかった。足元に注意しなさいよね」
優男は靴やズボンが濡れるのも気にせずに湿地へ入る。
泥にまみれながらしゃがみ込むと、「鑑定」とスキルを使いピンテール茸を鑑定し、「間違いない、これがそうだ」と紫のキノコを集めだす。
ものの十分で背負カゴいっぱい採取し、泥で汚れた顔で嬉しそうに微笑みながら、こちらへと戻ってきた。
「このくらいあれば間に合うかな。あとは採取して三十分以内に毒素を抽出し、煮詰めて結晶化させないと」
そう、それがとても難しい。
以前の私なら片手間で出来るんだけれど、優男はどう見ても薬学に精通しているとは思えない。
それはキノコを採取している手付きですぐにわかった。
むしろ素人よりも見てらんないほど不器用で、思わず手伝ってしまいそうになるけど、さすがにアレを口に含むのは怖すぎるからやめとこ。
だから待っている間に暇だったから、仕方なく気まぐれで、かまど用の石を足で転がしながら集めておいたんだけど……。
「おや? 丁度いいサイズの石が沢山あるね。ふふ、またキミが手伝ってくれたのかい? ありがとうアネモネ」
「べ、べつに足を動かしていたら転がっただけだし」
プイっと、優男とは別の方向を向きながらそう牛語で応える。
すると「ありがとう本当にキミは優しい子だね」と言いながら、また撫でてくれるんだけど……うぅ、なんだろう。
よく分からないけど胸がドキドキするぅ……ハッ!? これって牛になったから、心臓肥大のせいかも。
牛の巨体だから心臓も大きい。だからなのかな? もう、どうなっちゃうのよ私?!
「さて、と。鑑定内容だと、頭の部分を軽く火であぶり、繊維にそって包丁を入れると汁が出る。それを煮詰めればいいんだっけ。うん、簡単かんたん」
そう私へと説明しながら、優男は準備をする。
確かに簡単だよ。でもね、その炙り方にコツがいるんだってのが素人には分からない。
その鑑定ってのが私にも見えればいいんだけど、どうやら優男にしか見えないらしく困ったね。
ドンくさい優男だったけど、意外な事に火を起こし、あっという間に焚き火が完成。
その手際の良さに、もしかしたらいけるかも? と期待するが……。
「うわ熱ちち! うわぁ、焦げちゃった……」
期待を裏切らない優男におもわずクスリとしながら、彼の背中を見つめる。
火傷して何度も失敗するけれど、それでもあきらめずに何度も何度もキノコをあぶる姿に呆れちゃう。
「もうやめたら?」
そう語りかけてみるけど、すごい集中力で私の事なんか気にしないみたい。失礼なやつ!
それから太陽の動きで一時間がすぎたのを理解すると、私のイラつきが一周回ってさらに大きくなる――はずだった。
いつもなら聖騎士団長のジハードが居たら、その無能さを叱責するくらいの怒りが溜まっても不思議じゃない。
でも……。
「まだだ、火傷くらい村の人たちの苦痛に比べたら大したことじゃない」
そうボソリと呟く優男の後ろ姿を見つめていると、怒りがおさまりっている自分に気がつく。
そんな優男のひたむきな姿を見て、波立つ怒りが嘘のように消え去り、自然と体が動き出す。
「どいて、私がやる」
毒キノコを口に含む覚悟を決め、鼻で優男を押し出すと「アネモネ?」とおどろく。
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