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005:ランスロットと大聖女

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 元は美男であったであろう、四十過ぎの丸く肥え太った体が、文字通り足元へと転がり落ちてくる。
 マリエッタは「あらあら、大丈夫ですか陛下?」と言いながら手を差し出し、その手を取ると国王はまた叫ぶ。

は大丈夫じゃ、それよりアネモネ! 大聖女のアネモネはいずこじゃ?!」
「それですが陛下……ジハード団長、もう一度説明を」

 これまでの経緯をジハードが丁寧に説明するが、やはりゲーリー三世は信じようとはしない。

 それも当然だった。それほどまでに、アネモネの力は神がかっており、仮にあそこに居た護衛兵すべてが襲いかかっても、無事に生還できたであろうから。

 そこでマリエッタがそれに信憑性を持たせるために、自分よりも高い聖神力を感じないと説明。

「そ、それは誠かマリエッタ?」 
「はい。残念ながらもうアネモネの聖神力は感じませんですわ。

 だが「いや、しかし……」と、それを認めることが出来ないゲーリー三世へと、マリエッタは木箱を見せる。

 蓋をあけると、中には七つの祈る娘の純白像が入っており、その一体が黒く変色していた。
 それは大聖女を中心に祈りを捧げる像であり、聖女の健在を表すものだ。
 マリエッタは中心の少女像が変色しているのを指差し、悲しげに口を開く。

「この位置にある像が変色している意味。陛下にはお分かりですわね?」
「な……なんという事か……あの神の愛子たるアネモネが、本当にこの世にすでにいないのか……」
「ええ。もう居ません」

 ゲーリー三世はガクリと肩を落とし、そのまま床へとへたりこむ。

「アネモネが天へ召されたという事か……どうすればいい、どうすればいいんじゃ……この先、大聖女がいない世界など、闇の世界と言っても良いものじゃというのに……」

 へたりこむゲーリー三世へ優しくほほえみながら、マリエッタは彼の両手を優しく包み込みながら話す。

「アネモネが天へ召されたのは、傍若無人に振る舞った結果に天がお怒りだったのでしょう」
「何を言うか! アネモネは美しく賢く、聖女として最強の力を持っておったではないか!! 慈愛の女神様が怒るなどありえぬ!!」

「そうはもうしましても事実は事実。ですがご安心を陛下。この時代に大聖女が現れたのもまた事実。きっと慈愛の女神様は、次代の大聖女をすぐに選出することでしょう」
「おおお!! それは誠かマリエッタよ!?」
「はい。ですので陛下はお心安んじてお待ち下さいませ」
「うむ! そうと分れば次代の大聖女が選ばれたときの式典の準備をせねばな! ジハードも来い、聖騎士団の役割もまた忙しくなるからな。こりゃ忙しくなるぞ!! はっはっは」

 ゲーリー三世はそう言いながら、大臣を連れて謁見の間を出ていく。
 残されたマリエッタは、王の背中を見ながら「バカな人たちですわ」と口角をあげてほくそ笑み、内心でわらう。
 
(女神様の怒りにふれるまで十年……ここまでくるのに十年かかりましたわ。これで次代の大聖女はワタクシになる。あとはこの体に聖印が宿るのを待つだけですわね)

「ただの村娘が、侯爵家のワタクシの上に立つなど烏滸おこがましいですわ」

 左中指で胸元を引き、胸の谷間をのぞきながら「楽しみですわ」と言いながら、慈愛の女神が描かれた天井を見る。

 ピンクの衣をまとった女神が聖女へ、セイント・ウィンプルを頭へとさずけている様子は、まさに自分が絵の中人物と錯覚して、再度口角があがるのだった。



 ◇◇◇
  ◇



 ――時はアネモネが優男と呼ぶ人物。ランスロットへと、猛ダッシュした直後へと戻る。

 
見つけたぶもぉぉん! 私を置いていくなんてもっふもおおんムチ打ち百回は軽いんだからねぶふうううううううう!!」

 大地を揺るがすと思える音に、ランスロットはビクリと震え背後を見る。

「ッ、魔物かッ?! って、アネモネええええ!? うわあああ」

 マヌケな声をあげる優男のお腹へと、高貴な私の鼻を押し当ててやる。
 ぐにぃっと一瞬お腹が引っ込むけれど、優男のお腹の筋肉が異常に固くて、お鼻が痛い。
 もっと〝ぷおん〟ってなりなさいよね!

「っと、もうびっくりしたじゃないか。飼い主さんの所へ帰らなくてもいいのかい?」
そんなの居ないしもぉぉぉぉむ
「あはは、そんなに頭をこすりつけないでおくれよ。くすぐったいじゃないか」

 怒りを表しているんですけど? 多分生えている角で、怒りを込めてグリグリしているつもりなんですけど!?

「よしよし、そんなに僕の事が好きなのかい? それは嬉しいんだけれど……困ったなぁ。飼い主さんが近くに居ないのなら、このままなら魔物に食べられちゃうだろうし……」

 ちょっと! なにサラっと私が食べられる未来を、予想するとかやめてくれる?!
 いにしえの大騎士みたいな名前してるんだから、しっかりと私を守りなさいよね! 名前負けもいいところだよ、ホント。

 まぁ……顔はそれっぽくてイケメンで、優しいんだけどさ。フンだ。

「んんん……あ、そうだ! この先に村があるって聞いたんだよ。僕はそこへ行くんだけれど、そこの人たちならアネモネの事を知っているかもしれない。だから一緒に行ってみようか?」

 知ってる人なんて居るわけがないよ。
 でもこのままここに居ても仕方ないし、ついていってあげてもいいもん。





 だから「モオオオオ」と頷き返事をして、優男の後へと続く。



 まさか村があんな事になっているとは知らず……。
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