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 ギュッギュッと溶け残った雪を踏んで鳴る音を、白い息を吐きながらリズミカルに奏でる。
 右、左、右、右、少し間を置いて左、足踏みして遠くへ飛んで。
 実際は同じような音。しかし五歳のツバキの頭にはお気に入りの童謡が流れていた。姉がよく歌ってくれた歌。
 最後に大きくジャンプし、両手を上げて両足で着地。
 満足の行く演奏ができて、一人満面の笑みになる。  
 これが演奏できたら、ねえさまの病気は良くなる。
 そう願って、朝からずっと挑戦していたのだ。

 息を大きく吐いて、吸って、上空を見上げた。
 白い雲に混ざって、緑色の蠍や丸々とした熊猫、尻尾が三本の蛇などの魔物が風に乗って流れていく。巨大なリボンのような羽根を持つ蝶の魔物に手を降った。
 蝶はそれに応えるように優雅に舞い、桃色の粉をツバキにかける。すると体についた粉が淡く光り、じんわりと体を温め始める。
 もう一度ツバキは手を振ってまたねーと叫んだ。

 ──あれは、小さい頃の私?

 十六歳のツバキは空の高いところから五歳の自分を見下ろしていた。

 ──これは夢?

 城から女官が出てきた。血相を変えて幼いツバキの名を呼ぶ。
「セイレティア様。クリスティア様が」
「ねえさまが?」
「セイレティア様を呼んでいます。お早く」
 女官に強く手を引かれ、訳もわからず懸命に足を動かした。



 ある部屋の前に場面が切り替わる。
 扉が開く。
 中には医師や侍女たちがベッドに寝ている十五歳くらいの女の子、ツバキの姉クリスティアを悲しげに見つめており、ツバキの姿に気づくと部屋を出ていった。
 残されたのは、ツバキと女官、クリスティアの周りにいる十匹の白い綿のような魔物たち。

 クリスティアが弱々しげに手を差し出す。
 幼いツバキは咄嗟に手を握った。

「ねえさま」
「また……魔物……と……遊んで……いたの」

 しゃべるのも辛そうだ。

「うん。ねえ見て。蝶がこれをくれたのよ。ねえさまにもあげる。温かいでしょ?」
「ほんとね……あったかい」

 クリスティアはほんの少しだけ口角を上げた後、目に涙を滲ませる。

「ごめんねセイリィ。……ずっとそばに……いて、あげられ……ない」

 幼いツバキの顔が凍る。

「やだ。やだよう。置いていかないで」

 ベッドに突っ伏して泣き叫んだ。

 ──姉様。

 十六歳のツバキは姉の真上に浮かんでいた。
 久々に会った姉はとても幼く、小さく、細い。
 姉の顔に手を伸ばすが、透けて触れなかった。
 胸がつかえて苦しい。
 五歳のツバキと感情がリンクする。

 ──姉様。どうして置いていってしまったの。どうして。どうして。

「セイリィ」

 クリスティアは目を開けているのもやっとのようだった。弱々しく息を吸い、顔を横に向け幼いツバキに微笑みかける。

「だいじょう……ぶ。あなたは……魔物に……愛されて……る……から」
「ねえさまぁ」
「金色……の……空を……さがし……て」

 そして真上を見つめた。
 ちょうど十六歳のツバキの目をまっすぐ見据えるように。

「見つけられたのね」

 安堵したようにやさしく微笑む。

「さあ起きて。金色を離さないで」



 ぱっと目が覚めた。

「姉様?」
 
 目の横についた涙の跡を拭う。

「夢……」

 しばらくぼんやりと夢を反芻する。
 金色を離さないで。
 姉の言葉で頭がはっきりした。

「カオウ!!」

 勢い良く起き上がりベッドから出たが、力が入らずその場に座り込む。声を聞いたサクラが駆けつけてツバキをベッドへ座らせた。

「まだ起き上がってはいけません」
「カオウはどこ? 血が、大量に血が出ていたの」
「大丈夫ですよ。今は眠っています」

 サクラに背中を擦られる。
 思念で呼びかけても応答はなかったが、気配は感じられたのでホッと胸をなでおろした。

「会える?」
「車椅子を持ってきますからお待ちくださいね」

 車椅子に乗ってジェラルドの部屋に入ると、カオウが豪華なソファの上で静かに寝息をたてていた。
 ツバキは金色の髪をなでてから、彼の左手を両手で包み込むように握る。
 ジェラルドが気遣うようにツバキの肩に手を置いた。

「一命はとりとめたが、まだ目覚めない」

 本来なら、皇族とその授印なら宮廷にいる治癒魔導士によりすぐ治してもらえるのだが、カオウの存在はないものとなっているから受けられない。ジェラルドの側近のつてで簡単な治癒魔法を施してもらうのが精一杯だった。

「お前は大丈夫か」

 そう聞かれ、こくん、と頷く。
 ツバキも約一日眠りこんでいたらしく、今はもう夕方になっていた。
 
「話は大体ロウたちから聞いた」

 そこでようやく、部屋を見渡す余裕が出てきた。
 部屋にはジェラルドの他にロウとトキツ、授印たちもいる(ちなみにトキツとギジーは畏れ多くも皇帝の部屋に通されて心臓バックバクである)。
 
「ロウ。アフランとルファはどこにいるの?」
「アフランは警察署内の拘置所にいる。ルファの行方はわからない」
「わからないってどういうこと? トキツさんとギジーがいるでしょう」

 トキツが首を振る。
 ルファの顔を見たため魔力を使って探し出そうとしたが、赤い煙が視界を覆っていて居場所の特定ができなかったのだ。ただ、死んでいれば真っ暗で何も見えないはずだから、生きてはいるらしい。

「赤い煙?」
「結界の影響だろう」
「結界? ロナロ人は魔力がないはずよ。そんなことができるの?」
「アフランの話では、ロナロ人以外の何者かが手を貸しているそうだ」

 ロウはアフランから聞いたことをすべてツバキに伝えた。
 ロナロでの生活、帝都に来てから何かを仲介していたこと、同郷の者たちが皇帝を狙っていること。
 そして、倉庫で捕まえた男に尋問して得られた情報によると、アフランたちが仲介していたのは帝国に関する情報や武器などで、その中に魔力を吸収する道具もあるらしい。

「協力者がいるってこと?」
「ああ。しかし、いつもアフランたちを介していたから男は会ったことがない。アフランの前も何人か通していたら、協力者を捕らえるのは難しいだろう」

 唯一会ったことがあるのは村長をしている男らしく、明日のパレードで村長が前皇帝ネルヴァトラスを狙うということまでは聞き出せた。
 いったい協力者とは何者なのだろうか。国内の者か他国の者か。
 それを知るには、村長を生きて捕まえなければならない。
 ロウの眉間にしわが寄る。

「それでお兄様。パレードは中止にはしないのね?」
「屈するわけにはいかないからな」
「そう……」
「まさか、パレードまでサボる気ではないよな?」

 ツバキが考え込むのを見て呆れる。

「お前に何ができる。カオウがいるならまだしも、あいつはまだ動ける状態にないのだぞ」
「なら、私の魔力を与えれば……」
「だめだ。セイレティアも万全ではないだろう」

 確かに今は全身力が入らない。
 そもそも何故こんなに疲弊しているのか見当がつかなかった。

「あの倉庫で自分がしたことは覚えているか」
 
 覚えているのは、カオウが倒れたところまでだ。
 ゆっくり首を振る。
 
「……そうか。少し休んだら話がある」

 サクラに車椅子を押されて部屋を出た。
 なんのことだろう?
 倉庫でのことを思い出そうとすると頭がズキズキして何も考えられない。

 あなたは魔物に愛されている。

 ただ姉の言葉だけが耳の奥に残っていた。

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