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アフランとルファ 3
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皇帝が殺される。
そう知ってしまったアフランたちは仕事に身が入らなくなった。
仲介物を渡すたびに、自分たちもそれに加担しているのだと思うと恐ろしい。
村長にもいつか会うかもしれない。
村長はバルカタル人の血をひく二人を特に忌み嫌っていた。
直接暴力を受けることはなかったが、あの体を突き刺すような冷たい視線は身を凍えさせるのに十分だった。
自然と口数が少なくなり、チハヤに心配されてもはぐらかし続けた。
こんなこと、どう相談すればいいというのか。
「このことを伝えなくちゃ」
パレードの日まであと四日というとき、突然ルファが言った。
「伝えるってどうやって? 誰も信じないよ。それに、もしあいつらにばれたら…」
「だけどこのままじゃ皇帝が殺されちゃうんでしょ? みんなが悲しむよ」
アフランの脳裏に、パレードを楽しみにしているチハヤたちの姿が浮かんだ。
大通りに並び、キャーキャーとはしゃいで新皇帝に手を降っている。
その皇帝の頭に短い槍が刺さる。
まるで鹿を狩ったときのように皇帝の頭を掲げて笑う村長……。
アフランは身震いしてギュッと目をつぶった。
「……わかった。城に手紙を出そう」
手紙を出すにしても、まだ長文は書けないから短い文を考えた。
文字も拙くて、自分が書いてもきっと子供のいたずらと思われてしまうからと本や新聞を使った。
しかしそれはそれで、なんだか不気味でこのまま出すのも気が引ける。
ならばと、城の侍従長の噂を利用して好物のズイニャも一緒に贈ったらどうかと考えた。
しかしズイニャは高いし、配達料もかかる。ルファはお菓子やおもちゃで給金を使い切ってしまっていたので、仕方なくアフランは自分の貯金を全額使うことにした。
無事に配達を頼めた後はしばらく興奮していたが、冷静になると激しい後悔にさいなまれた。
所詮子供の浅知恵だ。ちゃんと伝わる保証もないし、自分たちが捕まる可能性もある。
その前に密告したことがばれたら殺されるかもしれない。
心配でその日はまったく眠れなかった。
そして翌日、つまり今日の午後、店に警官がやってきた。
ちょうど休憩中で店の奥にいた二人は物陰に隠れていたが、すぐに捕まってしまう。
背中を強く押され、遠くで叫ぶチハヤの声にも恐怖で反応できなかった。
だが、裏口から大鷹に騎乗する寸前、何者かに勢いよく抱きかかえられる。
警官が追ってくると、アフランたちは投げ飛ばされた。
一人で警官二人と大鷹二匹を相手にしている。
大鷹の血しぶきが飛び、道路や建物の壁を汚す。
警官が一人倒れて動かなくなる。
恐ろしくて足ががくがくしていたけれども、逃げるのは今しかない。なんとか立ち上がり、呆然としているルファの手を引っ張って逃げた。
無我夢中で走る。
体が自分じゃないように動き、限界に達した足がもつれて倒れこむまで走り続けた。
倉庫の鍵を壊して隠れ、泣きじゃくるルファを懸命になだめる。
やがて疲れて眠ってしまった弟の横で、チハヤたちのことを考えた。
動揺し、心配しているだろうか。落胆しているだろうか。お世話になりっぱなしなのに、裏切ってしまった。彼女たちのことを思うとのどの奥が締め付けられるように痛くなる。
「どうしてこうなったんだろう」
そもそもあいつらの口車に乗せられて村を出たのが間違いだった。
父親の話も全部嘘だろう。一年経ったのに、まったく連絡がないのだから。
「これからどうしよう」
行く当てなんてない。
不安と悔しさで、涙が溢れた。
いつの間にか眠ってしまい、起きた時には日が暮れかけていた。
壊れた窓から赤くなり始めた光が倉庫内に差し込んでくる。
「父さんはいつ帰ってくるのかなあ」
そう問われ、アフランは抱えていた膝に顔をうずめた。
しばらく無言で考え、とにかくじっとしていても仕方ないと顔を上げる。
アフランは立ち上がると倉庫の中を調べた。長い間放置されているようで、机にほこりが積もっている。
すみにあった数枚の大きな麻袋に二人でくるまればなんとか寒さは凌げそうだ。
次は食べ物。
今は屋台でにぎわっているから、何かあるかもしれない。ただしお金がないので、盗むかゴミ箱を漁るしかない。
アフランは頬をたたいて気合を入れた。
しかし、その気合は無意味なものとなる。
倉庫を開けると、先ほど警官から逃がしてくれた男が立っていた。
今回は他にもう二人仲間を連れている。その仲間は同郷の者だった。やはりつながっていたのだ。
「手間かけさせやがって」
同郷者に捕まり、必至で抵抗するが、大人の力にかなうはずもない。
「お前ら城にタレこんだんだって?」
「やっぱりお前らは汚ねえな、仲間を売るなんてよ。さすがバルカタル人だ」
力の限り手首を握られ、苦痛で顔が歪む。
「来い! 村長のところへ連れて行く。いいか、大声を出すなよ」
村長のところへ行けば殺されるかもしれない。
アフランは青ざめ、再び身をねじって逃げようとすると、腹を殴られた。
「兄ちゃん!」とルファが叫ぶ。
そのとき。
倉庫内の空間が歪んだように見えた。
目を凝らしていると歪みの中心から人が次々現れる。
金髪の少年と、栗毛の少女と、ぼさぼさ頭の男。
突然のことで固まる。アフランと目が合うと少年はまた消えた。
どこへ? と考える間もなく体が自由になった。
何事かと振り返れば、アフランを拘束していた男が気絶して倒れている。その後ろに少年が。
「大丈夫か?」
少年が問いかけてくるも、何が起こったのか把握しきれず声が出ない。
「こっちよ」
次は少女がアフランの元にきて、手を引かれるまま倉庫の隅に身を潜める。
「あなたがアフランね?」
優しい声に名を呼ばれてやっと我に返った。
(ルファは?)
慌てて弟を探す。
まだ同郷の男に捕まっていた。
その前で、二人を守るように見知らぬ男がぼさぼさ頭の男と戦っている。動きが早くてどちらが優勢かわからない。
ルファを抱えた男がじりじりと外に出ようとしていた。それに気づいた少年の姿が消える。
次はルファの所へ行くんだ。
直感でそう思った。
しかし、見知らぬ男もそう悟ったようだ。
ぼさぼさ頭の男の剣を弾き返すと、ルファの元へ跳躍し、ルファを捕まえていた男の背後に現れた少年を一瞬で蹴り飛ばした。
少年は積まれていた木箱へ激突する。
男は再びぼさぼさ頭との戦いに戻り、その隙にルファは連れ去られて行った。
「ルファ!!」
叫んで追おうとするが、少女に止められる。
倒れていた少年が立ち上がった。
「痛いなあ、もう」
再びルファの元へ行ってくれる。そう信じた時だった。
バン!!
破裂音とともに少年が倒れた。
何が起こったのか一瞬では理解できなかった。
音の鳴った方を見ると、アフランを捕まえていた男が立ち上がっており、手に何か黒い物体を持っていた。筒状になった物体の先から煙が出ている。
「へ、へへ。やったぜ。バルカタル人を殺した!」
「カオウ!!」
少女が悲鳴を上げて少年の元へ駆け寄った。
何度も名前を叫ぶが反応はない。
少年の上半身を起こす。
自分の手を見つめる。
赤く染まった手。
彼の腹からは赤黒い血が溢れていた。
空気が止まった。
アフランはそう感じた。
いや、空気だけじゃない。自分の体も動かない。指先も、目も、髪の先まで空間に縛り付けられているようだ。
目の隅で捉えられる男たちもまた同様に、剣を構えたまま硬直していた。
日が落ちたのか、幕が倉庫を覆ったかのように急に暗くなった。
不気味な静寂。張り詰めた空気。
二つ、暗闇に光が灯った。
また二つ、さらに二つ。
それが魔物の目だと気づいた頃には、倉庫の窓すべてに魔物がとまっていた。いつの間にか倉庫内にも魔物が壁に沿って並んでいる。
鳴き声も発さず、微動だにせず、少女を見つめている。
(何が起こってる?)
ゆっくり背中に伝わり落ちる脂汗が、妙に冷たく感じた。
そう知ってしまったアフランたちは仕事に身が入らなくなった。
仲介物を渡すたびに、自分たちもそれに加担しているのだと思うと恐ろしい。
村長にもいつか会うかもしれない。
村長はバルカタル人の血をひく二人を特に忌み嫌っていた。
直接暴力を受けることはなかったが、あの体を突き刺すような冷たい視線は身を凍えさせるのに十分だった。
自然と口数が少なくなり、チハヤに心配されてもはぐらかし続けた。
こんなこと、どう相談すればいいというのか。
「このことを伝えなくちゃ」
パレードの日まであと四日というとき、突然ルファが言った。
「伝えるってどうやって? 誰も信じないよ。それに、もしあいつらにばれたら…」
「だけどこのままじゃ皇帝が殺されちゃうんでしょ? みんなが悲しむよ」
アフランの脳裏に、パレードを楽しみにしているチハヤたちの姿が浮かんだ。
大通りに並び、キャーキャーとはしゃいで新皇帝に手を降っている。
その皇帝の頭に短い槍が刺さる。
まるで鹿を狩ったときのように皇帝の頭を掲げて笑う村長……。
アフランは身震いしてギュッと目をつぶった。
「……わかった。城に手紙を出そう」
手紙を出すにしても、まだ長文は書けないから短い文を考えた。
文字も拙くて、自分が書いてもきっと子供のいたずらと思われてしまうからと本や新聞を使った。
しかしそれはそれで、なんだか不気味でこのまま出すのも気が引ける。
ならばと、城の侍従長の噂を利用して好物のズイニャも一緒に贈ったらどうかと考えた。
しかしズイニャは高いし、配達料もかかる。ルファはお菓子やおもちゃで給金を使い切ってしまっていたので、仕方なくアフランは自分の貯金を全額使うことにした。
無事に配達を頼めた後はしばらく興奮していたが、冷静になると激しい後悔にさいなまれた。
所詮子供の浅知恵だ。ちゃんと伝わる保証もないし、自分たちが捕まる可能性もある。
その前に密告したことがばれたら殺されるかもしれない。
心配でその日はまったく眠れなかった。
そして翌日、つまり今日の午後、店に警官がやってきた。
ちょうど休憩中で店の奥にいた二人は物陰に隠れていたが、すぐに捕まってしまう。
背中を強く押され、遠くで叫ぶチハヤの声にも恐怖で反応できなかった。
だが、裏口から大鷹に騎乗する寸前、何者かに勢いよく抱きかかえられる。
警官が追ってくると、アフランたちは投げ飛ばされた。
一人で警官二人と大鷹二匹を相手にしている。
大鷹の血しぶきが飛び、道路や建物の壁を汚す。
警官が一人倒れて動かなくなる。
恐ろしくて足ががくがくしていたけれども、逃げるのは今しかない。なんとか立ち上がり、呆然としているルファの手を引っ張って逃げた。
無我夢中で走る。
体が自分じゃないように動き、限界に達した足がもつれて倒れこむまで走り続けた。
倉庫の鍵を壊して隠れ、泣きじゃくるルファを懸命になだめる。
やがて疲れて眠ってしまった弟の横で、チハヤたちのことを考えた。
動揺し、心配しているだろうか。落胆しているだろうか。お世話になりっぱなしなのに、裏切ってしまった。彼女たちのことを思うとのどの奥が締め付けられるように痛くなる。
「どうしてこうなったんだろう」
そもそもあいつらの口車に乗せられて村を出たのが間違いだった。
父親の話も全部嘘だろう。一年経ったのに、まったく連絡がないのだから。
「これからどうしよう」
行く当てなんてない。
不安と悔しさで、涙が溢れた。
いつの間にか眠ってしまい、起きた時には日が暮れかけていた。
壊れた窓から赤くなり始めた光が倉庫内に差し込んでくる。
「父さんはいつ帰ってくるのかなあ」
そう問われ、アフランは抱えていた膝に顔をうずめた。
しばらく無言で考え、とにかくじっとしていても仕方ないと顔を上げる。
アフランは立ち上がると倉庫の中を調べた。長い間放置されているようで、机にほこりが積もっている。
すみにあった数枚の大きな麻袋に二人でくるまればなんとか寒さは凌げそうだ。
次は食べ物。
今は屋台でにぎわっているから、何かあるかもしれない。ただしお金がないので、盗むかゴミ箱を漁るしかない。
アフランは頬をたたいて気合を入れた。
しかし、その気合は無意味なものとなる。
倉庫を開けると、先ほど警官から逃がしてくれた男が立っていた。
今回は他にもう二人仲間を連れている。その仲間は同郷の者だった。やはりつながっていたのだ。
「手間かけさせやがって」
同郷者に捕まり、必至で抵抗するが、大人の力にかなうはずもない。
「お前ら城にタレこんだんだって?」
「やっぱりお前らは汚ねえな、仲間を売るなんてよ。さすがバルカタル人だ」
力の限り手首を握られ、苦痛で顔が歪む。
「来い! 村長のところへ連れて行く。いいか、大声を出すなよ」
村長のところへ行けば殺されるかもしれない。
アフランは青ざめ、再び身をねじって逃げようとすると、腹を殴られた。
「兄ちゃん!」とルファが叫ぶ。
そのとき。
倉庫内の空間が歪んだように見えた。
目を凝らしていると歪みの中心から人が次々現れる。
金髪の少年と、栗毛の少女と、ぼさぼさ頭の男。
突然のことで固まる。アフランと目が合うと少年はまた消えた。
どこへ? と考える間もなく体が自由になった。
何事かと振り返れば、アフランを拘束していた男が気絶して倒れている。その後ろに少年が。
「大丈夫か?」
少年が問いかけてくるも、何が起こったのか把握しきれず声が出ない。
「こっちよ」
次は少女がアフランの元にきて、手を引かれるまま倉庫の隅に身を潜める。
「あなたがアフランね?」
優しい声に名を呼ばれてやっと我に返った。
(ルファは?)
慌てて弟を探す。
まだ同郷の男に捕まっていた。
その前で、二人を守るように見知らぬ男がぼさぼさ頭の男と戦っている。動きが早くてどちらが優勢かわからない。
ルファを抱えた男がじりじりと外に出ようとしていた。それに気づいた少年の姿が消える。
次はルファの所へ行くんだ。
直感でそう思った。
しかし、見知らぬ男もそう悟ったようだ。
ぼさぼさ頭の男の剣を弾き返すと、ルファの元へ跳躍し、ルファを捕まえていた男の背後に現れた少年を一瞬で蹴り飛ばした。
少年は積まれていた木箱へ激突する。
男は再びぼさぼさ頭との戦いに戻り、その隙にルファは連れ去られて行った。
「ルファ!!」
叫んで追おうとするが、少女に止められる。
倒れていた少年が立ち上がった。
「痛いなあ、もう」
再びルファの元へ行ってくれる。そう信じた時だった。
バン!!
破裂音とともに少年が倒れた。
何が起こったのか一瞬では理解できなかった。
音の鳴った方を見ると、アフランを捕まえていた男が立ち上がっており、手に何か黒い物体を持っていた。筒状になった物体の先から煙が出ている。
「へ、へへ。やったぜ。バルカタル人を殺した!」
「カオウ!!」
少女が悲鳴を上げて少年の元へ駆け寄った。
何度も名前を叫ぶが反応はない。
少年の上半身を起こす。
自分の手を見つめる。
赤く染まった手。
彼の腹からは赤黒い血が溢れていた。
空気が止まった。
アフランはそう感じた。
いや、空気だけじゃない。自分の体も動かない。指先も、目も、髪の先まで空間に縛り付けられているようだ。
目の隅で捉えられる男たちもまた同様に、剣を構えたまま硬直していた。
日が落ちたのか、幕が倉庫を覆ったかのように急に暗くなった。
不気味な静寂。張り詰めた空気。
二つ、暗闇に光が灯った。
また二つ、さらに二つ。
それが魔物の目だと気づいた頃には、倉庫の窓すべてに魔物がとまっていた。いつの間にか倉庫内にも魔物が壁に沿って並んでいる。
鳴き声も発さず、微動だにせず、少女を見つめている。
(何が起こってる?)
ゆっくり背中に伝わり落ちる脂汗が、妙に冷たく感じた。
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