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皇女も歩けば騒ぎに当たる

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 元々帝都内でニ番目に栄えているカイロはレイシィア(平民の街)で唯一祝賀パレードを通る街として、現在は観光客で溢れかえっている。

 様々な屋台や露店が軒を連ね、特にこの機会に儲けようと他所から来た店の呼び込みは凄まじい。
 熱気の中を歩きながらツバキとカオウはキョロキョロと左右の店に目を走らせていた。
 赤い芋を揚げた物や麺を野菜と一緒に炒め濃く味付けした物、バナナのような果物にチョコソースをたっぷりかけ木の実をちらした物など屋台の定番から、何の食材を使っているかさっぱりわからない焼き物や見た目はグロテスクだが行列ができている物もあり、どれを買おうか目移りしてしまう。

 とりあえず初見の屋台で見かけた、何かの肉をパンに挟んで揚げたゴルニーニと、魚のすり身とチーズを練り込み丸く焼いたラズローニを買って道端で食べることにした。

「これ噛んだ瞬間肉汁が出てきてうまい! 何の肉かな?」
「ゴルニーニって名前から察するとゴルファかしら。バルカタルでいう牛と似た動物だけれど、さっぱりしていてパンと合うわね。こっちのラズローニは、ラズランスっていう魚が入っているんだと思う」
「それ、この紫のソースにつけて食べると味がまろやかになって何個でもイケそう」
「こっちの黄色いソースもちょっと辛いけど美味しい。あ、あのジュースも飲んでみたい」

 食べ終わった二人はサルサという外国産のジュースを飲みながら、今度は露店が並ぶ通りへ出かけ、裁縫好きの侍女が気に入りそうな布地がないか見て回る。
 バルカタルではあまり見かけない派手な色の布地が多いが、色の組み合わせ次第では素敵なものができるかもしれない。多彩な色で大小様々な円がいくつも組合わさった隣国特有の幾何学模様も小物にしたら可愛いだろう。
 いくつか買おうと店主に声をかけようとした時、隣の店で売っていたアクセサリーに目が止まった。
 宝石を売っているようだが、なんだか怪しい。普通なら何万リランもする宝石が破格の値段で売られている。

「お、姉ちゃんいらっしゃい。綺麗だろう。姉ちゃんみたいなべっぴんさんにはよく似合う。ちょっとつけてみるかい?」
「これ人工? 本物ならこんなに安いはずないわ。でも人工なら高すぎる」
「本物に決まっているだろう。うちは貴族様に売るには規格外だったりほんの少しキズがついているものを扱ってるから安いんだよ。でもキズはこの通りパッと見わからないだろう? しかもこのネックレスは今貴族の間で流行ってるデザインだ。さあ、残りこの一点だけだよ! 買わないと損だよ!」

 店主は早口でまくし立て、道行く人に呼び掛ける。
 ツバキはネックレスをじっと観察した。
 デザインは確かに貴族の間で流行っていた。ただし、一年ほど前に。宝石も明らかに偽物でせいぜい数千リラン。
 これを提示額で売るのは完全にぼったくりだ。

 こういう違法店がないよう、本来出店するには届出が必要で、警察が申請通りか見回っているはずだが、今は多くの店が出店しており手が回っていないのかもしれない。
 そもそもきちんと届け出た店かも怪しい。

 しかし、平民の身なりをしている子供が指摘したところで軽くあしらわれるだろう。
 宝石に詳しいはずも、貴族の流行を知っているはずもないのだから。
 ロウを呼ぶべきだろうかと考えあぐねていると、店主はいつの間にか隣に立っていた中年女性に売り込んでいた。
 その話術に女性の手は財布へ伸びている。あと一押しで買ってしまいそうだ。
 ツバキは息を大きく吸った。

「これ偽物です。こんな値段で買ってはだめです」

 女性の手が財布から離れ、店主の顔が真っ赤になった。

「バカ言うな! お前みたいな小娘に価値がわかるわけないだろう!」
「でも偽物を本物と偽るのは違法だわ。ちゃんと出店届け出しているの?」
「当たり前だ!」

 店主は地面に無造作に置かれた紙切れを苛立たしげにつきだした。
 しかしこれも偽物だとすぐ見抜く。

「これも偽造よ。役所の紙はこんな薄くないし質も違う。今すぐ店を畳むべきだわ」
「うるせえ。とんだ言いがかりだ! これ以上つべこべ言うならどうなるか覚悟できてんだろうな!」

 テンプレのようにどなり散らす声に周囲の人が集まってきた。
 普通の少女なら涙ぐみそうな剣幕だが、ツバキには全く効かない。
 寧ろ威圧すればするほど冷ややかな目で店主を見据える。

「あなたこそ覚悟なさい。この街で違法行為をしたらどうなるかわかっているんでしょうね?」

 綺麗な顔で睨み付けられ、店主は怯む。
 この少女のどこからこんな迫力が出てくるのか、見えない何かに縛られるような感覚が店主を襲った。しかしこんな大勢の前で侮辱され商売を邪魔されては黙っていられない。

「はっ! お前に何ができるってんだ。こっちこい! 大人をからかうとどうなるか教えてやる!」

 店主がツバキの手を引っ張ろうと手を伸ばした。
 ツバキの後ろにいたカオウが殺気立ち、店主の手を掴もうと前に出る。

「ちょーっとおじさん。子ども相手にムキになりすぎだって」

 空気にそぐわない声に阻まれ、カオウが振り返るトキツが立っていた。

「ああ? 誰だてめえは」
「もうやめな。これ以上騒ぐともっと面倒になるぜ。って、もう遅かったな」

 ピーっという笛の音が上空から聞こえた。
 見上げれば警官を背に乗せた二羽の大鷹が舞い降りようとしている。
 店主は青ざめ急いで品物数点を鞄に詰め込み逃走しかけたが、すぐさまトキツに阻止された。
 その後店主の違法行為が正式に露見し、彼は逮捕された。

 騒動が落ち着くと、トキツは大袈裟にため息をついた。

「まったく、無茶するなよ皇女様」
「仕方ないでしょ。見つけてしまったんだもの」
「もしケガしてたらどうすんの。その前にカオウが相手に大ケガさせそうだけど」
「ツバキに触ろうとするからだろ」

 カオウはそっぽを向いた。

「それより二人とも冷たいな。こっちはカオウのせいで昨日の頭痛がまだ残ってんのに。心配もせず楽しく屋台巡りですか」
「あ」

 二人の声が揃う。
 ツバキは可愛らしく両手を合わせた。
 
「ごめんなさい、城を出るまで覚えていたのよ。でも屋台をみかけたらつい」
「いいんですよ。貴女から目を離しちゃいけないことがよくわかりました」

 ツバキは苦笑いを浮かべた。

「ギジーは?」
「警官を呼びにいってもらった」
「何かお礼しなきゃね」

 トキツにサルサを、ギジーに好物の薬草を、そしてサクラには先ほど見ていた布地をいくつか買いこみ、三人は人混みを避けるように大通りへ向かった。
 石畳の道に季節の花が植えられた花壇が等間隔に設置され、一階はカフェや服・生花などの店が、二階以上はアパートが入っている同じような作りの建物が並ぶ。
 シンプルな街灯には花や葉やリボンで作られたリースが飾り付けられていた。

「ここはパレードのコースにもなっているのよ」

 今も作業者が左右の建物をつなげるように国旗や皇族の紋章が描かれた旗を手際よくつけている。
 通りを歩く人々の顔は明るく、時折聞こえる会話からもパレードを楽しみにしている様子がうかがえた。
 少し歩くと視界が広がり大きな円形のような広場に出た。
 中央には小さな噴水があり、よく待ち合わせの場所として利用されている。

「この広場で右に曲がって、モルビシィアへ帰っていくの」
「ツバキちゃんももちろん出るんだよね?」
「そうよ。家族全員と授印が参加する予定」

 カオウは出られないけれど、という言葉は飲み込んだ。

「ものすごく長い行列になりそうだな。警備はロウたちもでるのか?」
「皇族の近衛兵と国軍が警備に当たるそうだから、警察は出ないでしょうね」
 
 とはいえお祭り騒ぎに乗じた犯罪が増えているから暇ではないようだ。先ほどのお店の件もある。
 ロウにも何かお土産を買うべきかと話していたところで、トキツが立ち止まった。

「どうしたの?」
「ギジーから伝言だ。ロウが呼んでいるから今すぐ警察署へ来てくれってさ」

 嫌な予感がした。お店の件で怒られるのかもしれない。
 ラズローニの黄色いソースがお酒に合いそうだったから買っていこう。そう決心した。
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