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理想は幻想
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元々カタルという小さな村から始まったバルカタルは数百年に及ぶ戦争の末巨大な帝国となっていた。
現在は一つの都と五つの州を設け、帝国全体と都は皇帝が、州は皇帝の兄弟姉妹らが州長官となり治めている。次期皇帝は皇帝の子の中から最も強い魔物と契約した者がなり、順に他州を治める者が決まる。
現皇帝には第一皇后との間に五人、今は亡き第二皇后との間に二人、合わせて七人の子がいた。つまり、役職を持てない子が一人いることになる。
その場合、通常なら十六歳で行う授印の儀(皇族が魔物と契約する儀式)を末の子が終えなければ上位六名が決まらない所、ツバキの代はそれを待たずして早々に決まった。
第ニ皇后の末子であるツバキが授印の儀を禁止されたからだ。
そして今年、同い年である第一皇后の末子の授印の儀をもって第一皇子を皇帝に認定、次いで州長官が決定した。もちろんそこにツバキの名はない。
「なあ知ってるか? ツバキ様が授印の儀を禁止された理由」
護衛が決まった翌日、親睦を深めろというロウの命令でカイロという街を案内することになったツバキは、カオウとトキツと共に馴染みの食堂へ来ていた。
そこで昼食を待つ三人の耳に隣席の会話が入ってくる。
「母親の第二皇后様も姉の第二皇女様も体が弱くて病で亡くなられたから、心配した皇帝が禁止したんだろ?」
男は小魚のフライを口に入れた。骨までカラッと揚がっていて噛めば噛むほどうま味が出てくる。
「いや、実は魔力がなさすぎて下級魔物としか印を結べず、公表できないから禁止したってことにしたみたいだぜ」
「まさか。ツバキ様も体が弱くよく寝込んでるって聞いたことあるぞ」
「それも、城にいる上級魔物が怖くてよく気絶するかららしい」
甘辛いタレをからめた肉を頬張りながら話を続ける男たち。トキツは噂の張本人に目を向けるが、涼しい顔でお茶を飲んでいた。
「あんなこと言われてるけどいいのか? ……いや、いいんですか?」
「敬語はやめて。別にどうってことないわ」
「噂はデタラメなんだろう?」
「さあ? 儀式をしていないから自分の魔力がどれくらいかなんて知らない。魔物は怖くないけれど、もしかしたら小さい頃気絶したことがあるのかもね。とにかく、私も知らないのだからこのことで誰に何を言われても怒る理由がないのよ」
ようやく運ばれていた野菜たっぷりのスープを上品なしぐさで口に運ぶ。本当に気にしていないようだ。
カオウはというと、器ごと持ち上げてズズっと音を立てながら飲み始めた。心なしかイラついているようなのは、トキツがいるせいか男たちの会話なのかはわからない。
「正直、皇族に関する噂話はよほどの田舎でなければよく耳に入ってくるけどさ」
トキツはつまみの豆を一つ口に投げ入れて言った。
「第三皇女様はたいそう美しく、それはそれは大切に育てられ滅多に部屋から出られないと聞いた。魔物どころか動物にさえ触れたことがない、とも」
「ぶはっ」
それを聞いて、カオウがスープを吹き出した。ツバキが汚いなあとボヤくもハンカチで拭いてやる。
「ツバキが? 昔っから魔物と遊んでいたやつが?」
「そうよ、滅多にお城から出ないのよ」
ツバキもクスクス笑う。
「五歳のとき蠍の背に乗って空を飛んだだろ」
「彩豚に泥に色を付けてもらって泥んこ遊びしたりね」
「そんでその泥をきれい好きな熊鳥に投げつけて追いかけ回されたりな」
「魔物と隠れんぼしたり鬼ごっこしたり、楽しかったわね」
トキツの中で勝手に抱いていた皇女像が音を立てて崩れていく。
病弱ゆえに毎日ベッドから窓の外を物憂げな表情で眺めているのではないのか。そんなときに他愛もない話をして気を紛らわせて差し上げたい、きっと喜んでくださるだろう。その時の笑顔はまさに宝石のように輝かしいに違いない。などと、守ってあげたくなるような女性が好きな男にとって理想の女性と言われた皇女様が蠍の背? 泥遊び? しかも熊鳥だと? 巨大で暴力的な上級魔物じゃないか。いやまあ、外見は想像通り、いや想像以上に美しいけれども。……けれども!!
「どうしたの? トキツさん」
様子がおかしいトキツに気づき声をかけると、彼の隣に座っていたギジーが『キヒヒヒ』と笑い声を上げた。
『気にするなお嬢さん。理想と現実のギャップに頭がついていってないのさ』
「……よくわからないけれど、とても失礼なことを言われている気がするわ」
『ひゃひゃひゃ!!』
トキツを放置し他愛もない会話を続けていると、ふくよかな女性がツバキたちのテーブルに近づいてきた。
「いらっしゃいツバキ、カオウ。おや、そちらさんは初めてかい?」
「こんにちはチハヤさん。こちらはギジー、それでこのぼーっとしている男性はトキツさん。今日からこの街で暮らすそうよ。二人とも、この方は店長のチハヤさんよ」
『おいトキツ、いい年したおっさんがくよくよしてんなって。気持ち悪い』
「おっさんじゃない! ……ってああ、これは失礼」
ようやく我に返ったトキツはチハヤへ名乗り握手を交わす。
「ツバキさ……ちゃんから聞いてます。チハヤさんの食堂が一番おいしいって」
「まーうれしいねぇ。ようこそカイロへ。そうだ何かご馳走するよ。あ、アフラン」
チハヤは近くにいた店員に声をかけた。濃紺の髪が印象的な十五歳くらいの美少年。店内の若い女性客がチラチラ彼を見て声をかけるスキを狙っている。
「鶏肉の黒酢あえを大至急頼むよ」
「はい、かしこまりまシた」
少年はぎこちない口調で言うと調理場へ向かった。
時折かけられる女性からの声にもぎこちない笑顔を向け、それがさらに女心をくすぐる。
「あの子、最近入った子ですか? この国の人ではないような」
ツバキが問いかける。
「一年くらい前だよ。母親が外国の子でバルカタル語があまり話せなかったからずっと調理場で働いていたんだ。弟がいるんだけどね、その子はまだ接客は難しいだろうね」
バルカタル語は発音が難しく、間違えると正反対の意味になることもあるため、片言では接客できない。ちなみに読み書きはさらに難しく、同綴異義語が多いのはもちろん、受動態、能動態が同じ綴りのこともあり、その場合間違えないようにアクセント符号をつけるのだが、母国語がバルタカルの人でさえ忘れたりする。
「まさかまた拾ったのか?」
カオウがつぶやくと、チハヤが慌てて手を降った。
「や、やだねえ。人を猫みたいに。ちゃんと身元保証書は確認したよ」
「だけど?」
カオウが上目使いで話を促す。その目に弱いんだよとチハヤはため息をついた。
「だってさ聞いとくれよ。母親が亡くなって身寄りがなく、小さい頃に別れた父親を頼って子供二人で旅をしてきたそうだよ。父親に迷惑をかけたくないから住み込みで働きたいんだって懇願されたときにはわたしはもう涙が止まらなくてねぇ」
思い出したのか目の端に涙をためて語るチハヤ。
彼女はよく身寄りのない子や貧しい子を住み込みで働かせていた。
ただ彼らはれっきとしたバルカタル人で、アフランのような子は初めてだ。というのも、帝都には店舗内で働くにはバルカタル人であることという法律がある。
さらに国籍を得るには父親か母親のどちらかがバルカタル人でなければならず、外国出身者は絶対に働けない。
その代わり、店舗でなければいいので屋台などの出店は外国人が多い。
アフランは父親がバルカタル人のため国籍は得られたようだ。
だが、生粋のバルカタル人 (現在の帝都である旧バルカタル王国出身者)が九割を占めるカイロでは、外国人の定住はあまり受け入れられない。
例え国籍を示す身元保証書があったとしても見た目で雇うことを躊躇する人は多く、言葉が話せないとあってはなおさらだったろう。
おそらくかなりの数の店に断られ、チハヤに話すときはやや話を盛っていたのではないだろうか。
「相変わらず人がいいですね」
「外国出身ってだけで働けないなんて可愛そうじゃないか。せっかく今の皇帝が戦を終わらせてくださったってのに」
バルカタルはこれまで領土拡大のための戦が続いていた。
外にばかり気を取られ国内が衰退していく様を憂いていた現皇帝、つまりツバキの父親がそれに終止符を打った。
これまで望んでもいない領土拡大のために夫や息子を戦に取られ、農業もままならず飢餓に苦しんでいた国民にとって、現皇帝は英雄だ。
それから税制が見直され水や道路などの生活環境も整い、物質の供給も安定し国民の暮らしは劇的に変わった。
「次期皇帝のことはどう思います?」
次の皇帝はツバキの一番上の兄、ジェラルド=シュンに決まっている。
兄の評価はどうなのだろう。
なんとなくチハヤの目を直視できず、ツバキはニョッキのような食材をフォークで転がしながら問いかけた。
「第一皇子のシュン様ね! 今の皇帝の意志を継いでおられるから皆歓迎してるさ。街の治安をよくするために自警団を組織化したのも彼だって話だよ、民のことを考えてくださる心優しいお方に違いないよ。それになんたってとびきりの美形だもの。ああ、祝賀パレードが楽しみだねえ」
ツバキとカオウが視線を交わし、吹き出しそうになるのをぐっと堪える。
ガチャン!
皿が割れる音がすぐそばで響いた。
アフランが持ってきた皿を落としたのだ。黒酢が絡まった鶏肉が床に散乱している。
「も、申し訳ありまセん!」
「なにやってんだいアフラン。早く片付けておくれ。トキツさんすまないねえ、せっかくうちの新メニューを食べてもらおうと思ったのに。お詫びに今日のお代は結構だよ」
「いえ、そんな訳には……」
「さすがチハヤさん! じゃあおれはチョコアイス頼もうっと!」
「カオウったら調子に乗らない!」
「ははは、いいよツバキちゃん。他の二人にも出そうかね。じゃあごゆっくり」
チハヤはアフランの片付けに手を貸してやってから店の奥へ入っていった。
しばらくして出されたアイスを堪能し、店を出る。
その時にまたもや手を繋いで歩くツバキとカオウを見て、トキツは複雑な心境になった。
「なあ、二人はその……付き合ってるのか?」
キョトンとする二人。
「そんなんじゃないわ」
「だって恋人でもないのに手なんて繋がないだろ」
「小さい頃から一緒だもの。それに右手首に印があるから繋いだ方が楽なのよ。カオウの好きなときに魔力をあげられるから」
「印って……魔物でもあるまいし」
さらにギジーが加わってキョトンとする三人。
「昨日紹介したでしょ。カオウは私の授印よ」
「……は?」
「おっさんは耳も遠いのか。じじいだな」
『どうせショックで昨日の話を聞いていなかったんだろ、ボケ』
今度はトキツがキョトンとする。
「てことは、カオウは魔物?」
「だからそう言ってんだろおっさん」
「カオウをなんだと思っていたの?」
トキツはまたも思考が止まるのだった。
現在は一つの都と五つの州を設け、帝国全体と都は皇帝が、州は皇帝の兄弟姉妹らが州長官となり治めている。次期皇帝は皇帝の子の中から最も強い魔物と契約した者がなり、順に他州を治める者が決まる。
現皇帝には第一皇后との間に五人、今は亡き第二皇后との間に二人、合わせて七人の子がいた。つまり、役職を持てない子が一人いることになる。
その場合、通常なら十六歳で行う授印の儀(皇族が魔物と契約する儀式)を末の子が終えなければ上位六名が決まらない所、ツバキの代はそれを待たずして早々に決まった。
第ニ皇后の末子であるツバキが授印の儀を禁止されたからだ。
そして今年、同い年である第一皇后の末子の授印の儀をもって第一皇子を皇帝に認定、次いで州長官が決定した。もちろんそこにツバキの名はない。
「なあ知ってるか? ツバキ様が授印の儀を禁止された理由」
護衛が決まった翌日、親睦を深めろというロウの命令でカイロという街を案内することになったツバキは、カオウとトキツと共に馴染みの食堂へ来ていた。
そこで昼食を待つ三人の耳に隣席の会話が入ってくる。
「母親の第二皇后様も姉の第二皇女様も体が弱くて病で亡くなられたから、心配した皇帝が禁止したんだろ?」
男は小魚のフライを口に入れた。骨までカラッと揚がっていて噛めば噛むほどうま味が出てくる。
「いや、実は魔力がなさすぎて下級魔物としか印を結べず、公表できないから禁止したってことにしたみたいだぜ」
「まさか。ツバキ様も体が弱くよく寝込んでるって聞いたことあるぞ」
「それも、城にいる上級魔物が怖くてよく気絶するかららしい」
甘辛いタレをからめた肉を頬張りながら話を続ける男たち。トキツは噂の張本人に目を向けるが、涼しい顔でお茶を飲んでいた。
「あんなこと言われてるけどいいのか? ……いや、いいんですか?」
「敬語はやめて。別にどうってことないわ」
「噂はデタラメなんだろう?」
「さあ? 儀式をしていないから自分の魔力がどれくらいかなんて知らない。魔物は怖くないけれど、もしかしたら小さい頃気絶したことがあるのかもね。とにかく、私も知らないのだからこのことで誰に何を言われても怒る理由がないのよ」
ようやく運ばれていた野菜たっぷりのスープを上品なしぐさで口に運ぶ。本当に気にしていないようだ。
カオウはというと、器ごと持ち上げてズズっと音を立てながら飲み始めた。心なしかイラついているようなのは、トキツがいるせいか男たちの会話なのかはわからない。
「正直、皇族に関する噂話はよほどの田舎でなければよく耳に入ってくるけどさ」
トキツはつまみの豆を一つ口に投げ入れて言った。
「第三皇女様はたいそう美しく、それはそれは大切に育てられ滅多に部屋から出られないと聞いた。魔物どころか動物にさえ触れたことがない、とも」
「ぶはっ」
それを聞いて、カオウがスープを吹き出した。ツバキが汚いなあとボヤくもハンカチで拭いてやる。
「ツバキが? 昔っから魔物と遊んでいたやつが?」
「そうよ、滅多にお城から出ないのよ」
ツバキもクスクス笑う。
「五歳のとき蠍の背に乗って空を飛んだだろ」
「彩豚に泥に色を付けてもらって泥んこ遊びしたりね」
「そんでその泥をきれい好きな熊鳥に投げつけて追いかけ回されたりな」
「魔物と隠れんぼしたり鬼ごっこしたり、楽しかったわね」
トキツの中で勝手に抱いていた皇女像が音を立てて崩れていく。
病弱ゆえに毎日ベッドから窓の外を物憂げな表情で眺めているのではないのか。そんなときに他愛もない話をして気を紛らわせて差し上げたい、きっと喜んでくださるだろう。その時の笑顔はまさに宝石のように輝かしいに違いない。などと、守ってあげたくなるような女性が好きな男にとって理想の女性と言われた皇女様が蠍の背? 泥遊び? しかも熊鳥だと? 巨大で暴力的な上級魔物じゃないか。いやまあ、外見は想像通り、いや想像以上に美しいけれども。……けれども!!
「どうしたの? トキツさん」
様子がおかしいトキツに気づき声をかけると、彼の隣に座っていたギジーが『キヒヒヒ』と笑い声を上げた。
『気にするなお嬢さん。理想と現実のギャップに頭がついていってないのさ』
「……よくわからないけれど、とても失礼なことを言われている気がするわ」
『ひゃひゃひゃ!!』
トキツを放置し他愛もない会話を続けていると、ふくよかな女性がツバキたちのテーブルに近づいてきた。
「いらっしゃいツバキ、カオウ。おや、そちらさんは初めてかい?」
「こんにちはチハヤさん。こちらはギジー、それでこのぼーっとしている男性はトキツさん。今日からこの街で暮らすそうよ。二人とも、この方は店長のチハヤさんよ」
『おいトキツ、いい年したおっさんがくよくよしてんなって。気持ち悪い』
「おっさんじゃない! ……ってああ、これは失礼」
ようやく我に返ったトキツはチハヤへ名乗り握手を交わす。
「ツバキさ……ちゃんから聞いてます。チハヤさんの食堂が一番おいしいって」
「まーうれしいねぇ。ようこそカイロへ。そうだ何かご馳走するよ。あ、アフラン」
チハヤは近くにいた店員に声をかけた。濃紺の髪が印象的な十五歳くらいの美少年。店内の若い女性客がチラチラ彼を見て声をかけるスキを狙っている。
「鶏肉の黒酢あえを大至急頼むよ」
「はい、かしこまりまシた」
少年はぎこちない口調で言うと調理場へ向かった。
時折かけられる女性からの声にもぎこちない笑顔を向け、それがさらに女心をくすぐる。
「あの子、最近入った子ですか? この国の人ではないような」
ツバキが問いかける。
「一年くらい前だよ。母親が外国の子でバルカタル語があまり話せなかったからずっと調理場で働いていたんだ。弟がいるんだけどね、その子はまだ接客は難しいだろうね」
バルカタル語は発音が難しく、間違えると正反対の意味になることもあるため、片言では接客できない。ちなみに読み書きはさらに難しく、同綴異義語が多いのはもちろん、受動態、能動態が同じ綴りのこともあり、その場合間違えないようにアクセント符号をつけるのだが、母国語がバルタカルの人でさえ忘れたりする。
「まさかまた拾ったのか?」
カオウがつぶやくと、チハヤが慌てて手を降った。
「や、やだねえ。人を猫みたいに。ちゃんと身元保証書は確認したよ」
「だけど?」
カオウが上目使いで話を促す。その目に弱いんだよとチハヤはため息をついた。
「だってさ聞いとくれよ。母親が亡くなって身寄りがなく、小さい頃に別れた父親を頼って子供二人で旅をしてきたそうだよ。父親に迷惑をかけたくないから住み込みで働きたいんだって懇願されたときにはわたしはもう涙が止まらなくてねぇ」
思い出したのか目の端に涙をためて語るチハヤ。
彼女はよく身寄りのない子や貧しい子を住み込みで働かせていた。
ただ彼らはれっきとしたバルカタル人で、アフランのような子は初めてだ。というのも、帝都には店舗内で働くにはバルカタル人であることという法律がある。
さらに国籍を得るには父親か母親のどちらかがバルカタル人でなければならず、外国出身者は絶対に働けない。
その代わり、店舗でなければいいので屋台などの出店は外国人が多い。
アフランは父親がバルカタル人のため国籍は得られたようだ。
だが、生粋のバルカタル人 (現在の帝都である旧バルカタル王国出身者)が九割を占めるカイロでは、外国人の定住はあまり受け入れられない。
例え国籍を示す身元保証書があったとしても見た目で雇うことを躊躇する人は多く、言葉が話せないとあってはなおさらだったろう。
おそらくかなりの数の店に断られ、チハヤに話すときはやや話を盛っていたのではないだろうか。
「相変わらず人がいいですね」
「外国出身ってだけで働けないなんて可愛そうじゃないか。せっかく今の皇帝が戦を終わらせてくださったってのに」
バルカタルはこれまで領土拡大のための戦が続いていた。
外にばかり気を取られ国内が衰退していく様を憂いていた現皇帝、つまりツバキの父親がそれに終止符を打った。
これまで望んでもいない領土拡大のために夫や息子を戦に取られ、農業もままならず飢餓に苦しんでいた国民にとって、現皇帝は英雄だ。
それから税制が見直され水や道路などの生活環境も整い、物質の供給も安定し国民の暮らしは劇的に変わった。
「次期皇帝のことはどう思います?」
次の皇帝はツバキの一番上の兄、ジェラルド=シュンに決まっている。
兄の評価はどうなのだろう。
なんとなくチハヤの目を直視できず、ツバキはニョッキのような食材をフォークで転がしながら問いかけた。
「第一皇子のシュン様ね! 今の皇帝の意志を継いでおられるから皆歓迎してるさ。街の治安をよくするために自警団を組織化したのも彼だって話だよ、民のことを考えてくださる心優しいお方に違いないよ。それになんたってとびきりの美形だもの。ああ、祝賀パレードが楽しみだねえ」
ツバキとカオウが視線を交わし、吹き出しそうになるのをぐっと堪える。
ガチャン!
皿が割れる音がすぐそばで響いた。
アフランが持ってきた皿を落としたのだ。黒酢が絡まった鶏肉が床に散乱している。
「も、申し訳ありまセん!」
「なにやってんだいアフラン。早く片付けておくれ。トキツさんすまないねえ、せっかくうちの新メニューを食べてもらおうと思ったのに。お詫びに今日のお代は結構だよ」
「いえ、そんな訳には……」
「さすがチハヤさん! じゃあおれはチョコアイス頼もうっと!」
「カオウったら調子に乗らない!」
「ははは、いいよツバキちゃん。他の二人にも出そうかね。じゃあごゆっくり」
チハヤはアフランの片付けに手を貸してやってから店の奥へ入っていった。
しばらくして出されたアイスを堪能し、店を出る。
その時にまたもや手を繋いで歩くツバキとカオウを見て、トキツは複雑な心境になった。
「なあ、二人はその……付き合ってるのか?」
キョトンとする二人。
「そんなんじゃないわ」
「だって恋人でもないのに手なんて繋がないだろ」
「小さい頃から一緒だもの。それに右手首に印があるから繋いだ方が楽なのよ。カオウの好きなときに魔力をあげられるから」
「印って……魔物でもあるまいし」
さらにギジーが加わってキョトンとする三人。
「昨日紹介したでしょ。カオウは私の授印よ」
「……は?」
「おっさんは耳も遠いのか。じじいだな」
『どうせショックで昨日の話を聞いていなかったんだろ、ボケ』
今度はトキツがキョトンとする。
「てことは、カオウは魔物?」
「だからそう言ってんだろおっさん」
「カオウをなんだと思っていたの?」
トキツはまたも思考が止まるのだった。
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