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その微笑みはズルい
しおりを挟む「カリンごめんなさい。いつもの薬塗ってもらえばすぐ治ると思ったの」
澄んだ碧眼がしおらしく見つめてくる。
このきめ細かな肌も、月光を浴びたような白銀色の艶髪も、私が毎日丁寧に手入れしている。
本当にうっとりするほどお美しい。
だから余計に、胸元に置かれた手が赤くかぶれているなんて許せない。
まあ、これ以上怒っても仕方ないか。
「薬持って参りますから、お待ち下さい」
「うん、ありがとう」
化粧棚へ行って、綺麗な小花の絵が描かれた白くて平べったい陶器を探す。
引き出しの奥にそれらしい器があった。
でも。
「ない」
器の中は空っぽ。
「そうだ。この前使っちゃったんだった」
ツバキ様はいろいろあって、契約した魔物と瞬間移動おいかけっこしてすり傷たくさん作ったから!
その後もいろいろあって、使い切ったことを忘れていた。
「私としたことが……」
はあああああ。情けなさすぎて今日最大のため息。
戻って報告すると、ツバキ様は優しく微笑んだ。
「大丈夫よ。見た目ほど痛くないから」
「そういうことではありません。バルカタル帝国の皇女たるもの、いついかなる時も国民の理想通りでなければ」
「その言葉はとっても胸に刺さるわ」
外見がって意味で言ったんだけど、内面と捉えたらしいツバキ様はダメージを受けた。
皇女のツバキ様は世間ではおしとやかな儚げ美人で通っている。病弱で過保護に育てられたとも。
しかし、儚く見えるのは猫被ってるだけだ。
おしとやかな人が、危険な森を走り回ったり、巨大な魔物を手懐けるわけがない。
とはいえ世間のイメージは完全に出来上がっているので、ぶっちゃけ今さらキャラ変できないらしい。
自業自得なので精神的ダメージは置いておくとして。
今の問題は手荒れだ。
「今から買ってきます」
「えっ。今から? もう日が暮れるから明日になさい」
「こういうのは早めに手当した方がいいんです」
ボソッと「皇女たるもの……」と繰り返したら、ツバキ様はプクッと頬を膨らませた。でもすぐに、何か思いついたのかパッと顔を輝かせる。
「そうだわ。トキツさん、一緒に行ってあげて」
「ええ!?」
「はい!?」
私とトキツさんが同時に不満の声を漏らした。
「だって今日は空花祭よ。女の子一人は危険だわ」
そうだった。打上花火が帝都の夜を彩る日。
確かに祭りの日はみんな浮足立っているし、酔っぱらいも増える。
だからって付き添いを頼むにしても、トキツさんは嫌だ。
彼も同じらしく、私をちらっと見て苦い顔を浮かべるけれど、皇女に反論なんてできないだろう。
「私は平気です。警官も見回りしているから、むしろ普段より安全ですよ」
「せっかくだもの、近くで花火を見てみたら?」
「トキツさんとですか!?」
「ええ。トキツさん、空花祭は初めてでしょう? 屋台も出ているし、カリンもたまにはのんびりしていらっしゃい」
「いえ、すぐに薬を塗らないと」
「数時間くらい変わらないわよ」
「しかしですね。皇女たる……」
「カリン」
凛とした声が響き、部屋の空気がピリッと引き締まる。
ツバキ様の可愛らしい笑みが、麗しく気品ある微笑みへ変わっていた。
私が毎日磨き上げている肌が輝いている。
ああ、なんて美しいんだろう。
ポーッと見惚れてしまい……。
「トキツさんと一緒に行きなさい」
「はい」
……皇女の微笑みに騙されたと気づいた時には、他の侍女に買い物用のカバンを持たされ、部屋から追い出されていた。
隣には、トキツさん。
「チョロッ」
と呟く彼の横顔に本気でムカついた。
かくして私はこの、美人に弱くて頼りなさそうなタレ目のトキツさんと買い物へ行くことになってしまった。
──この日の出来事が私の気持ちにちょっぴり変化をもたらすことになるなんて、このときは思いもしなかった。
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