金色の空は月を抱く 〜最強の魔物に溺愛されているので世界が破滅するかもしれません〜 第3章

永堀詩歩

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戻らない時間 2

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「情報料?」
「百万リランはどうだ?」
「百!? ぼったくりでしょ」
「皇女ならそれくらい払えるだろう」
「だからって吹っ掛けすぎよ。二十万」
「皇女のくせに値切る気か。案外ケチだな」
「皇女皇女うるさいわね。だいたい今は一リランも持ってないのよ。宿へ戻らないと」
「それなら体で払ってもらってもいいぜ」
「ばっ。ばかじゃないの!」

 顔を赤くしたツバキを見て、今度は豪快に笑った。

「どうせ次は攫う気でいるしな。今日はツケといてやる。ちょっと待ってろ」

 レオはズボンのポケットから小さな楕円形の鏡を取り出した。見たこともない道具をツバキは興味津々で覗き込む。

「何それ?」
「これは遠くにいる相手と話ができる魔道具」

 通常、遠くの相手へ連絡するには魔物(ツバキたちが飼っている綿伝の他に、鳥や蛙などがいる)を使う。もしくは、交鏡という魔力を込めた水を張った大掛かりな装置もあるが、高額なので一部の貴族しか持っていない。

「それもレオの商会で売っているの?」
「ああ。かなり魔力を使うから、長くは使えないがな」
「そうなんだ……」
 
 言外に落胆した感が出ていたのか、レオは少しムッとした。

「そのうち魔力なんかなくても話せる通信手段ができる」
「魔力がなくても? それはいくらなんでも難しいでしょう」

 ツバキが目をぱちくりさせると、今度はニカッといつもの笑みになった。

「極東の国では、遠隔地へ声を届ける道具が開発されたそうだ。俺もまだ見たことはないが、いつか必ず手に入れる」
「極東の国?」
「バルカタルで東の国として認識されている国々よりさらに東だ。そこでは魔力なんてものに左右されず、誰でも扱える道具で溢れているそうだ。誰でも等しく上を目指せ、なりたいものになれる」

 そう語るレオは無邪気な少年のように目をキラキラさせていた。そこには先ほどの冷酷な目をした商人はどこにもいない。憎しみも、諦めもない。
 また発見した新たな一面。

 レオはどんな過去を過ごし、今は何を思い、これから何を追って生きていくんだろう。
  
 ついそんな興味が芽生えた。

「知りたいなら、逃げるなよ」

 レオは赤い石を地面に置くと、ツバキの右耳を塞ぎ、左耳を自身の胸に押し付けた。
 くぐもった声は誰かと会話しているようだが、内容は聞き取れない。

 ツバキの耳に、ドクンドクンとレオの心音が届く。
 自分の鼓動もいつもより強く感じる。
 自分の鼓動の方が早くて悔しいと思ってしまうのはなぜなのか。
 カオウの顔を思い出して胸がチクリとした。

 鬱屈した気分で数分を過ごした後、急に耳が自由になり音が明瞭になった。
 レオはすかさず赤い石を服へ仕舞う。

「連れ去られた場所がわかった」
「どこ!?」

 必死になったツバキがレオの体を揺らす。

「ちょっと待て。その前に一つ教えてくれ」
「何?」
「ロナロがなぜ魔力がないか知っているか?」

 ギクリと身を強張らせる。魔力ではなく霊力があったからだが、それを知られるのは良くない。

「なぜそれが知りたいの?」
「どうなんだ」
「知らないわ。ロナロの存在自体、帝都では忘れられていたくらいなのよ」

 レオはツバキの嘘を信じたのか、そこまで興味がないのか、レオは「そうか」とつぶやいた。

「連れ去られた目的はこの赤い石を作るためだ」
「赤い石?」
「この赤い石は、魔力のない人の血でできている」
「…………血?」
 
 ツバキは驚愕で目を見開き、おぞましさで身震いした。

「勘違いするな。血と言っても少量で作れる。本来は魔力を封じ込める方法を探すために開発したらしいんだが、魔力のない人の血で作ると魔法を無効化できることがわかり、対魔法の武器として生産を始めた。それを知ったケデウムの副長官は、ロナロという特殊な民族に着目したんだ。ロナロは帝都とケデウムという魔力が高い国に挟まれながら村人全員に魔力がない。そんなロナロの血で作れば、さらに精度の良い物が出来るのではと考えて、赤い石の研究者の一人と共謀したらしい」
「……武器を作るために村人まで殺したと言うの……?」

 ツバキは硬く拳を握った。そんなことのために人の命を弄ぶなど許せない。

「どこにいるの?」
「その赤い石はケデウムの山にある城で研究しているそうだ。だがどうやら、ロナロの血では無効化ではなく変な効果のある石ができるらしい。皇帝の犬が調べているようだから、ここまでヒントをやればすぐわかるだろう」
「勿体ぶるのね」

 そこまで言ったなら最後まで教えてほしいとめつけると、レオはニカッと笑った。

「情報料をくれないからだ」
「ツケなんじゃないの?」
「そう言うなら払う気あるんだろうな」

 あるわけない、と喉まで出かかった言葉を飲み込む。今日は連れ去らないというなら次は捕まらないように気を付ければいい。
 しかしそんな考えはお見通しだったようだ。

 レオはツバキの顎を人差し指で上げた。獲物を狙う捕食者の獰猛な目に変わっている。

「少しだけ今貰う」
「は、離して!」

 体を捩り暴れだすが、今度のレオは本気らしくピクリとも動かなかった。

「や……やめて。お願い」

 懸命に首を反らして手から逃れて、左へ捻る。すると何かを見つけたレオがツバキの浴衣の襟を広げた。ひんやりした空気が右肩を撫でる。

「こんなとこに授印の証?」

 レオが見つけたのはカオウがつけた金色の印だった。通常なら手首に刻むはずのそれがこんな場所にある意味に気づかないはずはない。なにせ印の上には、赤い痕までついていた。

「やっぱりそういう関係だったのか、魔物と人なのに」
「違うわ。そんなんじゃない」
「キスマークまでつけておいて。なんだか腹が立つな」
「――痛っ」

 レオが右肩の印に噛み付いた。

「痛い! やめて!」

 歯の痕がつくまで噛み、レオはその上へ舌を這わせる。
 ゾワッと嫌悪感が湧いた。

「やっぱりこのまま連れ去りたくなってきたな」
「離して! 嫌!!」

 ツバキは体中に力を入れて瞬間移動できるよう念じたが、赤い石の効力で逃れられない。その間にもレオのキスは鎖骨へと降りてくる。
 不快感が体中を駆け巡った。

(助けてカオウ!!)

 カオウの姿を思い描いた刹那、パキッという音がし、体が一瞬浮く感覚が訪れる。
 ツバキはレオの腕から消え、すぐ目の前に倒れた。

「……お前」

 茫然としていたレオがはっとして赤い石を取り出す。三つあった石はすべて真っ二つに割れていた。この石を割ったことがあるのは、先代皇帝のみ。

「お前は何者なんだ。なぜそんな強大な魔力があるのに、州長官にすらなっていない」

 レオはツバキを再度捕まえようと手を伸ばす。
 しかし、その手はツバキに届く前に払いのけられた。 
 払いのけたのはツバキではなく。

「ツバキに触んなよ」

 不機嫌な顔のカオウだった。
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