金色の空は月を抱く 〜最強の魔物に溺愛されているので世界が破滅するかもしれません〜 第3章

永堀詩歩

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戻らない時間 1

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 ツバキはトキツが去っていく後ろ姿を見送る。

(心配させちゃってるなあ)

 思った以上にカオウの気持ちに触れて参っているらしい。思念で相手の感情に触れたのは初めてだった。そんなことができるとは聞いたこともなかったが、あれは自分の気持ちではないことは確かだ。

 次カオウと会ったとき、どんな顔をすればいいのだろう。いつも通りにしようにも、果たしてカオウは本当に酔っていたのだろうか。酔っていたなら、記憶はあるのか、ないのか。

 風呂の入口でしばらく立ったまま動けなかった。考えることはたくさんあり、温かい湯の中で気持ちを落ち着ければ何かいい考えが浮かぶかと思っていたのに、なぜか中に入れない。
 罪悪感に苛まれて、落ち着くことは許せないと自分に科しているのか。

(そんなことをしてもどうにもならないのに)

 何をしているんだろうと自嘲して入口へ手をかけようとしたとき、視界の隅にある色が飛び込んできた。

 鮮やかな赤。

(あれは……)

 咄嗟に足が動いた。考えなどなかった。
 ただ足が勝手にその色に吸い寄せられた。
 人混みの中でも目立つ色。

 ほろ酔いの観光客の波をかきわけて追う。
 段々と人が少なくなり、閑散とした路地裏へ続く曲がり角を曲がった。

 何もない。誰もいない。
 見失った。
 そう落胆したとき。

 後ろから口を塞がれて、さらに細い道へ連れ込まれた。

「んー!!」
「静かにしろって」

 じたばたもがき、声を聞いてピタリと止まる。
 ツバキが大人しくなると手が離れた。
 見上げると、したり顔のレオがいた。

「どうしてここに」
「それはこっちのセリフだ。どこにでもいるな、お前。本当に皇女か信じられなくなってきた」

 ははは、と大きな口を開けて笑う。
 レオは浴衣姿ではなく深緑の上衣とゆったりとした黒い長ズボン、灰色の外套を着ていた。

 口は自由になったが体は拘束されたままだ。後ろから左腕一本で抱き寄せられている。左腕を引きはがそうとしたが叶わず、反対に右腕も追加されてしまった。

「離して」
「そっちから会いにきたくせに」
「そんなわけないでしょう」
「息切らして。そんなに俺に会いたかった?」
「自意識過剰よ」

 この通りには他に誰もいなかった。
 提灯のような明かりが温泉街を彩るように魔法で上空を漂う他、明かりもない。
 街の喧噪は遠い。

「あなたは軍が追っているはずでしょう。こんなところでのんびりしていていいの?」
「ツバキもそんなに落ち着いていていいのか? 攫うって言ったのは嘘じゃない。このまま連れ去ってやろうか」

 幼い子供を抱っこするように簡単に持ち上げられた。腕に座り、レオを見下ろす格好。
 さすがにまずいと焦り瞬間移動しようとしたが、まったく何も起こらなかった。

「!?」

 何度試しても移動できず、塀の上に寝転んでいた猫の魔物を呼んでも反応がない。
 その焦燥に気づいたレオが鼻で笑う。

「無駄だ。俺がロナロに協力していたと知っているだろう。パレードで使われた赤い石を見たことはあるか?」

 レオがピラミッド型の赤い石を三つ外套から取り出した。
 これは魔力を吸い取ることができる道具だ。ギジーの透視能力が使えなかったことをツバキも覚えている。

「これがあれば俺に触れているお前も魔法は使えない」

 レオが獲物を追い込んだような得意げな笑みを浮かべた。
 ツバキの顔からサーッと血の気が引き、不安定な態勢にも関わらず再び暴れ出し、よろけて頭から落ちそうになる。

「ちょっ。あっぶねえだろ」
「離して!」
「おい! 落ち着けって!」

 背中を支えられながらストンと地面に下ろされ、がむしゃらに暴れる体をきつく抱き締められて動けなくなる。

 レオから苦笑が漏れた。

「ったく。猫みたいだな」 
「離して。捕まるわけには……」
「連れ去りたいのは山々だが、今は間が悪い」

 ツバキは抵抗をやめてレオを見上げた。

「まだ何か企んでいるの?」
「俺は依頼された仕事を片付けてるだけだ」

 依頼された仕事……とオウム返しして、レオの外套の襟をグイッと引っ張った。
 ツバキが大人しくなったと油断していたレオは面食らう。

「ロナロの村を襲ったのはレオなの? リタたちを連れ去ったのはどうして? どこに隠しているの?」
「なんだそれは?」
「とぼけないで! ロナロの人たちが連れ去られたのはわかっているの!」
「どういうことだ?」

 レオは怪訝な顔で首を捻った。隠しているようには見えない。
 ツバキは襟をつかむ力を緩めた。
 
「知らないの? 本当に?」
「ああ。あの村長とはパレードが終わった時点で契約は切れてる。報酬はもらっているから、村を襲うなんてことはしない。無論、誰かを連れ去るなんてこともする必要がない」
「契約ってどんな契約? ケデウムの副長官が裏で手を引いていたって本当?」

 食い入るように見つめると、レオの顔が冷酷なものに変わる。見たことのない表情だった。これが仕事をするときのレオの顔で、彼は本当に人を殺すことも厭わないような仕事をしているのだと痛感し、ゾクリと冷たい汗が流れる。

「本当に知りたいのか。皇女が聞くような話じゃないぞ」
「知らなきゃいけないのよ」

 ここで怯んではいけないと、ツバキも己を奮い立たせて睨み返す。
 レオの目が、また面白いものを見たとでも言うように細められた。どこまで話していいものかとツバキの表情を探る。

「副長官のことはどこまで知っている?」
「ロナロとレオの仲介者で、村長たちにパレードで皇帝を狙わせて、自分はケデウムの州長官であるフレデリック兄様を殺そうとしてたと聞いたわ」
「そこまで知ってるのか。お前は政には関わっていないと聞いていたが」
「そんなことどうでもいい。早く教えて」

 ツバキが凄むと、レオはふっと口角を上げる。

「生意気だなあ。まあいい。お前の言う通りだ。副長官からロナロの復讐に協力するよう依頼を受けた」
「レオの商会は殺しも請け負っていると聞いたけど、協力だけなの? 一年間も?」
「あのな、俺は武器や情報を売ってるだけだ。副長官は州長官が邪魔で、ロナロの奴等はバルカタルに復讐したかった。ついでに俺はこの赤い石がどこまで通用するか試したかった。利害が一致したからあそこまで協力してやったんだ」
「人の命も商品みたいに言うのね」

 彼は人を殺すための道具を躊躇なく売り付ける人間だ。パレードでは父や兄たちの命を狙っただけでなく、なんの罪もないルファも巻き添えになるところだった。
 
 侮蔑の目を向けると、レオは冷めた目で見返した。

「皇族がそれを言うのか。お前たちは、自分の力を誇示するために人を殺して国を奪う人種だ」

 そう告げるレオはツバキを通して誰かを見ているようだった。何かを憎んだ過去を冷静に受け止めたような、冷たく、諦めにも似た眼差し。

「……レオも……バルカタルを恨んでいるの?」

 声に出して、ズンと心が重くなる。
 ツバキは自分の生まれ育った国が好きだ。だが今は平穏なこの国が、ほんの少し前まで侵略を繰返してきたことも知っている。自分の祖先がそれを命じてきた立場であることも。ロナロのように、今も憎しみに囚われている人がいるということも。

 彼もこの国に翻弄された人なのかと複雑な気持ちを抱いていると、頬にレオの長い指がそっと触れた。
 レオが強張っていた表情を和らげる。

「……この国は恨んじゃいない」

 空を漂う丸い提灯の辺りが二人をほのかに照らす。
 薄暗がりの中にふいに差した明かり、二人しかいない空間、布地ごしに伝わる体温。
 胸の奥がギュッと痛む。
 ツバキを見つめるレオの瞳がわずかに揺れたのを見て、咄嗟に俯いた。

「パレードの後、ロナロに何があったか聞いていないの?」
 
 レオはツバキの頬から指を離し、しばし記憶を辿る。

「軍が村を封鎖したことは知っているが。村は襲われたのか」
「そう。何人か連れ去られて、残りは殺された。本当にレオがやったんじゃないのね?」
「ああ。だが、心当たりならある」
「何か知ってるなら教えて」

 ツバキは顔を上げてレオの服を掴みながらつま先立ちになった。自然と顔が近くなり、レオが目を瞬かせる。そして何か思いついたように不敵に笑った。

「これ以上は情報料をもらわないとな」
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