金色の空は月を抱く 〜最強の魔物に溺愛されているので世界が破滅するかもしれません〜 第3章

永堀詩歩

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二つの罪悪感

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 トキツがカオウといつの間にか眠っていたギジーをベッドへ運び終えて戻ったとき、ツバキはぼんやり考え事をしながらフルーツゼリーを食べていた。
 横顔は寂しそうで、つらそうだ。

「何か悩み事?」

 声をかけると、ううん、と頭を振って控えめに微笑む。
 トキツはポリポリと気まずそうに首をかいてから、正面に座りお茶をすすった。

「ねえトキツさん。教えてほしいことがあるのだけれど」
「カオウに聞かれたくないこと?」

 からかい口調で言うと、ツバキは一瞬苦笑して、すぐ真顔に戻る。

「レオって本当にロナロの協力者なのかな、と思って」

 想定外の言葉に面食らい、トキツは自然と険しい表情になった。

「本人がそう言ったんだろう」
「ロナロから依頼されたってことよね。だけど、隔離されていたロナロ村に銃を買うお金があると思えないの。本当の依頼主がいるんじゃないかしら。その人がレオを雇って、ロナロの復讐心を利用して皇帝を狙った。そして村長たちが村からいなくなった隙を狙って、何らかの理由でリタたちを捕らえた。そう思ったの。ねえ、トキツさん。本当はもう誰かわかっているんじゃないの? 知っているなら教えてほしいの」

 トキツの険しい表情が深くなる。彼はまだツバキがリタ救出の件に関わることを良く思っていなかった。早く皇帝と連絡を取り手を引かせたいのに、ずかずかと踏み込んで来られてはたまらない。

「トキツさん、諦めて」

 心を読んだのかと思うタイミングで言われ、ぎくりとした。

「リタのことは、私がやらなくちゃいけないの。……いけなくなったの」

 切羽詰まったような物言いに怪訝な顔を向けた。

「どういうこと?」
「カオウには黙っていて欲しいのだけど。もしリタの救出に失敗したら、私は水の精霊に殺されるかもしれない」
「……は?」

 目を見開くトキツ。
 水の精霊と別れる直前に言われたこと、心臓が握りつぶされたように痛んだことを聞き、嫌な汗が頬を伝った。

「霊力を私に授けたのは精霊を見られるようにするだけじゃない。私の中にある霊力は必要なら私を殺せる。きっとこの件を人任せにしても、水の精霊は気に入らないと思う。だからトキツさん。知ってることがあるなら、隠さず教えてほしい」

 ツバキは嘘を言っていないのだろう。もやもやしたものが胸のうちに渦巻くのを感じつつ、観念して口を開く。

「……陛下はケデウムの副長官と考えている」

 ケデウムの副長官の家はバルカタルがケデウムを征服した当時から続く家柄で、ケデウムの歴史にも詳しい。ケデウムの領地だったロナロについて知っていてもおかしくなかった。

「まだ確証はない。だが、パレードのことを考えると、一つ合点がいくことがある」
「パレード?」
「村長が先代皇帝を狙う前、ある人物も狙われていたんだよ。そのときはただのオトリだと思っていたけど」
「誰を? ……ってまさか、フレデリック兄様?」
「そう、今の州長官。あのパレードではロナロ人の復讐と見せかけて州長官を抹殺するのが、副長官の本当の目的だったんじゃないか。他にも彼が怪しい動きをしていたのは確かで、陛下はそれをずっと探っていた。そしてつい先日、そいつが大量の武器を購入していたことがわかった」
 
 ロウに尋問された武器商人を通じてレオの商会から武器を購入していたのは副長官だった。一部の軍人や役人と結託しケデウム州の乗っ取りを企てたとされている。

「前州長官を殺したのも彼だとみてる」
「え? 叔父様は病死でしょう?」
「毒殺されたという噂は前からあった。証拠がなくて病死と処理されていたんだが、やっと再調査が始まった」
「その言い方、最初から彼が犯人だと決めつけていたみたいね」
「噂ではそう言われていたからな。ケデウムの軍や警察には副長官の息がかかった人物が多かったし」

 武器商人の証言を始め、ロウたちの調査でケデウム内の膿を出すことができた。今は州長官であるツバキの異母兄のフレデリックが中心となって引き続き対処している。ウイディラとの戦にも備えなければならないのでかなり多忙だろう。トキツが仲良くなった噂好きの近衛兵から聞いたところによると、大好きな舞踏会も古典音楽の演奏会へも出席せず、人が変わったように仕事をしているという。
 
「ただ残念ながら、副長官の行方がわからない」

 彼の家はもちろん別荘も捜索したがおらず、指名手配中だ。
 そう答えると、ツバキが顎に手を当てた。

「副長官を捕まえられれば、リタたちの居場所もわかるかしら」
「リタたちを拉致したのが副長官と決まったわけじゃないだろ。レオかもしれない」

 レオの名を出すと、ツバキは無言になって目を伏せた。

「レオのことも州長官が追ってるはずだから、現状どうなっているかツバキちゃんから聞けない?」
「フレデリック兄様が私の話に耳を貸すと思えないわ。ジェラルド兄様も、カルバル国へ行ってるから会えないし」
「ならロウに相談してみるか。リタのことも、ケデウムにいたから何か情報があるかもしれない」
「そうね。……仕方ないわね」

 ツバキは深くため息をつく。ロウに現状を話したくないという顔をしていた。しばし考え込んでから、少し一人になりたいと立ち上がる。
 
「もう一度温泉へ入ってくる」
「入り口まで送る」
「大丈夫よ、近いもの」
「ダメだ。レオに狙われているだろう」
「こんなとこにいるわけないわ。……むしろいた方が助かるかも。いたら色々聞けるから」
「ツバキちゃん」

 トキツが軽く嗜めるとツバキは肩をすくめ、「冗談よ」と誤魔化すように微笑んだ。



 宿の大浴場は別棟にあるため、一度外へ出て渡り廊下を歩かなければならなかった。
 ツバキの二歩後ろについていたトキツは、周囲に注意を払いながら、ツバキの華奢な背中を心配そうに見守る。
 元々行動力のある子だが、最近特に危なっかしい。
 身の危険をわかっていながら祠の中へ入ったり、霊力という得体のしれない物体を飲み込んだり、普通なら出来ないことを平気で受け入れている。

「トキツさん、終わったらこの子で呼ぶから」

 風呂の入口に到着して立ち止まると、ツバキが綿の魔物が隠れている髪を撫でた。

「ああ。ゆっくりしておいで」
「うん。ありがとう」

 せっかくの自由な時間だというのに、ツバキの表情は暗い。酔ったカオウと話してからこの表情だから、二人で思念で話したときに何かあったのだろうとトキツは察していた。
 思わず頭にぽんと手を置く。

「……あんまり思い詰めちゃだめだよ」

 さすがに不敬かと直後に思ったが、ツバキは気にすることなく微笑む。
 心配させてしまって申し訳ないと謝っているような、優しくしないでほしいと困っているような笑顔。

 そんな顔をさせてしまった罪悪感からか、トキツはそのまま踵を返した。ツバキがちゃんと扉の向こうへ入ったことを確認する前に。

 それをトキツは、後悔することになる。
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