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祠
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イーヴィル湖は広い。精霊に会いに行くとしても、湖のどの辺りへ行けばいいのか悩む。さらに誰にも見られない場所となると、観光船もでているような湖では探すのが難しいかもしれない。
そんなアフランの心配は杞憂だった。
「精霊信仰の信者のおばあさんが言うには、ウォールス山側に水の精霊の祠があるらしいの。モルビシィア(貴族の街)だから、人は少ないみたい」
手伝いを終えた皇女が、にこにこと嬉しそうにそう報告する。試食を提供しながら、集まってきた人たちに湖について聞いていたのだ。
感心したアフランは手をポンとたたく。
「情報を集めるためにあんなことしたんですね。そうですよね、皇女様が働くなんておかしいなって思ったんです」
「あー……うん、そうそう」
皇女はぎこちなく答えながらなぜか視線を遠くへやり、トキツがそんな皇女を半眼で見ている。何か変なこと言ったかなとアフランは首をかしげた。
というわけで、その祠があるとされる場所の近くまで瞬間移動した。アフランはカオウの力を知っていたが、胃が浮く感覚が苦手のようで、胃のあたりを押さえている。
きょろきょろと辺りを見回すツバキ。
ここはウォールス山の西側の麓だった。昨夜降った雨で足場が悪く草木のこもった臭いがまとわりつく。
「この辺だと思うけど。トキツさんかギジーは何か見える?」
「どんな祠?」
「大きな穴の空いた石らしいけど」
しかしトキツとギジーが協力して能力で探しても、それらしきものは見当たらなかった。かろうじて残っている細い山道を下っていく。歩を進めるたびにぬるっとした土がぬちゃぬちゃと音を立てて気持ち悪かった。
先頭を歩いていたカオウが突然立ち止まる。足元ばかり見ていたツバキは彼の背に顔をぶつけた。
「どうしたのカオウ?」
「この辺になんかいる」
「何?」
「見えないけど、やべー奴」
緊張をはらんだカオウの声に不安になり、腕につかまる。
全員が立ち止まると、しんとした静寂が不気味さを助長させた。
どうするのかとカオウの袖を引っ張ろうとしたとき、後ろにいたアフランが横を通った。
彼はだらんと力なく両腕を垂らし、歩いているというより、何かに引っ張られるようにガクンガクンと足が動いている。
「……アフラン?」
腕を引いて彼の顔を覗く。
ゾクッと身の毛がよだった。
アフランの目がなかった。眼窩には澄んだ水が溜まっており、揺れて零れた水が涙のように何本も筋をつくっている。
アフランはツバキの手を振りほどき、道を外れて茂みの中を歩いていった。
「ア……」
「待って」
呼び止めようとしたツバキをカオウが遮る。
「このままついていこう」
アフランはなおも引っ張られるように歩いていく。ぬかるみに足首まで浸かっても、彼の背ほど高い草が顔にあたっても構うことなく進む。
ツバキは迷子にならないようカオウの服を掴んだ。自分より高い草のせいで先が見えず、何が待っているかわからない恐怖が背中に絡みつく。
しばらくして草むらから抜け出すと、アフランがこちらを向いて立っていた。その後ろには大きな穴の空いた石。
「あれが祠?」
祠の周りには四本の青い柱が建ち、祠の上で四角形を作るように麻縄が張られている。
アフランはその麻縄の中にいた。
目はまだ戻っていない。ただ、目から滝のように流れる水がゼリー状になって足元へボタボタと落ちていく。まぶたも少しずつ下がり、完全に閉じたときには水の固まりはアフランの膝が隠れるほどの高さになっていた。
最後の一滴がそれに吸い寄せられる。
「え?うわっ……なんだこれ!?」
正気に戻り驚いて後退るアフランを水の固まりが捕らえた。
固まりは長細くなり、髪の長い女性のような形に変化する。右腕でアフランを抱いたまま、左手に変わった部分でおいで……おいで……と手招きし始めた。
「つ……ついてこいってこと?」
震える声で呟くと、顔の口にあたる部分がニタアと嗤うようにさける。そして手招きしていた左手で祠に触れた瞬間、アフランごと石の穴の中へ吸い込まれていった。
茫然と立ち尽くすツバキたち。
ツバキは恐怖で足がすくんでいた。
すぐ後ろにいたアフランの体が何の前触れもなく不気味な水に乗っ取られ、祠へと吸い込まれたのだ。精霊の力の強さを見せつけられた気分だった。
カオウの服を掴む手も震えている。
こんなことができる精霊に助けが必要なのだろうか。トキツが懸念した通り、何かのワナなのかもしれない。来たことを後悔し始めていた。
だがアフランが連れ去られた以上、助け出さなければならない。
「私、行ってくる」
「んじゃあ俺も」
『ええ!おいらはちょっと……』
トキツの肩に乗っていたギジーが血相を変える。
「トキツさんとギジーはここで待ってて」
「俺も行くよ。ギジーは待ってろ」
『まじかよっ。一人は嫌だ』
肩に乗ったまま体を思いっきり前後に揺らす。トキツの頭もぐわんぐわん揺れた。
「思念が届くかわからないから、夜になっても帰ってこなかったらエレノイア姉様へ連絡してくれる?」
『え、縁起でもないこと言うなよぅ』
情けない顔をするギジーを置いて、三人は祠の前に立つ。
見た目は何の変哲もない石で気配も何も感じないが、それが余計に不安を掻き立てる。
心臓が恐怖で大きく鼓動していた。
「ツバキ」
震えながら祠へ伸ばした手にカオウの手が重なる。
反対の手で抱き締められ、背中に体温を感じた。
「絶対離さないから」
頭上から降ってきた声が体の中に浸透して勇気に変わる。
大きく息を吐いて、吸った。
「行こう」
祠の天辺に触れる。
ぐらりと上下逆さまになる感覚。周りの景色が反時計回りにぐるぐる回り、ギジーの白い毛が瞼の裏に焼き付いた記憶を最後に、意識が遠のいた。
そんなアフランの心配は杞憂だった。
「精霊信仰の信者のおばあさんが言うには、ウォールス山側に水の精霊の祠があるらしいの。モルビシィア(貴族の街)だから、人は少ないみたい」
手伝いを終えた皇女が、にこにこと嬉しそうにそう報告する。試食を提供しながら、集まってきた人たちに湖について聞いていたのだ。
感心したアフランは手をポンとたたく。
「情報を集めるためにあんなことしたんですね。そうですよね、皇女様が働くなんておかしいなって思ったんです」
「あー……うん、そうそう」
皇女はぎこちなく答えながらなぜか視線を遠くへやり、トキツがそんな皇女を半眼で見ている。何か変なこと言ったかなとアフランは首をかしげた。
というわけで、その祠があるとされる場所の近くまで瞬間移動した。アフランはカオウの力を知っていたが、胃が浮く感覚が苦手のようで、胃のあたりを押さえている。
きょろきょろと辺りを見回すツバキ。
ここはウォールス山の西側の麓だった。昨夜降った雨で足場が悪く草木のこもった臭いがまとわりつく。
「この辺だと思うけど。トキツさんかギジーは何か見える?」
「どんな祠?」
「大きな穴の空いた石らしいけど」
しかしトキツとギジーが協力して能力で探しても、それらしきものは見当たらなかった。かろうじて残っている細い山道を下っていく。歩を進めるたびにぬるっとした土がぬちゃぬちゃと音を立てて気持ち悪かった。
先頭を歩いていたカオウが突然立ち止まる。足元ばかり見ていたツバキは彼の背に顔をぶつけた。
「どうしたのカオウ?」
「この辺になんかいる」
「何?」
「見えないけど、やべー奴」
緊張をはらんだカオウの声に不安になり、腕につかまる。
全員が立ち止まると、しんとした静寂が不気味さを助長させた。
どうするのかとカオウの袖を引っ張ろうとしたとき、後ろにいたアフランが横を通った。
彼はだらんと力なく両腕を垂らし、歩いているというより、何かに引っ張られるようにガクンガクンと足が動いている。
「……アフラン?」
腕を引いて彼の顔を覗く。
ゾクッと身の毛がよだった。
アフランの目がなかった。眼窩には澄んだ水が溜まっており、揺れて零れた水が涙のように何本も筋をつくっている。
アフランはツバキの手を振りほどき、道を外れて茂みの中を歩いていった。
「ア……」
「待って」
呼び止めようとしたツバキをカオウが遮る。
「このままついていこう」
アフランはなおも引っ張られるように歩いていく。ぬかるみに足首まで浸かっても、彼の背ほど高い草が顔にあたっても構うことなく進む。
ツバキは迷子にならないようカオウの服を掴んだ。自分より高い草のせいで先が見えず、何が待っているかわからない恐怖が背中に絡みつく。
しばらくして草むらから抜け出すと、アフランがこちらを向いて立っていた。その後ろには大きな穴の空いた石。
「あれが祠?」
祠の周りには四本の青い柱が建ち、祠の上で四角形を作るように麻縄が張られている。
アフランはその麻縄の中にいた。
目はまだ戻っていない。ただ、目から滝のように流れる水がゼリー状になって足元へボタボタと落ちていく。まぶたも少しずつ下がり、完全に閉じたときには水の固まりはアフランの膝が隠れるほどの高さになっていた。
最後の一滴がそれに吸い寄せられる。
「え?うわっ……なんだこれ!?」
正気に戻り驚いて後退るアフランを水の固まりが捕らえた。
固まりは長細くなり、髪の長い女性のような形に変化する。右腕でアフランを抱いたまま、左手に変わった部分でおいで……おいで……と手招きし始めた。
「つ……ついてこいってこと?」
震える声で呟くと、顔の口にあたる部分がニタアと嗤うようにさける。そして手招きしていた左手で祠に触れた瞬間、アフランごと石の穴の中へ吸い込まれていった。
茫然と立ち尽くすツバキたち。
ツバキは恐怖で足がすくんでいた。
すぐ後ろにいたアフランの体が何の前触れもなく不気味な水に乗っ取られ、祠へと吸い込まれたのだ。精霊の力の強さを見せつけられた気分だった。
カオウの服を掴む手も震えている。
こんなことができる精霊に助けが必要なのだろうか。トキツが懸念した通り、何かのワナなのかもしれない。来たことを後悔し始めていた。
だがアフランが連れ去られた以上、助け出さなければならない。
「私、行ってくる」
「んじゃあ俺も」
『ええ!おいらはちょっと……』
トキツの肩に乗っていたギジーが血相を変える。
「トキツさんとギジーはここで待ってて」
「俺も行くよ。ギジーは待ってろ」
『まじかよっ。一人は嫌だ』
肩に乗ったまま体を思いっきり前後に揺らす。トキツの頭もぐわんぐわん揺れた。
「思念が届くかわからないから、夜になっても帰ってこなかったらエレノイア姉様へ連絡してくれる?」
『え、縁起でもないこと言うなよぅ』
情けない顔をするギジーを置いて、三人は祠の前に立つ。
見た目は何の変哲もない石で気配も何も感じないが、それが余計に不安を掻き立てる。
心臓が恐怖で大きく鼓動していた。
「ツバキ」
震えながら祠へ伸ばした手にカオウの手が重なる。
反対の手で抱き締められ、背中に体温を感じた。
「絶対離さないから」
頭上から降ってきた声が体の中に浸透して勇気に変わる。
大きく息を吐いて、吸った。
「行こう」
祠の天辺に触れる。
ぐらりと上下逆さまになる感覚。周りの景色が反時計回りにぐるぐる回り、ギジーの白い毛が瞼の裏に焼き付いた記憶を最後に、意識が遠のいた。
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