金色の空は月を抱く 〜最強の魔物に溺愛されているので世界が破滅するかもしれません〜 第3章

永堀詩歩

文字の大きさ
上 下
14 / 41

しおりを挟む
 イーヴィル湖は広い。精霊に会いに行くとしても、湖のどの辺りへ行けばいいのか悩む。さらに誰にも見られない場所となると、観光船もでているような湖では探すのが難しいかもしれない。
 そんなアフランの心配は杞憂だった。

「精霊信仰の信者のおばあさんが言うには、ウォールス山側に水の精霊の祠があるらしいの。モルビシィア(貴族の街)だから、人は少ないみたい」

 手伝いを終えた皇女が、にこにこと嬉しそうにそう報告する。試食を提供しながら、集まってきた人たちに湖について聞いていたのだ。

 感心したアフランは手をポンとたたく。

「情報を集めるためにあんなことしたんですね。そうですよね、皇女様が働くなんておかしいなって思ったんです」
「あー……うん、そうそう」

 皇女はぎこちなく答えながらなぜか視線を遠くへやり、トキツがそんな皇女を半眼で見ている。何か変なこと言ったかなとアフランは首をかしげた。


 というわけで、その祠があるとされる場所の近くまで瞬間移動した。アフランはカオウの力を知っていたが、胃が浮く感覚が苦手のようで、胃のあたりを押さえている。

 きょろきょろと辺りを見回すツバキ。
 ここはウォールス山の西側の麓だった。昨夜降った雨で足場が悪く草木のこもった臭いがまとわりつく。

「この辺だと思うけど。トキツさんかギジーは何か見える?」
「どんな祠?」
「大きな穴の空いた石らしいけど」

 しかしトキツとギジーが協力して能力で探しても、それらしきものは見当たらなかった。かろうじて残っている細い山道を下っていく。歩を進めるたびにぬるっとした土がぬちゃぬちゃと音を立てて気持ち悪かった。

 先頭を歩いていたカオウが突然立ち止まる。足元ばかり見ていたツバキは彼の背に顔をぶつけた。

「どうしたのカオウ?」
「この辺になんかいる」
「何?」
「見えないけど、やべー奴」

 緊張をはらんだカオウの声に不安になり、腕につかまる。
 全員が立ち止まると、しんとした静寂が不気味さを助長させた。
 
 どうするのかとカオウの袖を引っ張ろうとしたとき、後ろにいたアフランが横を通った。
 彼はだらんと力なく両腕を垂らし、歩いているというより、何かに引っ張られるようにガクンガクンと足が動いている。

「……アフラン?」

 腕を引いて彼の顔を覗く。
 ゾクッと身の毛がよだった。
 アフランの目がなかった。眼窩には澄んだ水が溜まっており、揺れて零れた水が涙のように何本も筋をつくっている。

 アフランはツバキの手を振りほどき、道を外れて茂みの中を歩いていった。

「ア……」
「待って」

 呼び止めようとしたツバキをカオウが遮る。

「このままついていこう」

 アフランはなおも引っ張られるように歩いていく。ぬかるみに足首まで浸かっても、彼の背ほど高い草が顔にあたっても構うことなく進む。
 
 ツバキは迷子にならないようカオウの服を掴んだ。自分より高い草のせいで先が見えず、何が待っているかわからない恐怖が背中に絡みつく。

 しばらくして草むらから抜け出すと、アフランがこちらを向いて立っていた。その後ろには大きな穴の空いた石。

「あれが祠?」

 祠の周りには四本の青い柱が建ち、祠の上で四角形を作るように麻縄が張られている。
 アフランはその麻縄の中にいた。
 目はまだ戻っていない。ただ、目から滝のように流れる水がゼリー状になって足元へボタボタと落ちていく。まぶたも少しずつ下がり、完全に閉じたときには水の固まりはアフランの膝が隠れるほどの高さになっていた。

 最後の一滴がそれに吸い寄せられる。

「え?うわっ……なんだこれ!?」

 正気に戻り驚いて後退るアフランを水の固まりが捕らえた。
 固まりは長細くなり、髪の長い女性のような形に変化する。右腕でアフランを抱いたまま、左手に変わった部分でおいで……おいで……と手招きし始めた。

「つ……ついてこいってこと?」

 震える声で呟くと、顔の口にあたる部分がニタアと嗤うようにさける。そして手招きしていた左手で祠に触れた瞬間、アフランごと石の穴の中へ吸い込まれていった。

 茫然と立ち尽くすツバキたち。
 
 ツバキは恐怖で足がすくんでいた。
 すぐ後ろにいたアフランの体が何の前触れもなく不気味な水に乗っ取られ、祠へと吸い込まれたのだ。精霊の力の強さを見せつけられた気分だった。
 
 カオウの服を掴む手も震えている。
 こんなことができる精霊に助けが必要なのだろうか。トキツが懸念した通り、何かのワナなのかもしれない。来たことを後悔し始めていた。
 だがアフランが連れ去られた以上、助け出さなければならない。

「私、行ってくる」
「んじゃあ俺も」
『ええ!おいらはちょっと……』

 トキツの肩に乗っていたギジーが血相を変える。

「トキツさんとギジーはここで待ってて」
「俺も行くよ。ギジーは待ってろ」
『まじかよっ。一人は嫌だ』

 肩に乗ったまま体を思いっきり前後に揺らす。トキツの頭もぐわんぐわん揺れた。

「思念が届くかわからないから、夜になっても帰ってこなかったらエレノイア姉様へ連絡してくれる?」
『え、縁起でもないこと言うなよぅ』

 情けない顔をするギジーを置いて、三人は祠の前に立つ。
 見た目は何の変哲もない石で気配も何も感じないが、それが余計に不安を掻き立てる。
 心臓が恐怖で大きく鼓動していた。

「ツバキ」

 震えながら祠へ伸ばした手にカオウの手が重なる。
 反対の手で抱き締められ、背中に体温を感じた。

「絶対離さないから」

 頭上から降ってきた声が体の中に浸透して勇気に変わる。
 大きく息を吐いて、吸った。

「行こう」
 
 祠の天辺に触れる。
 ぐらりと上下逆さまになる感覚。周りの景色が反時計回りにぐるぐる回り、ギジーの白い毛が瞼の裏に焼き付いた記憶を最後に、意識が遠のいた。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

転生王子はダラけたい

朝比奈 和
ファンタジー
 大学生の俺、一ノ瀬陽翔(いちのせ はると)が転生したのは、小さな王国グレスハートの末っ子王子、フィル・グレスハートだった。  束縛だらけだった前世、今世では好きなペットをモフモフしながら、ダラけて自由に生きるんだ!  と思ったのだが……召喚獣に精霊に鉱石に魔獣に、この世界のことを知れば知るほどトラブル発生で悪目立ち!  ぐーたら生活したいのに、全然出来ないんだけどっ!  ダラけたいのにダラけられない、フィルの物語は始まったばかり! ※2016年11月。第1巻  2017年 4月。第2巻  2017年 9月。第3巻  2017年12月。第4巻  2018年 3月。第5巻  2018年 8月。第6巻  2018年12月。第7巻  2019年 5月。第8巻  2019年10月。第9巻  2020年 6月。第10巻  2020年12月。第11巻 出版しました。  PNもエリン改め、朝比奈 和(あさひな なごむ)となります。  投稿継続中です。よろしくお願いします!

処理中です...