金色の空は月を抱く 〜最強の魔物に溺愛されているので世界が破滅するかもしれません〜 第3章

永堀詩歩

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隠し事

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 太陽の光を受けたステンドグラスの天井が優しい色を十階下の床まで落としている。
 筒状の建物の壁には大小様々な本が並び、紙のにおいと人が作る静寂が独特の空気を生み出していた。

 ここ、バルカタル帝国の城の図書室は皇族だけでなく城内で働く者なら誰でも利用できる。一階にはカフェスペースもあり、ちょっとした出会いの場として人気の場所だ。

「カオウはどこへ行きたい? 私はセイフォンかなー。大聖堂、結局見られなかったのよね」

 再来週から一か月間公務の休みをもらえたツバキたちは、最上階にある皇族専用の閲覧室でどこへいくか話し合っていた。現在城にいる皇族はツバキ、ジェラルド、皇后と二人の子しかいないので貸し切り状態だ。
 
「別にどこでもいいよ」

 カオウは肘をついて各州の特色が書かれた冊子をつまんだが、文字ばかりで読む気が失せた。それを放り投げて長机に座る一つ目の蝙蝠をつつく。

「セイフォンの大聖堂てどんなの?」

 つつかれた蝙蝠は一瞬顔をしかめた後、一つ目をカッと見開いた。すると映写機のように目が光り、前方の白い壁に大聖堂を写し出す。この蝙蝠は一度見たものを記憶し映し出せる下級魔物。馴らしやすいため資料として図書館で飼われている。

 大聖堂を見ても特に心が動かされないらしく、カオウは「ふーん」と言って机に突っ伏した。

「じゃあ海は? 泳げなくても海の中を見られる乗り物があるんですって。素敵じゃない?」
「俺泳げるし」

 蝙蝠が映し出したセイフォンの海岸と雄大な海、話題の乗り物を一瞥もせずにそっけなく答える。

「機嫌が悪いの?」
「理由はわかってるだろ」

 カオウは身を乗り出し、ツバキが座る椅子の肘掛けに手をついて顔を近づけた。
 突き刺すような目で碧眼を捕らえる。

「何か隠してるだろ」
「別に、何も」
「ほら目を逸らした。何年ツバキを見てると思ってんの」

 カオウの機嫌が悪いのは、脱皮中ツバキが何をしていたのか、ここ数日聞いてもはぐらかされているからだった。
 
「何が聞きたいの」
「何度も言ってるだろ」
「だから、公務だって」
「そんなに言いたくないこと? どうせ見合いでもしたんだろ。……当たりみたいだな」

 表情で悟られて、ツバキは悔しがる。
 今まで些細な事……カオウの分のおやつを食べちゃったとか、そんなしょうもないことしか隠したことがなかった。嫌なことがあって話したくないときも、いつも見透かされて、優しくされて、結局話してしまっている。

(堪えないと)

 ツバキは表情を必要以上に読み取られないよう気を引き締めた。
 絶対に知られたくないことがある。

「見合いの話は前から知ってるから、別に怒らないよ。怒る筋合いもないし。俺が気になってるのは、何をそんなに言いにくそうにしてるかってこと。誰かいい人でもいたわけ?」

 カオウの目が不安そうに細められる。

「そんな人はいない」
「ほんとに?」

 カオウの右手がツバキの頬を優しく包んだ。手の温もりに心が溶かされて、つい話してしまいそうになる。

(それだけはだめ。話すなら、違うことを)

「うん」
「婚約が決まったわけじゃないんだな」
「うん」
「じゃあ何かあった? 能力使えるようになったきっかけも教えてくれないよね」
「たまたま念じたら使えただけ」
「ウソだね。何か危険なことでもあった?」

 不安そうな眼差しを切なそうに見返して、ツバキはイリウムで起こったこと――ブレスレットを盗られ、取り返してくれたレオと再会し、修理が終わるまで一緒にいたこと、銃を持った人たちに囲まれたときに能力を使えるようになったことを伝えた。

「銃? レオってやつ何者?」
「レオがロナロの協力者だったの。たぶん、銃を扱うような仕事をしてる」
「は? 何それ。……まあそれは後でいいや。それより、何をそんなに言いづらそうにしてるわけ?」
「私の能力を知ったレオは、私を攫いに来るって言ってたから」
「攫いに?」

 カオウはツバキの表情の些細な変化を見逃すまいと食い入るように見つめた。

 ツバキは何か隠している。それはわかるのに、さっぱり正体を掴めない。聞いたら後悔することかもしれない。それでもツバキのことは何もかも知っておきたかった。隠し事などあってはならない。

「そいつが狙ってるのは、ツバキの力だけ?」
「そうよ」
「一緒にいたのはどれくらい?」
「三、四時間くらい」
「二人きりで?」
「そう」
「何してた?」
「何って……。街をブラブラしただけ」
「デートしてたわけだ」

 わずかにツバキの目に動揺が走る。
 カオウは白銀色の髪を一房とって口づけた。

「デートなんかじゃないわ」
「二人でいたんだろ。楽しかった?」
「ううん」
「どこか触られた?」
「触られてなんて……」
「どこ?」
「カオウ、怖いよ」
「ちゃんと答えて」

 思い出そうと視線を動かすツバキの頭の中に自分以外の男がいる。その事実に苛立つ。

「髪と、手と……顔……」
「……キスでもされた?」

 ツバキの視線は一度逸れたまま戻らなかった。ぞわりと黒い感情が生まれる。怒る資格などないのに、問いたださずにはいられない。
 カオウは髪から手を離すと、親指でツバキの唇をなぞった。

「したんだ」
「してない!」
「なんで動揺してんの」
「……されそうになったから」
「こっち見て」

 ツバキがまっすぐカオウの目を見返す。その碧の瞳は見惚れるほど清らかだった。

(ここに映るのは俺だけでいいのに)

 嘘は言っていないと感じてほっとしたが、苛立ちは収まらない。
 カオウは唇に触れたまま続けた。

「なんでされそうになってんの」
「からかわれただけ」
「そんなに仲良いんだ」
「違う」
「ちゃんと抵抗した?」
「したよ」
「ホントに?」
「うん。信じてくれないの?」

 恋人ではないのだから弁明する必要などないのに、必死になるツバキを見て少しだけ溜飲が下がる。
 カオウの好きなように唇を弄られて、ツバキは顔を赤らめていた。こんな風に触られるのは初めてだからか緊張している。

(その緊張を好きと錯覚すればいい)

「じゃあ抵抗してみて」

 カオウはツバキの顎を指で上げて、唇が触れるギリギリまで顔を近づけた。
 ツバキの瞳が揺れ、顔がさらに紅潮する。カオウの腕を押す力は弱くてとても抵抗とは言えない。

「しちゃうよ。いいの?」
「……あ……だめ……」

 抵抗する力が強くなり、顔を必死でそらそうとした。
 しかしカオウはもう離す気などなかった。
 ドキンドキンと心臓が苦しいほど早鐘を打っている。自分が仕掛けているのに、自分でその罠にはまってしまいそうだった。
 より深く、もがいても抜け出せないほどに。

 ゴホン。

 と咳が聞こえた。
 ばっと音のした方を見ると、本を掲げて顔を隠すトキツとギジーがいた。ギジーの本は逆さまになっている。

「俺たちは空気だから、何も見てないし何も聞こえてないんですけどね。でもそれ以上は俺が怒られるんで、やめてもらえますかね」

 すっかり存在を忘れていた。随分恥ずかしいやり取りをしていた二人の顔が火照る。 

「わ、私、ちょっと外に出てるね」

 ツバキは逃げるように閲覧室を出て、近くのトイレへ駆け込んだ。

 鏡の中に映っていたのは、頬を紅潮させ今にも泣き出しそうな顔をした女性。

(いつも通りにしないと)

 顔を冷水で洗う。ハンカチで拭いて、深呼吸した。

(残り一年と約半年。それまでは一緒にいられる)

「ごめんね、カオウ」

 そっとつぶやいた。
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