金色の空は月を抱く 〜最強の魔物に溺愛されているので世界が破滅するかもしれません〜 第3章

永堀詩歩

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井戸

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 長い髪をした痩せぎすの女が重い体を引きずるように歩いていた。
 森の中にひっそりと佇む建物の中庭にある、苔の生えた石造りの井戸へたどり着く。
 一度もたれかかって切れた息を整えてから、古びたポンプの持ち手を体全体で上下させた。
 その腕には無数の針の痕。
 荒い息遣いがやたらと自身の耳に響く。

 ようやく出てきた水をいつもの木桶にためる。
 いつものように持ち上げようしたが、わずかな隙間も得られなかった。
 崩れるように座り込む。
 早く持っていかないと監視人にまた殴られてしまうのに、体が重い。

 いつまでこんなことが続くのだろう。
 突然連れ去られてこの建物の一室へ閉じ込められた。
 三人部屋に六人ずつ、三部屋へ分かれて入れられた。
 与えられる食事は生きながらえるギリギリの量だけ。食べ盛りの子たちにはとても足りない。
 飲み水はこの井戸水だけ。一日に何往復もしなければならない。
 毎日課せられた仕事、何日かおきの役目。
 それをひたすら繰り返すだけの日々。 
 今は三人部屋に五名ずつ、三部屋へ分かれて入っている。
 減った数分、中庭にみんなで穴を掘った。

 涙が頬を伝い、木桶の中へ落ちた。
 波紋が広がり、揺れる水面のせいで歪んで見える木桶の底。
 それを力なく眺めていると、意識が木桶の中へ引き寄せられる。
 底が吸い込まれるように遠ざかって穴が空いたような錯覚に陥った。
 どこまでも続く暗い穴。終わりには何があるのか。入ってしまえばここから逃げ出せるのだろうか。そんな力の無い願いが浮かんで消える。
 
 女は荒れた手を水につけた。
 水の揺らぎが強まり、暗闇の中に何かが見えた気がした。
 凝視しているとそれは近づいてくる。
 穴の空いた目、針穴のような鼻、薄い唇の人のような魚のような顔。
 不思議と恐怖はなかった。

 ”ドゥル”

 耳の奥で鳴ったのは知らない言葉。
 不思議と理解できた。

(飲め?)

 水が跳ねる。

 ”ドゥル”  飲め

 パシャンとまた跳ねた。

 桶から水をすくって飲んでみる。
 怠かった体が急に軽くなった。

 ”ダ・ネイ?”  名前は?

 疑問に思う間もなく次の言葉がこだまする。

「……リタ」

 ”リタ、ダ・ホエイ?”  リタ、望みは?

(望み?)

 濁っていたリタの瞳に光が差した。
 願いは決まっている。

「……助けて。みんなを助けて」

 ここから出してほしい。故郷へ帰らせて。
 
 ”リタ、ホエイ・ティデェン・シェ”  リタ、願う・助けて・みんな

 ”ティデェン・シェ”  みんなを助けて
 ”ティデェン・シェ”  みんなを助けて

 顔はそれだけを繰り返し、遠ざかる。
 見えなくなると、木桶の底が現れ、リタの意識も現実に戻った。

 今のは白昼夢だったのか。
 リタは木桶の中を見つめる。すでに水面は静止していた。
 夢だったかもしれない。しかし、体は確実に軽くなっている。

 この水はみんなが飲むための水だ。
 今度は木桶をいつもよりも軽々と持ち上げられた。

 夢だったかもしれない。 
 一時の希望かもしれない。
 でもその希望が次への希望に繋がるのなら。

 リタは井戸の石壁へ手を当てて、祈った。

 ――どうか助けて。みんなを。私を。
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