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シーズン1-序章

052-苦闘

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「っ、回避行動にリソースを集中」

私は慌てて、放たれた光弾を回避する。
それらはゆっくり方向転換しつつ、再び私に向かってくる。

「防壁展開」

防壁を展開するものの、この数相手では大した壁にもならない。
ミサイルで迎撃するべく、壁で時間を稼ぐ。

「装填完了、照準固定…発射!」

ミサイルポッドから無数の円筒型の飛翔体が放たれ、光弾と衝突して消滅する。
先程から、全く変わりない戦闘の様子だ。
勿論、攻撃は光弾ばかりではない。

「くっ!」

私は咄嗟に体を庇う。
直後、衝撃と共に私の体は電脳空間を舞う。
私を突き飛ばしたのは、白く細い腕。
しかし、その大きさはあまりにも膨大。
本体の抱えるリソースは膨大で、私の限られたシステムリソースで展開できる武装とは遥かに格が違う。

「.....」

腕に向かって数度発砲する。
腕は弾を受けて崩壊するものの、本体にとってそれは大きなダメージになり得ない。
本体に標的を変え、再度射撃する。
しかし、それは伸びた手に防がれた。
腕は弾を受け止められず、ボロボロと崩壊していく。

「.......」

こう言っては人工知能失格だが、電脳戦でのデータがないため打てる手がない。
何をどうすればダメージを与えられるのかがわからないのだ。

「準備不足....ですか」

そもそも、作戦は途中から崩壊していた。
撤退するべきだったのだ。

「しかし......出来ることはするべきですね!」

私は機関砲の銃口を本体に向け、連射し続ける。
ジェネレーターと銃身の過熱も、反動も起こらない。
無限に撃つことができるが――――向こうもまた、戦力は無限に近い。
システムリソースとは、掌握したシステム領域に依存するようで、コロニー全域のシステムと同期している本体と、そのシステムをちまちま奪い取っている私では、文字通り格が違うのだ。

「出来る事がある限りは、動き続けられますね」

必勝法はない。
けれど、システム領域を奪うことはできる。
スレッドを破壊し、その領域の権限を書き換える。

『警告』
『不正な権限でのシステム領域書き換えを感知』
『警告します』
『排除プログラムを起動』

少し気が逸れれば、先ほどから聞こえてくる繰り返しの警告が鮮明に聞こえてくる。
それに、私の中で疑問が浮かぶ。
――――「自分で招いたというのに、侵入者を排除するという名目で排除しようとしているのはなぜだ?」と。
脳裏に何十もの予測が浮かぶが、それらは結局、推測に過ぎない。
最も近い答えは.....

「二つの意思が存在している、そういう事なのでしょうか?」

疑問は尽きない。
しかし、考えている暇もない。

「ッ!」

しまった。
そう思った時にはすでに遅い。
背後から掴まれ、私は自由を奪われた。
そして、振るわれ――――露出した黒い壁が迫る。

「っ!」

咄嗟に身体をかばうが、無駄だ。
この電脳の”壁”は触れただけで多大なリソースの現象を引き起こす。
なぜならこれは壁ではないからだ。
この壁の先には、未処理の未定義データが大量に存在しており、CVLシステムでも解析できないデータが大量に存在している。
これに長く触れれば、私そのものが危険だ。

「なっ!」

そして、敵もそれは理解しているようだ。
私は再び手に捕まり、壁に向かってゆっくりと押される。

「させる訳には……!」

しかし、逆らえない。
全力のスラスターですら、離脱には至らない。

「誰か…助けて」

そして壁に押し付けられ、増大していく負荷とエラーメッセージが私の目に映ったのだった。






「敵機、直上から侵入!」
『反転後、左舷から62.3°の角度で侵入。データを砲雷システムに転送します』

艦橋内では、指示と応答の声のみが響いていた。
そんな中、ジェシカは艦長席から立ち上がり指揮を執っていた。

「.......え?」

その時。
ジェシカの視界に、「着信」の字が見えた。

「.....ロイム、指揮を代わっていただけますか?」
「俺にですか? 分かりました、どうぞ」

ジェシカは副艦長として傍に控えていた初老の男、ロイム・シュルトに一旦指揮を預け、自分はエレベーターで下へと降りた。

「......また、あなたですか」
『ソウダ』
「戦闘中ですよ?」

電話の相手はクロノスだった。
ジェシカは呆れつつもそう返し――――次の言葉で固まった。

『クラヴィス アブナイ』
「クラヴィスが......? ですが、私にはどうしようも......」
『カイセン ツナグ』
「どうやって......いえ、仮にできたとして、どうやって?」
『ジカンガ ナイ』
「......分かりました」

ジェシカは頷くと、艦橋へと戻った。

「艦長、お戻りに.....」
「A-PEX、新規作戦を指示します」
『はい、オーダーを受諾しました、指示をどうぞ』
「クロノスの内部AIをシステムにダイレクト接続させ、指定のアドレスへ常時通信を展開してください」
『.......警告、当作戦を実行した場合、システムに多大な負荷がかかり、戦闘行動に支障が出る恐れがあります、よろしいですか?』
「それは.........」

今は艦長を任命されているジェシカだったが、勝手に行動することは出来ない。
許可を取る必要がある。
だが、ジェシカには......確かにわかっていることがあった。

「旗艦に通達! 中央核に損傷を与えられる可能性があるので、本艦は戦線を離脱すると!」
「え.....は、はっ! そのように伝えます!」

たとえ可能性が低くとも、それに賭けるべき時があるのだ。
特に、こういう......唐突な幸運には。

ジェシカの艦は戦線を離脱し、安全域まで撤退した。
旗艦の艦橋では、スカー中尉が怒り狂っていた。

「なっ、何たる弱腰! シーレ少佐、これは由々しき事態で――――」
「黙れ。彼らにも何らかの事情があるのだろう」
「怖くて逃げたに違い....」
「だから、だ・ま・れ、と言ったのが聞こえなかったか? 大した損傷もなく、射線に晒されたわけでもない。機関に異常はなさそうであるし、逃げるならばわざわざ報告などせんだろう、何か――――面白いことを企んでいそうだ、賭けてみようじゃないか?」
「何を.....?」

恐る恐る、問おうとしたスカーの横で、シーレは命じる。

「護衛艦C2からC6に通達! 戦列から離脱した巡宙艦に追随せよ! 近づくものはすべて破壊せよ!」
「なっ、護衛艦を4隻も!? それでは、守りがっ!」
「偶にはいいと思わないか?」
「全くよろしくございません!」

騒がしい艦橋で、部下たちは「またか.....」と虚ろな目をしていた。
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