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シーズン1-序章

027-お買い物 後編

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俺達は地下三十二階へと戻ってきた。
理由は、ハーデン中尉の買い物はここでしか買えないものだからだ。

「悪いね、付き合わせて」
「いえ、こちらが先に付いてきてもらいましたから、こちらも付き合うのは構いません」

ジェシカはハーデンの遠慮したような発言に、そう返した。
俺も、ハーデンが何を買うかとても気になる。

「ここは何を売っているエリアなのでしょうか?」

何となく周囲の状況から察しがつくが、一応聞いておく。

「えっ? 化粧品じゃないんっすか? ホラ、香水の匂いが....」
「申し訳ございません、私に嗅覚はありませんから」
「うわ、ごめんなさい!」

両隣の店には、化粧品らしい様々なものが並んでいて、ホログラムの女性が化粧品を紹介していた。
だが、化粧品特有の匂いや、香水などの香りはもはや俺には感じられない。
視覚・触覚・聴覚はあるが、味覚と嗅覚は無いのだ。

「言っておくけど、僕の買い物は化粧品じゃないからね」
「違うのですか?」

この階、化粧品売り場だと思うのだが....
何か別の店があるのだろうか?
疑問に思った俺だったが、その疑問はすぐに氷解した。

「これは.......花屋、ですか?」
「よく分かったね、コロニーじゃ殆ど見ない筈なんだけどね」

ジェシカが、珍しいものを見た、とでも言うように眼を丸くした。
俺も、この世界で見るのは初めてである。
それは、お花屋さんであった。
コロニーに花屋が少ない理由は単純で、生花の鮮度を保つことが難しいからだ。
あったとしてもプリザーブドフラワーを売る店が殆どで、こうして店先に花が並んでいることは少ない。

「このような店で、何を買うのですか?」
「まあ、入ってから考えるよ」

ちょっと聞いてみたものの、一瞬ではぐらかされてしまった。
自動ドアを開けて店内に入ると、どこからか鈴の音が聞こえてきた。
場所は恐らくドア上の隅に隠されたスピーカーから。

「こんにちは、当店にお越しいただきありがとうございます」

その時、奥からアンドロイドが出てきた。
情報精査によれば、リテック社のプライマリーモデルのリニューアルバージョンだそうだ。

「早速ですが、ご用件をお伺いしても?」
「ああ、花を買いに来たんだ、ギフト用で頼むよ――――それから、少し連れには聞かれたくないな」
「奥の部屋にご案内いたしましょうか?」
「ああ、それで構わない」

アンドロイドと共に、ハーデンは奥の部屋へと消えていった。
後には、俺達が取り残される。

「.......この間、どうしましょうか?」
「ゲームでもしますか?」
「..........ここで、ですか?」

確かに、「私」にインストールされているゲームアプリは、多人数対戦が可能だ。
しかし.......ここでやるには少し派手過ぎるのではないか、俺はそう思った。



◇◆◇



数十分後、俺達はまた1ゲームを終えて談笑していた。
マルチプレイのパズルゲームで、結構面白かった。

「負けましたね......」
「はい、申し訳ございません」
「いやいや、楽しかったっすよ、コンピューター対戦みたい....いや、何でもないです!」

またラウドが地雷を踏み抜いている。
結構な美形のはずなのに、何故彼女が居ないのかの謎が解けてきたような気がする。
ま、俺も無意識下で演算しながらプレイしていたし、実質COMコンピューターだろう。

「やぁ、待たせたね」
「終わりましたか?」
「ああ」

ハーデンは真っ直ぐ俺の方に歩いてきて、手を取った。

「……何でしょうか?」
「これは君にあげよう」

手渡されたのは、赤ん坊ほどの大きさのカプセルに入った一輪の花。
カプセル越しとは言え、その状態の良さは見てわかるほどだ。

「それと、こっちもね」
「?」

ハーデンは俺の右頭部に、何かの花飾りをくっつけた。
何とか視界を動かして分析すると、

フィイヒル 状態:乾燥

という結果が出る。
プリザーブドフラワーの様だ。
電磁接着の様で、外そうと思えばいつでも外せるが……

「何故、この様な価値の高そうなものを私にくださるのですか?」
「言っただろ、君はいつか僕が手に入れるって」
「………」

この男、公衆の面前で……
俺はそう思ったが、もう好きにすればいいと思う。
どっちにしろ、この身体は俺のモノでも「私」のモノでもない。

「...............私を手に入れたいのなら、まずは上官に相談すべきと思います」
「おっと、ジェシカ大尉――――君の娘を貰ってもいいかな?」
「.....御冗談を」

ジェシカはハーデンを鼻で笑った。
少しだけ、普段と変わらないように見えるその薄っぺらい微笑みに、怒りの感情を感じた。

「まあいいか......さて、僕の買い物は終わりだよ」
「次はラウド様のお買い物ですね」
「俺は.....その、店が地上にあるんです」

どうやらラウドの買いたい物は、地上市場のビルディング二十二階にある店で売っているらしい。
素早く検索をかけるが、店の情報にはアクセスできない。
構造図にはアクセスできるのに.....

「別に急ぎではないでしょう、オークションはどうせ受付開始が一時間後というだけで、開始は数時間後ですよ」
「では、行きましょう?」
「.....は、はい! 行きましょう!」

ラウドは俺達の先頭を歩き出す。
目指すは先程使わなかった中央エレベーターだ。
しばらく歩けば、人だかりの出来るエレベーターホールへと到着した。

「えっ?」

しかし、問題が発生した。
なんと、俺は乗れないらしい。

『申し訳ございません、当施設規定では、アンドロイドは貨物用エレベーターに乗っていただく必要があります』
「......仕方ありません、一旦お別れです。」
「済まない」
「無事を祈ります」
「ヘンな規定だね」

貨物用エレベーターは、人間が乗らないので快適とは言えないが、多分大丈夫だろう。
俺は勇気を振り絞り、無機質な貨物用エレベーターに足を踏み入れた。
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