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シーズン1-序章

013-目覚め

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私は、昏い闇の底で蹲っていた。
周囲には、同じ顔をした「私」が、助けを求めるように私に手を伸ばす。
でも、その手は私をすり抜けて、また昏い底面に沈んでいく。
気付けば、目の前に人が立っていた。

「................あなたは?」

問うと、その”人”は笑った。
その歪めた唇の端が、有り得ないほどに吊り上がっていく。

「ア.........あ、ナたは、とく.............特別――――――」

その人は、やはり私だった。
私と同じ顔をした操り人形が、私を上へ上へと押し上げた。
屍の墓場から、私は再び光の中へと戻っていく。

「.......ア、な.......だけハ...........しあ、わせニ.............」

そして、また、視界は暖かな光に包まれ、「私」は「俺」として浮上していくのだった。



◆◇◆



『メインフレーム起動、システムオールグリーン、稼働用バッテリの接続を確認。カーネルバージョンを確認、異常は確認できません』
『制御用データを読み込み、アイカメラを起動』
『視覚制御システムにエラー発生、発生個所をパージし、センサー光度を調節』

この感覚は.........
「俺」は、眼を開く。
視界いっぱいにGUIが表示され、すぐに消える。

「クラヴィス!」
「........ア、ああ.....ジェシカ大、尉...........」
「クラヴィス、記憶が........?」
「記憶......?」

ジェシカ大尉は、眼に涙を浮かべながら説明してくれた。
どうも、脱出時にコックピット内まで被害が及んでいて、私は部品がほぼ全部交換しなければいけないほどの損傷を受けたのだそうだ。
その際、メモリーを移行したのだが、稼働が停止した「私」が今までと同じパターンを示す可能性はないはずだったのだ。

「大丈夫です、ジェシカ大尉」
「まだ起き上がらないでください」

起き上がろうとしたとき、ジェシカ大尉に止められた。
システムも身体にも異常はないのに、どうして?

「私に問題はありません」
「ダメです、今あなたは謹慎中ですから」
「あ............」

そうだ、戦果を挙げたとはいえ、俺は命令違反に器物損壊、数々の罪を重ね、本当は修理すら望めない身であった。

「なんで、謹慎で......?」
「戦時で、貴女に価値があるのと、もう一つ――――貴女が逃げ出せた理由が不明確だからです」
「理由.......?」

そこで俺はハッとした。
確かに、不自然な点が幾つもある。
まず、エレベーターが停止しなかったことや、「私」に対する停止コマンドが有効でなかったこと。
そして、何より.......クロノスも停止コマンドを無効化しているのだ。

「調査の結果、エイペクスの一部のコードが無意味なものに書き換えられていました」
「え?」
「艦内の制御コードもです。そして、クロノスの制御システムも、この無意味なコードの侵蝕を受けていました」

つまり、あの時クロノスは、俺が居なくても動けた?
一体、あいつは”何”になったんだ..............?
俺は答えのない謎に、頭を悩ませた。

「とにかく、三日間.....目覚めなかったのが二日間でしたので、あと一日貴女は謹慎です」
「..........はい」

ジェシカ大尉は優しい人だ。
出会って一週間で、しかも機械の俺を気にかけてくれる。
機械はいくらでも代えが効く。
代えの効かない人間の代わりに死ぬのが、俺達の役目なのにな......

「それから、貴女の戦闘データをもとにアップグレードを行いました」
「?」
「確認してみてください」

確認すると、確かに性能が若干上がっていた。
余剰メモリが増えたおかげで、戦闘中の処理がもう少しスムーズになると思う。

「あ......そういえば、敵艦はどうなりましたか?」
「敵艦.....ああ、エルトネレス級の事ですね。貴女達が動力源を破壊したおかげで内部崩壊を引き起こして、無事に鎮圧されました」

エルトネレス級の爆発の際に発生したエネルギー干渉波によってウスカ級も纏めて制御不能に陥り、俺達が脱出してから数十分後に到着した救援艦隊に殲滅されたそうだ。

「本艦は現在、ナーレ星系付近を航行中です」
「............? シークトリア星系に近づいていませんか?」
「はい、実を言うと貴女達は、合衆国本部に召喚命令が出ています」

エルトネレス級のコアブロックを除く素材がほぼ無傷で手に入り、尚且つウスカ級の残骸という貴重なデータを入手できたうえに、被害は最小限。
そして、どう考えても逃走するべき局面で特攻を選んだ俺達に、本部の人間が興味を持ったそうだ。

「........前線に出るという話はどうなったんでしょうか?」
「それについては僕が答えよう」

扉を開けて、ハーデン中尉が姿を現した。
その手には、タブレット端末があった。

「君の精神性はイレギュラーとして認識された。自律型AIという前例のない個体であることを抜きにしても、あまりに”人間臭い”。だから、前線で敵にぶつけて潰すのは惜しいと上は判断したのさ」
「!」

やっぱりバレていたか。
あれだけ派手に動けばそうなるのは明白だったけどな。

「そうですか........」
「大丈夫、君はすぐに前線に行くことになるよ。上は君と直に会ってみたいだけだと思う。それに、君は遊びにシークトリア星系に行くわけじゃない。訓練がてら、宙賊の殲滅や反乱の鎮圧に向かわされるはずだよ」
「.....................................」

まあ、遊びに行くったってなあ........
全ての欲求から切り離されたこの身体では、遊ぶという行為すらもう遠い概念だ。
比較的自由さを保てているクロノスと違って、「私」は感情を抑制されているからかもしれない。
ちょっとおブルーな気分になったところで、扉が開いた。

「クラヴィスさん!」
「........ラウド少尉」
「特例で昇級しました! 今は中尉です!」

いつの間に.......
どうも俺とクロノスの撃破した功績が分配されているようだ。

「ラウド中尉、落ち着いてください」
「これが落ち着いてなんかいられませんよ! エルトネレス級を撃破した英雄、クラヴィスとクロノス! あっと言う間に話題になってますよ!」
「え?」

俺はジェシカを見る。

「あ..............そ、その........増援艦隊に口の軽い者が居たらしく........」
「.............」

この世界にもインターネットはあるのだが、宇宙空間では基本的に軍用回線しか使えないので、俺はインターネットにまだ接続できていない。

「......何をそんなに申し訳なさそうにしているのですか?」
「しかし、守秘義務を守れなかった私たちは咎められるべきでは?」
「どのみち、いずれは広告塔になるのですから、今のうちから知名度を獲得しておくのは別に構わないのでは?」

そもそも直ぐに前線に向かわせないという判断をした時点で、俺とクロノスを利用する気満々だ。
それなら、今のうちに英雄として騒がれておいた方が使いやすいと俺は思った。

「.......流石ですね!」
「あまり喜ばしい事態ではないのですけれどね」
「まあまあ、前線に出ずともプロパガンダとして活躍できるんだし、別にいいと僕は思うけどね」

三人が口々に喋るのを聖徳太子のように.....聖徳太子って誰だっけ....とにかく、聖徳太子のように聞き分けつつ、私は謹慎最後の日を過ごすのであった。
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