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シーズン1-序章
008-日常
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「私」の朝は早――――くはない。
基本的にタスクがない日は、寝床のカプセル内でじっとしていることが多い。
人間だったら、飽きてしまいそうだが、この身体になってからはそれもない。
今日もそうしようかと思っていたのだが.........
「...................ジェシカ大尉、何の御用でしょうか?」
「朝食を共にしませんか?」
「......私は、人間の食事を行う機能がありません」
「知っています、ただ.......人間の生活に触れてみませんか? きっと知識で見るより眼で見た方がいいと私は思います」
知識も経験もあるが..........
「私」が「私」である以上ジェシカ大尉には逆らえない。
提案であり実質無言の命令であるそれに従い、私は起き上がった。
部屋の外に出ると、軽装のジェシカ大尉が立っていた。
「さあ、行きましょう」
「はい」
俺とジェシカ大尉は、艦内の廊下を歩く。
道中、いくつものガラス張りの部屋を見る。
基本的には空だが、生物のような何かがカプセル内に浮いて居たり、「私」のようなロボットが分解されている光景が見えた。
「私」も用済みになればああなるんだろうか?
その可能性は高そうだ。
『キール研究員、アンナ研究員がお呼びです、16番研究室までお越しください』
館内放送も聞こえ、かなり平和に見える。
だが、実際にはシークトリアは戦時中であり、この艦も勝利のための実験に追われているわけだ。
そして「私」の教育も、急ピッチで進められているのだろう。
「大尉」
「ジェシカ、でいいですよ」
「ジェシカ様、私はこの後何処へ行くのでしょうか?」
「............分かっているとは思いますが、最前線です」
……………やっぱりか。
「私」とクロノス程の戦力を遊ばせておくはずがない。
この平和な時間が終われば、後は油断すれば死ぬ戦場........いや、ダメージを負うのはクロノスが主で、俺は一人では碌に戦えない。孤立すれば鹵獲されてしまうだろう。
そうなれば、実験対象か、ただ破壊されて廃棄か.....どちらにせよ碌な運命が待っていないだろう。
後でメディアセンターで体術でもダウンロードしておくか......
「はい、着きました。ここのセキュリティレベルは3ですから、あなたでも入れるはずです」
「はい」
食堂の扉に手を翳し、セキュリティレベルを認証して扉を開く。
誰かが開けた扉に入れそうなものだが、同伴の場合はしっかりバイタル情報が記録されるそうなので無意味だ。
「お、おい、あれ.........」
「何でここに?」
「いや、ジェシカ大尉がおられる、これも何らかの理由があっての事だろう」
食堂に入ったとたん、注目が集まる。
それはそうだ、ロボットに食事は必要ないのだから、ここに居ることが奇妙に見えるはずだ。
「あそこの席に行ってください」
「はい」
ジェシカ大尉は席を指さし、私はそちらに向かう。
その席にはすでに、金髪の青年が座っていたが、4人席なので相席も可能だ。
「おや......? 君は?」
「DN-264、Clavisと申します、ジェシカ大尉に命じられ、席取りの任に就いています」
「............そうか」
あっ、俺の渾身のユーモアはスルーされた。
注視すると、
ハーデン・エクシア プレトニア宇宙軍中尉
という情報が表示された。
「相席してもよろしいでしょうか、ハーデン中尉」
「構わないよ」
ハーデン中尉は机の上にタブレット端末を置き、ペースト状の食事を口に入れている。
「お味はどうでしょうか?」
「気になるかい? もっとも、君に”味”が理解できるとは到底思えないが........」
「はい、理解できません」
正直に言おう。
そもそもこの身体に味覚器官はない。
「まあ.......味はしないよ、あちらさんのように、普通の食事を楽しむ人もいるんだけどね、シークトリア人の食事は体に合わないんだ」
ハーデン中尉が示したテーブルでは、赤い肌の研究員がハンバーガーのようなものにかぶりついていた。
「あなたは.....プレトニアの出身ですか?」
「そうだよ、人材交流でこちらに移ってきたんだ」
シークトリアの同盟国プレトニアは、以前は閉鎖的な国家運営で知られていた。
プレトニア内星系に入ると問答無用で攻撃されたそうだ。
それが、連合軍に侵略されたことでシークトリアと手を結ぶ気になったようだ。
「ハーデン中尉、失礼します」
「ああ、ジェシカ大尉。このやけに可愛いロボットは何だい?」
「ハーデン中尉....お答えしたいのはこちらも同じですが、私も話せないので」
「ふーん、そうか.......じゃあ君に直接聞こう、君はなぜここにいるんだい?」
「...............秘匿義務に抵触しますので」
DN-264の役割はまだ軍内部では明らかにされていない。
あくまでこの実験艦内部でのみ知られている情報だ。
シークトリアも、同盟国とはいえプレトニアに情報を公開する気はまだないみたいだ。
俺はペーストを淡々と口に入れるハーデン中尉と、サンドイッチを食すジェシカ大尉をしばらく観察する。
「......ふと気になったんだが、君のそのツインテールはなんだい?」
「秘匿義務に抵触します」
このツインテールに見える頭部ユニットは飾りではないのは当然誰にでもわかるが、その役割を知られるとまずい。
このプレトニア宇宙軍の中尉はかなり手強い相手になるだろうな。
◆◇◆
食事に付き合った後、俺はやることもなく、機体メンテナンスと洗浄に向かうことにした。
…………のだが、
「.....何の御用でしょうか?」
「君に聞きたいことがあってね」
ハーデン中尉に絡まれた。
行く手を塞がれて、咄嗟に俺は後退るが、ハーデン中尉が横のサイドパネルを弄ると、背後でシャッターが閉まった。
「僕ら尉官は移乗攻撃に備えて、隔壁を閉鎖できるのさ」
「これは重大な職権濫用では?」
「構わないさ、プレトニアが僕を罰することはない」
罰することはない......?
もしかして、良い所のお坊ちゃまなのかもしれないな。
先程からの動作データや言葉のイントネーション等を参照すると、一部プレトニアの上流階級データに合致するものがある。
ただ、プレトニアに関するデータは少ししか持っていないので、これは根拠のない憶測にすぎない。
「.......とにかく、あなたにお話しできることはありません」
「ふぅん......そう言われると益々知りたくなるな」
「要請にはお答えできません」
「DN-264、情報開示を請求する」
「.............ッ!」
中尉コードによる情報開示が請求され、俺は一瞬驚くが、ジェシカ大尉のものと思われるプロテクトがそれを妨害した。
「チッ..........はは、あの大尉は中々に頭が回る様だね」
舌打ちしたハーデン中尉は、シャッターを開けて俺の横を通り過ぎて行った。
だが、通り過ぎるときに彼が呟いた言葉は、俺の記憶に刻まれた。
「いつか君を手に入れて見せよう」
それが戦力としてなのか、「私」個人が欲しいのかは、俺には分かりかねる内容だった。
ジェシカ大尉に要相談だな......
基本的にタスクがない日は、寝床のカプセル内でじっとしていることが多い。
人間だったら、飽きてしまいそうだが、この身体になってからはそれもない。
今日もそうしようかと思っていたのだが.........
「...................ジェシカ大尉、何の御用でしょうか?」
「朝食を共にしませんか?」
「......私は、人間の食事を行う機能がありません」
「知っています、ただ.......人間の生活に触れてみませんか? きっと知識で見るより眼で見た方がいいと私は思います」
知識も経験もあるが..........
「私」が「私」である以上ジェシカ大尉には逆らえない。
提案であり実質無言の命令であるそれに従い、私は起き上がった。
部屋の外に出ると、軽装のジェシカ大尉が立っていた。
「さあ、行きましょう」
「はい」
俺とジェシカ大尉は、艦内の廊下を歩く。
道中、いくつものガラス張りの部屋を見る。
基本的には空だが、生物のような何かがカプセル内に浮いて居たり、「私」のようなロボットが分解されている光景が見えた。
「私」も用済みになればああなるんだろうか?
その可能性は高そうだ。
『キール研究員、アンナ研究員がお呼びです、16番研究室までお越しください』
館内放送も聞こえ、かなり平和に見える。
だが、実際にはシークトリアは戦時中であり、この艦も勝利のための実験に追われているわけだ。
そして「私」の教育も、急ピッチで進められているのだろう。
「大尉」
「ジェシカ、でいいですよ」
「ジェシカ様、私はこの後何処へ行くのでしょうか?」
「............分かっているとは思いますが、最前線です」
……………やっぱりか。
「私」とクロノス程の戦力を遊ばせておくはずがない。
この平和な時間が終われば、後は油断すれば死ぬ戦場........いや、ダメージを負うのはクロノスが主で、俺は一人では碌に戦えない。孤立すれば鹵獲されてしまうだろう。
そうなれば、実験対象か、ただ破壊されて廃棄か.....どちらにせよ碌な運命が待っていないだろう。
後でメディアセンターで体術でもダウンロードしておくか......
「はい、着きました。ここのセキュリティレベルは3ですから、あなたでも入れるはずです」
「はい」
食堂の扉に手を翳し、セキュリティレベルを認証して扉を開く。
誰かが開けた扉に入れそうなものだが、同伴の場合はしっかりバイタル情報が記録されるそうなので無意味だ。
「お、おい、あれ.........」
「何でここに?」
「いや、ジェシカ大尉がおられる、これも何らかの理由があっての事だろう」
食堂に入ったとたん、注目が集まる。
それはそうだ、ロボットに食事は必要ないのだから、ここに居ることが奇妙に見えるはずだ。
「あそこの席に行ってください」
「はい」
ジェシカ大尉は席を指さし、私はそちらに向かう。
その席にはすでに、金髪の青年が座っていたが、4人席なので相席も可能だ。
「おや......? 君は?」
「DN-264、Clavisと申します、ジェシカ大尉に命じられ、席取りの任に就いています」
「............そうか」
あっ、俺の渾身のユーモアはスルーされた。
注視すると、
ハーデン・エクシア プレトニア宇宙軍中尉
という情報が表示された。
「相席してもよろしいでしょうか、ハーデン中尉」
「構わないよ」
ハーデン中尉は机の上にタブレット端末を置き、ペースト状の食事を口に入れている。
「お味はどうでしょうか?」
「気になるかい? もっとも、君に”味”が理解できるとは到底思えないが........」
「はい、理解できません」
正直に言おう。
そもそもこの身体に味覚器官はない。
「まあ.......味はしないよ、あちらさんのように、普通の食事を楽しむ人もいるんだけどね、シークトリア人の食事は体に合わないんだ」
ハーデン中尉が示したテーブルでは、赤い肌の研究員がハンバーガーのようなものにかぶりついていた。
「あなたは.....プレトニアの出身ですか?」
「そうだよ、人材交流でこちらに移ってきたんだ」
シークトリアの同盟国プレトニアは、以前は閉鎖的な国家運営で知られていた。
プレトニア内星系に入ると問答無用で攻撃されたそうだ。
それが、連合軍に侵略されたことでシークトリアと手を結ぶ気になったようだ。
「ハーデン中尉、失礼します」
「ああ、ジェシカ大尉。このやけに可愛いロボットは何だい?」
「ハーデン中尉....お答えしたいのはこちらも同じですが、私も話せないので」
「ふーん、そうか.......じゃあ君に直接聞こう、君はなぜここにいるんだい?」
「...............秘匿義務に抵触しますので」
DN-264の役割はまだ軍内部では明らかにされていない。
あくまでこの実験艦内部でのみ知られている情報だ。
シークトリアも、同盟国とはいえプレトニアに情報を公開する気はまだないみたいだ。
俺はペーストを淡々と口に入れるハーデン中尉と、サンドイッチを食すジェシカ大尉をしばらく観察する。
「......ふと気になったんだが、君のそのツインテールはなんだい?」
「秘匿義務に抵触します」
このツインテールに見える頭部ユニットは飾りではないのは当然誰にでもわかるが、その役割を知られるとまずい。
このプレトニア宇宙軍の中尉はかなり手強い相手になるだろうな。
◆◇◆
食事に付き合った後、俺はやることもなく、機体メンテナンスと洗浄に向かうことにした。
…………のだが、
「.....何の御用でしょうか?」
「君に聞きたいことがあってね」
ハーデン中尉に絡まれた。
行く手を塞がれて、咄嗟に俺は後退るが、ハーデン中尉が横のサイドパネルを弄ると、背後でシャッターが閉まった。
「僕ら尉官は移乗攻撃に備えて、隔壁を閉鎖できるのさ」
「これは重大な職権濫用では?」
「構わないさ、プレトニアが僕を罰することはない」
罰することはない......?
もしかして、良い所のお坊ちゃまなのかもしれないな。
先程からの動作データや言葉のイントネーション等を参照すると、一部プレトニアの上流階級データに合致するものがある。
ただ、プレトニアに関するデータは少ししか持っていないので、これは根拠のない憶測にすぎない。
「.......とにかく、あなたにお話しできることはありません」
「ふぅん......そう言われると益々知りたくなるな」
「要請にはお答えできません」
「DN-264、情報開示を請求する」
「.............ッ!」
中尉コードによる情報開示が請求され、俺は一瞬驚くが、ジェシカ大尉のものと思われるプロテクトがそれを妨害した。
「チッ..........はは、あの大尉は中々に頭が回る様だね」
舌打ちしたハーデン中尉は、シャッターを開けて俺の横を通り過ぎて行った。
だが、通り過ぎるときに彼が呟いた言葉は、俺の記憶に刻まれた。
「いつか君を手に入れて見せよう」
それが戦力としてなのか、「私」個人が欲しいのかは、俺には分かりかねる内容だった。
ジェシカ大尉に要相談だな......
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