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ドラゴン王女と旅の剣士

魔族ヘルレオス

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「これは結界? ナティ?」
 無音の空間と化した店内を見て、ドルチェはそう言った。
「そのようにも見えますが、普通の魔法では無いような」
 ナティの赤色の目が、何も無い空間をギラギラと見つめている。
「何か見えてる?」
「それが……何者かが居るのは分かるのですが、影のようにしか見えなくて……」
 イスにテーブル、店内の壁。見た目は単に人のいない菓子処ヨモギ庵に見える。
 しかし全体に蒼く暗く、夜の様な印象で、どことなく存在感が無い。
「これが本物のヨモギ庵で無ければ、変身して戦いますけど、ナティ?」
「……まだ判断はつきません。本物の様にも見えますし……」
「敵の強さは?」
「正確には分かりませんが、魔力反応は相当強いです。お気を付けを」
「さっきの雑魚犬より強いと言うのなら……」
「そうですね。その時は致し方ありません。なるべく手加減を」
「分かった……」
 ドルチェは息をスゥと吸い込み、口中を光で満たし、稲妻を一気に吐いた。
 電撃が店内を駆け巡った。電撃は枝分かれし、あちこちに落雷した。
 手前から3つ目のテーブルに落雷した時、同時に黒い物体がもんどり打って現れた。
 それは頭に巻いた角があり、羊の様な頭を持ち、二足歩行の身体を持った生物だった。鼻から黒い瘴気を吐いている。
「魔族!」
 ナティが叫んだ。
「魔族とは……ここ数十年は戦いは無かったはずなのに。誰かが、けしかけているのかしらナティ?」
「北の氷の蛮族か、西の呪術を使うロビ族は可能性ありますが。お嬢様、戦えそうですか?」
「愚問ね」
「では参りましょう!」
 ナティは息を吸い込み、口から火を吐いた。
 灼熱の炎が辺りを薙ぎ払い、火の粉が渦を巻き上げる。
 それと同時に炎に包まれた魔族が何匹か姿を現した。
「やるじゃない。久々に見たわ」
「任せて下さい。ナティは稲妻こそ吐けませんが、堅い魔族の皮膚をこんがり焼くぐらいは出来ます」
 そう言っている隙に、空間から何匹かの魔族が現れ、二人に飛び掛かって来た。
 二人はそれを横にかわし、キックし、パンチし、同時に息を合わせて思いっ切り蹴り飛ばした。
 魔族が積み重なって壁にぶち当たった。
 魔族は黒い霧になって消え、同時に壁が見たことの無い物質に一瞬変わった。
 それは物質と言うよりも、魔法か何かで出来た疑似物質に見えた。
「やっぱり……」
「みたいですねお嬢様。ここは作られた空間です」
「なら遠慮はいらないわね」
 次々と湧き出す魔族を二人は爪で引裂き、雷と炎の嵐で四散させた。
「それと……あの……お嬢様」
「何?」
「これはあの剣士……トウフとやらが仕掛けた罠なのでは?」
「彼を疑うと言うの?」
「ですが、状況的に一番怪しいのは……」
「ナティ」
「はい」
「人は目を見れば心が見えるものよ……」
「すいません!」
 床が突然抜け落ちた。そればかりか、ヨモギ庵、いや世界全体がガラガラと崩れていく。
「本体のお出ましってところかしら?」
「そのようです!」



 落下する二人の先に巨大な魔族が見えてきた。
 頭が牛で、体が巨人。
 巨大な棍棒を手に持っている。
 二人に気付くと、巨人は口から閃光を放った。
 二人は翼を具現化させ、飛び退いた。
 そこは巨大な洞窟のように見えた。
「この空間は実物のようね?いつの間に引きずり込まれたのかしら?」
「分かりませんが、敵が転移魔法系の術を使えるのは確かなようです!」
「そのようね!」
 巨人の周りに白い魔法の光の泡が出現し、次々と二人の元へ押し寄せて来る。
「避けて!」
 ドルチェの声でナティが避ける。光の泡は洞窟の壁へ当たり、消失した。
 見ると壁が大きくえぐられている。
 それは空間に作用しているようだった。
「まずいわね……骨を切らせて相撃ちと言う訳にはいかないわ」
「全部避けるしかありません、お嬢様!」
 次々と押し寄せる光の泡をドルチェとナティは避けまくる。
 まるでそれは光の洪水のようだった。
「隙を見て! もうすぐ魔法が切れるはず!」
「はい!」
 そう、魔法には限界があるのだ。
 それは突然に途切れた。
「今!」
 ドルチェの声と共にナティの口から炎弾が次々と撃ち込まれる。
 魔物は鉄をも溶かすナティの炎弾の熱に怯み、叫び声を上げる。
 その隙にドルチェは変身をした。
 魔の巨人が遥か小さく見えるような巨大な青い竜、ライトニングドラゴンへ!
 ドラゴンとなったドルチェは巨人を足で組み敷き、頭目がけて雷撃を放った。
 巨人は白い電撃の塊と化し、全身が次々と炭化して行き、最後には塵と化した。
 後には地面に影だけが残った。



 ドルチェはドラゴンの変身を解いて地面に降り立った。
「お嬢様! 凄いです!」
「そんな……凄いに決まっているじゃない。無敵のライトニングドラゴンを何だと思っているの?」
「ナティはまだ二、三度しかお見かけしたことがありませんでしたので!」
「分かればいいのよ、分かれば」
 ドルチェは得意げである。
「お嬢様。とりあえず、お召し物を。その……ナティも照れます」
「ああ、忘れていたわ」
 そう、ドルチェは素っ裸だった。
 素早く衣服を作り出し纏っていく。
 衣服は変身の過程で同時に作るのである。
「さて……ここはどこなのかしら? まさかこれも幻影というわけでは無いわよね?」
 ドルチェは確かめるため、足元の地面を二、三度蹴ってみた。
「ちょっと待ってください。方位石を探ってみます」
 方位石とはこの世界にあるエネルギーを放つ宝石で、遥か遠くまでそのエネルギーを到達させる。
 各地にはそれぞれ違うエネルギーを放つ方位石を設置してあるのだ。
「ドラギュート王国の方位石は……これ……違うな……何だろう、全然知らない反応ばかり……」
 どうやら見つからないらしく、ナティはまだ探している。
「見つからないの?ナティ?」
「はい……おかしいな……エネルギーが全部微弱で」
 ドルチェは洞窟を見回した。
「ここの壁が何か影響しているのかしら……」
「そうかもしれませんね」
 ナティが辺りを見回すと、横穴が見えた。
「あちらに出口があります! 行ってみましょう!」
「しょうがないわね……」
 二人は横穴へと入って行った。
 横穴は蟻の巣のごとく入り組んで上下左右に伸びていた。
 途中、大型の虫のモンスターが出てきたが、二人の前には只の虫だった。
「虫いるんですけれど……」
「ま、まだ6本足だから、大丈夫ですよお嬢様」
 ナティは足の多い虫が大の苦手なのである。
「ここはダンジョン?ただの虫穴?」
「作られたものには見えませんね。虫の穴でしょうか?」
 少し進むと、冷たい風が吹き込んできた。
 冷気のせいか虫はだんだん出なくなってきた。
「外の風……でしょうか?」
「湿った空気の匂いがするわ」
 出口が見えた。



 出てみると、白い雪が積もっていた。
 黒く重い雲が空に立ち込め、真っ白な雪の大地が広がっていた。
 吹きすさぶ風が二人の頬を撫でていく。
「ここがもしかして北の蛮族の土地だとすると……聞いたことがあります、空間魔法を使う魔族。確か……名はヘルレオス」
「それがさっきの牛の名前?」
「そうならば。ですが」
「まあ倒しちゃったし、関係ないわね。方位石はどう? 感じる?」
「ちょっと待って下さい……王都の反応は微弱ですね……方角はこっちのようです」
 ナティの指差す先に集落の灯りが見えている。
「お嬢様、とりあえずあの集落へ行ってみましょう。何か手がかりがあるかも」
「そうね」
 二人は翼を生やし、飛び立った。
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