ドラゴン王女は惚れたりしないっ!

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1王女、惚れる

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 空は蒼く高く澄み渡り、スズメはチュンチュンと飛び回り、風も暖かく、全くのお散歩日和であった。
 大陸の東のドラギュート王国は、半径数キロにも及ぶ巨大な高い壁に囲まれ、空には見張りのワイバーンがクルクルと輪を描いていた。
 ここは人型ドラゴンの人口が8割を占める、ドラゴンの王国であった。
 もっともそれは公には秘密と言うことになっていて、衛兵が物陰でドラゴンに変身していたりするが、ほとんどのドラゴンは人間の姿のまま生活をしているのだった。
 周りの国が人間の国が多いので、人間に化身している方がなにかと便利なのだ。
 そして中には変身の仕方を忘れてしまった者までいる有様だった。



 王国の街の中心部には繁華街があり、5階建て程度の中層の木と漆喰で出来たヨーロッパ風の建物が立ち並んでいた。
 一階はたいていは商店になっており、肉から野菜、雑貨、レストランなど、ありとあらゆる店が揃っていた。
 そこから一本入ったところには、人もまばらな裏通りが走っていて、そこを急ぐ長いローブで全身を覆っている2つの人影があった。
「お嬢様、お嬢様、そんなに先を急いでは困ります」
 二人のうち、小さい方の影がそう言った。
 ローブのフードを目深に被っているが、肩を揺らし息を切らしているのが見て分かる。
「お嬢様は特殊能力で微妙に地上から浮けるからいいですけど、ナティは足で地面を蹴って歩いているんですよ?」
 少し先を進んでいたもう一つの人影が立ち止まった。
「あら、そんなに速かったかしら?」
「速いですよ」
「だって、早く行かないと新作のプリンが売り切れてしまうんですもの」
「プリンなど、従者の一人に買いに行かせれば済むことですのに……」
「いやよ。店先で通りを歩く人々を見ながら食べたいのですもの」
 ふと、強い風が吹いた。
 プリンを食いたいと言っていた人影のフードが風にめくれると、中からサラサラの金髪の長い髪が風に流れた。
 顔は美しく、いや、どう見てもこれ以上ない、神秘を感じるほどの美貌であった。
「ああ、もう。今日は風が強いわね」
「ドルチェお嬢様、フードを早く。誰かに見られます」
「あなたに目立たないように言われているから被ってるけど、こんなもの必要無いわよ、ナティ」
「そんなことはありません。お嬢様、それでなくともお美しいのですから、人目につくと危のうございます!」
「褒めてもダメダメ。考え過ぎよ」
 ドルチェはそう言いながら長い髪を後ろで丸く結い、農夫のような地味な色の布の簡易帽子を取り出して被った。
「ほらこれで十分地味よ。もう目立たないわよ」
「お嬢様はご自身の美しさが分かっておられません」
「ふふ、何も出ないわよ?」
「そうではなくて!」



 二人が話しているうちに、いつの間にか空に雲が出ていて、陽を遮って辺りを影で覆った。
「あら、さっきまで良いお天気だったのに」
 ドルチェの言葉に何かを感じたのか、ナティはフードを外し、肩まである茶色の髪をなびかせて辺りの様子と匂いをうかがった。
「マズいですお嬢様! 獣人の気配がします。隣国の刺客かも!」
「きっとその辺に野良猫でもいるのよ。それに……」
 そう言っている間に、一筋の黒い影がナティの横を流れ、ドルチェの喉元にナイフが突きつけられた。
 いつの間にか、狼族の男がドルチェの後ろに立っていた。
「あら、犬だったかしら?」
「……お前、余裕だな。このナイフが見えないのか?」
 それは刃渡り二十センチほどの黒いナイフだった。
「見えてはいるけれど……」
「なら大人しくしとくんだな」
「あなた、私をご存知?」
「いや知らねえが、その細工の施された髪飾りといい、お金持ちだってのは分かるがな」
 狼男はそう言って笑った。
「ああ、そう……」
 ドルチェはどことなくつまらなそうな顔をしている。
 狼男はナティに向かって言った。
「そこのお前、コイツの従者だろ! 金出しな!」
 ナティは半ば呆けた困り顔で狼男を見ている。
「ナティ、力を使って良いかしら?」
「い、いえお嬢様、それは多分、街に被害が及びますし……」
「じゃあ、貴方が倒してくれる?」
「いえ、それも……力の制御が……最近使っていないもので……出来るかな……力任せならもちろんいけるんですが……ああ、どうしましょう!」
 狼男は良く分からない、こいつら何を言っているのかと言った顔で二人を交互に見ている。
「お嬢様、ここは金貨を渡してしまった方が簡単なような……」
「ナティ、それはいけないわ。屈したように見えてしまうじゃない?」
「ああ……もう……」
 そう言ってナティは顔を手で覆った。



 その時、どこからか重い金属を引きずるような音がした。
 見ると小路から一人の鎧を着た人影があった。
 中肉中背で、黒い髪。
 そして大きな荷物を持っていて旅の最中の冒険者に見える。
「見過ごしても良かったんだけど……どうもそう言うの好きじゃ無いんで」
 狼男は一瞬ニヤリと笑った。
 次の瞬間、狼男のナイフが鎧男の目の前にあった。
 しかしナイフは男には刺さっておらず、男の抜いた剣のギザギザで止められていた。
「そういうの、せめて会話の後にしようぜ?」
 男が剣を鞘にパチリと収めると、ナイフは折れて宙を舞った。
「はい、お終い」
「どうかな?」
 狼男は腰の後ろから2本目のナイフ取り出した。素早いナイフの軌道は男の鎧にかすって金属音を響かせた。
「同時に二本は捉えられまい?」
 しかしナイフは鎧に掠るものの、男の身体にはまるで当たらず、すんでのところで避けられている。
「……ふんっ!」
 鎧男の気合いを入れた重い蹴りが、狼男の腹を蹴り抜いた。
 狼男は近くの建物の壁に叩きつけられ、頭を打って気絶したようだった。



「えと……あとは衛兵さんに……」
 男は辺りを見回したが、それらしい人は見当たらなかった。
「困ったな……あ、お嬢さん方、大丈夫?」
 男はドルチェに優しく微笑むと、ドルチェの中で何かに火がついた。
「な、ナティ、衛兵を!」
「は、はいっ!」
 ドルチェに言われたナティは表通りに走り、しばらくすると衛兵を連れて戻り、衛兵は狼男を縛り上げて連れて行った。
「あの……ありがとうございます」
「あ、いえ、つい手を出しちゃって。すいません」
 鎧男は屈託のない少年のような笑顔で応えた。
 ドルチェはそれを見てモジモジしている。
「いえ、嬉しかったです」
 ナティはドルチェのローブの裾からしっぽが出ているのを見つけて目を丸くした。
「お、お嬢様、しっ、しっ……」
「あらやだ」
 それに気付いたドルチェは歯をかみしめて、しっぽをローブの中にしまった。
 男は気付いていない。
 ドルチェはナティに耳打ちした。
(何かドキドキしちゃったの……)
(お嬢様、はしたないですよ!)
「どうかしました?」
「何でもありません!……あの……」
 ドルチェは男を見つめた。
「お名前は……?」
「いえ、名乗るほどの者では。只、通りすがっただけですよ」
「いえ、是非!」
 ドルチェの真摯に見つめるその瞳に、男は少し動揺し顔を少し赤くした。
「えと……と、とう……」
「とう?」
 一瞬、男が何かを考えているような間があった。
「……トウフって言います!」
 男は偽名を言った。
 それは男の国では四角くて大豆を煮て固めた食物の名前であった。
 しかし、それはこの地方では誰も知らない言葉で、それはドルチェとナティも当然知らなかった。
「トウフ様! お礼に、そこでお茶でもどうでしょう!」
「お嬢様」
 ナティはイヤそうな顔をしている。
 トウフは少し考えてこう答えた。
「まあ、お茶ぐらいなら。俺、この街来たばかりなんで色々教えて貰えると……」
「もちろんです!」
 ドルチェがそう答えると、ナティは先を案じて少し肩を落とした。
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