129 / 157
第2章
第123話
しおりを挟む ここはロマリアの首都から遠く離れた田舎の村ルスト。そのはずれにある神殿でセラは生まれ育った。村人の多くは、昼間は畑に出て働き、子供たちや老人たちがのんびりと村で過ごしている。
ユリウスは歩きながらセラに言う。
「帰りが遅いからロージィ様も心配していた。もっと早く助けに来られなくてすまなかったな。」
「謝る必要はないわ。」
きっと朝起きて知らせを聞き、すぐに瞬間移動で駆けつけてくれたのだろう。ロマリア国では、魔物は頻繁に出現する。特に夜間は魔物の主な行動時間であるため、魔法騎士団にはたくさんの仕事が舞い込む。すべての魔物に対処しようと思ったら、多分ユリウスが100人いても足りないだろう。
ユリウスは少し黙った後、口を開いた。
「なあ。セラが17歳になったら……。」
ユリウスが何か言いかけた時、
「おかえり、セラ。」
神殿の前に立つ白髪の男性がセラに声をかけた。彼の名前はロージィ・ドノバン。セラの育ての親であり、かつてロマリア国魔法官の長を務めていた人物だ。すでに70歳を超えているが、いまだに見るものを圧倒させる雰囲気を持っている。だが、体の衰えには逆えず、めったに魔物討伐にでることはない。
「ただいま帰りました。お師匠様。」
「魔物討伐、ご苦労であった。よく頑張ったのう、セラ。」
ロージィは愛がいっぱいにこもった表情で、セラを見つめた。目には笑い時が深く刻まれている。
生まれた時、セラは魔物に襲われ、両親を失った。そんなセラを引き取ってくれたのが、両親の師匠であったロージィだった。もし彼が引き取ってくれなければ、セラはとっくに魔物にやられていたことだろう。
「ユリウスもよくセラを連れ帰ってきてくれたな。」
「もちろんです。」
ユリウスは幼いころからロージィを魔法の師匠として慕っている。
セラが暮らす神殿は、ロマリア国に点在する多くの神殿の1つだ。ここでは聖女デュナウ、ロマリア建国の母が祀られている。古びた石造りの建物は、豊かな自然に囲まれている。近くの森からは鳥のさえずりが聞こえてくる。神殿の内部には聖女の像が安置されており、時折村人たちが祈りを捧げに訪れる。
「また無茶しおって……。次は儂もついていくぞっ!」
杖を片手に、ロージィが意気込む。
「お師匠は、ゆっくりなさって下さい。私が参りますから。」
ロージィを危険にさらすくらいなら、自分が無茶をするほうがずっといいとセラは思う。するとロージィは困ったような顔をした。白い眉毛が八の字になる。
「セラは優しすぎるから心配なのじゃあ。」
セラはロージィから視線をそらし、俯いた。
「そんなこと……ありません。」
(私は冷たい人間だ。)
心の中で、そう呟く。笑顔を浮かべ、人当たりよく接しているものの、セラは村人たちになんの感情も抱いていなかった。師匠や村人を心配させないように笑顔を浮かべているだけで、一人でいる時のセラはいつも無表情で、なにかに心を動かされることがめったにない。両親の死の原因を知った時から、セラは少しずつ感情を失っていた。空っぽの人形のようだとセラは思う。
「そんなことないと思うのじゃがのう……。そう言えば、セラ宛にどこかの貴族から手紙が届いておったぞ。」
ロージィは一通の手紙をセラに手渡した。
「……またですか。」
ため息をついて、セラは手紙を受け取る。
「どこかの貴族から手紙……?お、男からか……?」
なぜか慌てるユリウス。
「……そうでしょうね。最近うっとうしいのよ。」
「し、知らなかった……!」
16歳になったセラは、耐えずやってくる縁談の誘いに困っていた。ロマリア国の貴族たちにとって、強い魔力を持った後継者を作ることは至上の重要事項だ。彼らはセラを、世継ぎを作るための道具としか思っていないのだろう。
(結婚なんて、絶対に嫌……。)
魔力は遺伝する。セラの両親も優れた魔法使いだったと聞く。もしも産んだ子供が魔法使いだったなら、と考えるだけで身震いする。魔法使いとしての人生は極めて過酷だ。そのため、セラはどんな求婚者にも、きっぱりと断ることにしていた。
ロージィから手渡された白い手紙には宛名がなかった。手紙には厳重な魔法がかけられ、セラ以外の者には開けられないようになっている。一通の手紙にここまで厳重な魔力がかかっているとは。この手紙がどれほど高貴な人物のものかがうかがえる。
慎重に手紙を開くと、魔法が解けてバラの花びらが舞い散った。セラが驚きに目を見張ると、手紙の中から気品ある声が響いてきた。
『親愛なるセラ。俺は王子エドワーズ。これから君のもとに行くよ。会えるのが楽しみだ。』
その言葉と共に、純白の手紙は輝きを放ちながら消えていった。
(王子エドワーズ……?)
セラは一度も王族の人間に会ったことはないし、王子エドワーズについて聞いたこともない。
「な……エドワーズだと?!」
実はユリウスはロマリア国王弟の息子であり、王族の血を引いている。だが、彼の母親は異国出身の平民であり、王弟の愛人だった。そのためユリウスは王族の一員として認められていない。
(ユリウスは王族の人を嫌いだものね。)
ユリウスは長い間、王弟の正妃から酷い嫌がらせを受けてきた。それにもかかわらず必死に努力し、最終的に副騎士団長として認められた経緯がある。
「だいじょうぶよ。私は誰とも結婚するつもりはないわ。」
「え……。」
再び、ユリウスは固まってセラをまじまじと見つめる。
「何よ?私に皇太子と結婚してほしいの?」
「ダメだ!」
セラは肩をすくめた。
「じゃあいいじゃない。」
「それもよくない。」
「なぜ?」
「それは……。」
口ごもるユリウスをロージィが楽しそうに見ていた。
◇◇◇
ユリウスは歩きながらセラに言う。
「帰りが遅いからロージィ様も心配していた。もっと早く助けに来られなくてすまなかったな。」
「謝る必要はないわ。」
きっと朝起きて知らせを聞き、すぐに瞬間移動で駆けつけてくれたのだろう。ロマリア国では、魔物は頻繁に出現する。特に夜間は魔物の主な行動時間であるため、魔法騎士団にはたくさんの仕事が舞い込む。すべての魔物に対処しようと思ったら、多分ユリウスが100人いても足りないだろう。
ユリウスは少し黙った後、口を開いた。
「なあ。セラが17歳になったら……。」
ユリウスが何か言いかけた時、
「おかえり、セラ。」
神殿の前に立つ白髪の男性がセラに声をかけた。彼の名前はロージィ・ドノバン。セラの育ての親であり、かつてロマリア国魔法官の長を務めていた人物だ。すでに70歳を超えているが、いまだに見るものを圧倒させる雰囲気を持っている。だが、体の衰えには逆えず、めったに魔物討伐にでることはない。
「ただいま帰りました。お師匠様。」
「魔物討伐、ご苦労であった。よく頑張ったのう、セラ。」
ロージィは愛がいっぱいにこもった表情で、セラを見つめた。目には笑い時が深く刻まれている。
生まれた時、セラは魔物に襲われ、両親を失った。そんなセラを引き取ってくれたのが、両親の師匠であったロージィだった。もし彼が引き取ってくれなければ、セラはとっくに魔物にやられていたことだろう。
「ユリウスもよくセラを連れ帰ってきてくれたな。」
「もちろんです。」
ユリウスは幼いころからロージィを魔法の師匠として慕っている。
セラが暮らす神殿は、ロマリア国に点在する多くの神殿の1つだ。ここでは聖女デュナウ、ロマリア建国の母が祀られている。古びた石造りの建物は、豊かな自然に囲まれている。近くの森からは鳥のさえずりが聞こえてくる。神殿の内部には聖女の像が安置されており、時折村人たちが祈りを捧げに訪れる。
「また無茶しおって……。次は儂もついていくぞっ!」
杖を片手に、ロージィが意気込む。
「お師匠は、ゆっくりなさって下さい。私が参りますから。」
ロージィを危険にさらすくらいなら、自分が無茶をするほうがずっといいとセラは思う。するとロージィは困ったような顔をした。白い眉毛が八の字になる。
「セラは優しすぎるから心配なのじゃあ。」
セラはロージィから視線をそらし、俯いた。
「そんなこと……ありません。」
(私は冷たい人間だ。)
心の中で、そう呟く。笑顔を浮かべ、人当たりよく接しているものの、セラは村人たちになんの感情も抱いていなかった。師匠や村人を心配させないように笑顔を浮かべているだけで、一人でいる時のセラはいつも無表情で、なにかに心を動かされることがめったにない。両親の死の原因を知った時から、セラは少しずつ感情を失っていた。空っぽの人形のようだとセラは思う。
「そんなことないと思うのじゃがのう……。そう言えば、セラ宛にどこかの貴族から手紙が届いておったぞ。」
ロージィは一通の手紙をセラに手渡した。
「……またですか。」
ため息をついて、セラは手紙を受け取る。
「どこかの貴族から手紙……?お、男からか……?」
なぜか慌てるユリウス。
「……そうでしょうね。最近うっとうしいのよ。」
「し、知らなかった……!」
16歳になったセラは、耐えずやってくる縁談の誘いに困っていた。ロマリア国の貴族たちにとって、強い魔力を持った後継者を作ることは至上の重要事項だ。彼らはセラを、世継ぎを作るための道具としか思っていないのだろう。
(結婚なんて、絶対に嫌……。)
魔力は遺伝する。セラの両親も優れた魔法使いだったと聞く。もしも産んだ子供が魔法使いだったなら、と考えるだけで身震いする。魔法使いとしての人生は極めて過酷だ。そのため、セラはどんな求婚者にも、きっぱりと断ることにしていた。
ロージィから手渡された白い手紙には宛名がなかった。手紙には厳重な魔法がかけられ、セラ以外の者には開けられないようになっている。一通の手紙にここまで厳重な魔力がかかっているとは。この手紙がどれほど高貴な人物のものかがうかがえる。
慎重に手紙を開くと、魔法が解けてバラの花びらが舞い散った。セラが驚きに目を見張ると、手紙の中から気品ある声が響いてきた。
『親愛なるセラ。俺は王子エドワーズ。これから君のもとに行くよ。会えるのが楽しみだ。』
その言葉と共に、純白の手紙は輝きを放ちながら消えていった。
(王子エドワーズ……?)
セラは一度も王族の人間に会ったことはないし、王子エドワーズについて聞いたこともない。
「な……エドワーズだと?!」
実はユリウスはロマリア国王弟の息子であり、王族の血を引いている。だが、彼の母親は異国出身の平民であり、王弟の愛人だった。そのためユリウスは王族の一員として認められていない。
(ユリウスは王族の人を嫌いだものね。)
ユリウスは長い間、王弟の正妃から酷い嫌がらせを受けてきた。それにもかかわらず必死に努力し、最終的に副騎士団長として認められた経緯がある。
「だいじょうぶよ。私は誰とも結婚するつもりはないわ。」
「え……。」
再び、ユリウスは固まってセラをまじまじと見つめる。
「何よ?私に皇太子と結婚してほしいの?」
「ダメだ!」
セラは肩をすくめた。
「じゃあいいじゃない。」
「それもよくない。」
「なぜ?」
「それは……。」
口ごもるユリウスをロージィが楽しそうに見ていた。
◇◇◇
0
お気に入りに追加
1,195
あなたにおすすめの小説
聖女級の治癒力でも、魔族だとバレるのはよくないようです ~その聖女、魔族で魔王の嫁につき~
稲山裕
ファンタジー
これは、不幸な死に方をした人々を救うために、女神が用意していた世界。
転生者は皆、何かしら幸せを感じられるように、何らかの力を持って転生する。
人間の国ではその力を重宝されて地位や名声を得ているし、脳筋でも勇者と称えられる。
今回そこに落ちたのは、女子高生サラ。
人ではなく魔族として転生したせいで、他の転生者とは違って魔王の元に……というか、魔王の妻になってしまった。
女神の手違いか、それとも意図通りか。
手荒な歓迎を受けるも、持ち前の性格のお陰でそれなりに楽しく過ごしていたが……。
授かったはずの治癒魔法は、魔族には全く不要な力だった。
それから数カ月――。
魔王城の生活に慣れてきた頃、せっかくだから治癒魔法を学びたいと言ったばかりに、人間の国に放り出されることになる
。
《この作品は『小説になろう』、『カクヨム』、『アルファポリス』、『テラーノベル』でも投稿しています》
あなたの冒険者資格は失効しました〜最強パーティが最下級から成り上がるお話
此寺 美津己
ファンタジー
祖国が田舎だってわかってた。
電車もねえ、駅もねえ、騎士さま馬でぐーるぐる。
信号ねえ、あるわけねえ、おらの国には電気がねえ。
そうだ。西へ行こう。
西域の大国、別名冒険者の国ランゴバルドへ、ぼくらはやってきた。迷宮内で知り合った仲間は強者ぞろい。
ここで、ぼくらは名をあげる!
ランゴバルドを皮切りに世界中を冒険してまわるんだ。
と、思ってた時期がぼくにもありました…
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!
やまいし
ファンタジー
自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり
目覚めると20歳無職だった主人公。
転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。
”好きなことをしよう”と思ったは良いものの無一文。
これではまともな生活ができない。
――そうだ!えちえち自撮りでお金を稼ごう!
こうして彼の転生生活が幕を開けた。
神様のミスで女に転生したようです
結城はる
ファンタジー
34歳独身の秋本修弥はごく普通の中小企業に勤めるサラリーマンであった。
いつも通り起床し朝食を食べ、会社へ通勤中だったがマンションの上から人が落下してきて下敷きとなってしまった……。
目が覚めると、目の前には絶世の美女が立っていた。
美女の話を聞くと、どうやら目の前にいる美女は神様であり私は死んでしまったということらしい
死んだことにより私の魂は地球とは別の世界に迷い込んだみたいなので、こっちの世界に転生させてくれるそうだ。
気がついたら、洞窟の中にいて転生されたことを確認する。
ん……、なんか違和感がある。股を触ってみるとあるべきものがない。
え……。
神様、私女になってるんですけどーーーー!!!
小説家になろうでも掲載しています。
URLはこちら→「https://ncode.syosetu.com/n7001ht/」
おっさんの神器はハズレではない
兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。
これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅
聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる