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第2章

第123話

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 ここはロマリアの首都から遠く離れた田舎の村ルスト。そのはずれにある神殿でセラは生まれ育った。村人の多くは、昼間は畑に出て働き、子供たちや老人たちがのんびりと村で過ごしている。

 ユリウスは歩きながらセラに言う。

 「帰りが遅いからロージィ様も心配していた。もっと早く助けに来られなくてすまなかったな。」
 
 「謝る必要はないわ。」

 きっと朝起きて知らせを聞き、すぐに瞬間移動で駆けつけてくれたのだろう。ロマリア国では、魔物は頻繁に出現する。特に夜間は魔物の主な行動時間であるため、魔法騎士団にはたくさんの仕事が舞い込む。すべての魔物に対処しようと思ったら、多分ユリウスが100人いても足りないだろう。

 ユリウスは少し黙った後、口を開いた。

 「なあ。セラが17歳になったら……。」

 ユリウスが何か言いかけた時、

「おかえり、セラ。」

 神殿の前に立つ白髪の男性がセラに声をかけた。彼の名前はロージィ・ドノバン。セラの育ての親であり、かつてロマリア国魔法官の長を務めていた人物だ。すでに70歳を超えているが、いまだに見るものを圧倒させる雰囲気を持っている。だが、体の衰えには逆えず、めったに魔物討伐にでることはない。

 「ただいま帰りました。お師匠様。」

 「魔物討伐、ご苦労であった。よく頑張ったのう、セラ。」

 ロージィは愛がいっぱいにこもった表情で、セラを見つめた。目には笑い時が深く刻まれている。

 生まれた時、セラは魔物に襲われ、両親を失った。そんなセラを引き取ってくれたのが、両親の師匠であったロージィだった。もし彼が引き取ってくれなければ、セラはとっくに魔物にやられていたことだろう。

「ユリウスもよくセラを連れ帰ってきてくれたな。」

「もちろんです。」

 ユリウスは幼いころからロージィを魔法の師匠として慕っている。

 セラが暮らす神殿は、ロマリア国に点在する多くの神殿の1つだ。ここでは聖女デュナウ、ロマリア建国の母が祀られている。古びた石造りの建物は、豊かな自然に囲まれている。近くの森からは鳥のさえずりが聞こえてくる。神殿の内部には聖女の像が安置されており、時折村人たちが祈りを捧げに訪れる。

 「また無茶しおって……。次は儂もついていくぞっ!」

 杖を片手に、ロージィが意気込む。

 「お師匠は、ゆっくりなさって下さい。私が参りますから。」

 ロージィを危険にさらすくらいなら、自分が無茶をするほうがずっといいとセラは思う。するとロージィは困ったような顔をした。白い眉毛が八の字になる。

 「セラは優しすぎるから心配なのじゃあ。」

 セラはロージィから視線をそらし、俯いた。

 「そんなこと……ありません。」

 (私は冷たい人間だ。)

 心の中で、そう呟く。笑顔を浮かべ、人当たりよく接しているものの、セラは村人たちになんの感情も抱いていなかった。師匠や村人を心配させないように笑顔を浮かべているだけで、一人でいる時のセラはいつも無表情で、なにかに心を動かされることがめったにない。両親の死の原因を知った時から、セラは少しずつ感情を失っていた。空っぽの人形のようだとセラは思う。

 「そんなことないと思うのじゃがのう……。そう言えば、セラ宛にどこかの貴族から手紙が届いておったぞ。」
 
 ロージィは一通の手紙をセラに手渡した。

 「……またですか。」

 ため息をついて、セラは手紙を受け取る。

 「どこかの貴族から手紙……?お、男からか……?」

 なぜか慌てるユリウス。

 「……そうでしょうね。最近うっとうしいのよ。」

 「し、知らなかった……!」

 16歳になったセラは、耐えずやってくる縁談の誘いに困っていた。ロマリア国の貴族たちにとって、強い魔力を持った後継者を作ることは至上の重要事項だ。彼らはセラを、世継ぎを作るための道具としか思っていないのだろう。

 (結婚なんて、絶対に嫌……。)

 魔力は遺伝する。セラの両親も優れた魔法使いだったと聞く。もしも産んだ子供が魔法使いだったなら、と考えるだけで身震いする。魔法使いとしての人生は極めて過酷だ。そのため、セラはどんな求婚者にも、きっぱりと断ることにしていた。

 ロージィから手渡された白い手紙には宛名がなかった。手紙には厳重な魔法がかけられ、セラ以外の者には開けられないようになっている。一通の手紙にここまで厳重な魔力がかかっているとは。この手紙がどれほど高貴な人物のものかがうかがえる。

 慎重に手紙を開くと、魔法が解けてバラの花びらが舞い散った。セラが驚きに目を見張ると、手紙の中から気品ある声が響いてきた。

『親愛なるセラ。俺は王子エドワーズ。これから君のもとに行くよ。会えるのが楽しみだ。』

 その言葉と共に、純白の手紙は輝きを放ちながら消えていった。

(王子エドワーズ……?)

 セラは一度も王族の人間に会ったことはないし、王子エドワーズについて聞いたこともない。

「な……エドワーズだと?!」

 実はユリウスはロマリア国王弟の息子であり、王族の血を引いている。だが、彼の母親は異国出身の平民であり、王弟の愛人だった。そのためユリウスは王族の一員として認められていない。

(ユリウスは王族の人を嫌いだものね。)

 ユリウスは長い間、王弟の正妃から酷い嫌がらせを受けてきた。それにもかかわらず必死に努力し、最終的に副騎士団長として認められた経緯がある。

 「だいじょうぶよ。私は誰とも結婚するつもりはないわ。」

 「え……。」

 再び、ユリウスは固まってセラをまじまじと見つめる。

 「何よ?私に皇太子と結婚してほしいの?」

 「ダメだ!」

 セラは肩をすくめた。

 「じゃあいいじゃない。」

 「それもよくない。」

 「なぜ?」

 「それは……。」

 口ごもるユリウスをロージィが楽しそうに見ていた。




   ◇◇◇
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