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その3
しおりを挟む11月。
紗織は中学時代の友達、恵美の結婚式に招待されていた。
高校は違うから尚樹とは面識がないが、仲が良かったので尚樹の事は話していたが、流石に浮気の事は言っていない。
恵美の結婚相手は中学の同級生だった。
大学生の時にプチ同窓会をして意気投合し、順調に交際を続けてこの度結婚する事になったという。
紗織は、2人のお祝いに呼ばれて心から嬉しかった。
結婚式は地元の駅近くのホテルで挙げる。
2次会もホテルの最上階のバーを貸し切って開催予定で、紗織は、そのままホテルに宿泊する。
久しぶりに尚樹と離れて過ごす。
あの日から半年が経っていた。
尚樹は、常に紗織を気遣い、愛の言葉を惜しまなくなった。
仕事が終わったら真っすぐに帰宅し、早く終われば食事の準備もする。
洗濯や掃除等の家事も今まで以上に積極的にするようになり、休日も紗織と過ごす事を最優先とし、他の人と約束をしない。
尚樹の気持ちを疑ってはいない。
でも、関係を持った女性と仕事をしている。何事もなかったかのように。
一度出来た心の中の黒いシミは、薄くなるどころか濃くなり、考えるうちにどんどん新しいシミが出来て、今や心の中は真っ黒に塗り潰されていた。
優しくされれば疑い、苦しくなる。別れたら、この苦しみから解放されるのかも知れない。でも、尚樹を失うことより苦しいことなんてない。
紗織は出口のないトンネルの中を歩き続けているようで、早く楽になりたいと思うようになっていた。
尚樹と出会わなければ、尚樹を知らなければ良かった。
出会いから全部忘れて無かったことにしたい。
この気持ちも、全部、死んでしまえばいい。
結婚式は盛大に行われた。
中学の懐かしい同級生が同じテーブルで、大いに盛り上がった。
中学卒業以来の友人もいて、2次会は同窓会のような雰囲気になっていた。もちろん、新郎新婦への祝福もしっかりした。
紗織も、久しぶりに会う友人との話に、最近の鬱々としていた気持ちが少しだけ上向きになり、楽しく過ごすことが出来ていた。
参加者の中の数人は、紗織と同じくそのまま式場となったホテルに宿泊し、明日、現在の住所地に帰宅するようで、最後は、ホテル宿泊メンバーが残り話をするようになった。
その中の1人、冴島陽太は、中学時代の所謂陽キャで、背も高くバレー部のエースで人気がある男の子だった。紗織も仲の良いグループの女子が陽太に片思いしていたので、グループを介して時々話すことがあった。騒がしいことを好まないので、そこまで話すこともなかったが、普通に仲が良い、位の存在だった。
久しぶりにガッツリお酒を飲んで、色々と話していると、つい紗織も皆と同じ様に心の中の鬱憤を吐き出すようになっていた。
「じゃあ、中嶋はその浮気した彼氏と、そのまま結婚するん?」
「だーかーらー、今、そこで『はい』ってすんなり頷けないから、こんなウジウジ悩んでるんじゃん」
「あ~、なんか分かる気がする」
「なんで分かるのよ」
「俺も、初めて付き合った彼女、高2の終わりから4年付き合ったんだけど、浮気されたんだわ」
まさかの、冴島も同じ浮気された経験者だった。
「……なんで、浮気…」
「大事にしてたつもりなんだけどね、大学が忙しくて会う時間が減って、寂しくてって理由で浮気された。しかも、中嶋と違って二股みたいな状態で、2ヶ月くらい同時進行で付き合ってたみたい」
「…それで、彼女とは…?」
「別れたよ」
「……そっ、か」
「最初は、本当に彼女の事が好きで、彼女しかいないって思ってたからショックで、別れたら終わりって思ったら許せないけど許すしかないのか、ってすっげー悩んでさ」
「そっか。同じだ…。それで、別れる決め手になったことって、何かあるの?」
「俺さ、浮気が分かってから、彼女と…出来なくなったんだよね。別の男とヤッたって思ったら、触りたいって思えなくなって。付き合うって体だけじゃないけど、体が拒否してるってことは、もう無理なんじゃないか、って思って。で、別れることにした」
それは、まさに今の紗織の状態だった。
あの浮気の日から、少しずつ尚樹を受け入れようとするのだか、どうしてもセックスをする気になれなかった。抱きしめたり、軽いキスは受け入れられるようになったが、それ以上は出来なかった。
尚樹も『紗織が受け入れられるようになるまで、いつまででも待つ』と言った通り、何も言わずにいる。
ただ、一緒にいてくれることに感謝していた。
「別れて、……良かった?」
「良かったよ。最初は、すっごい辛かったけど。その後1年ぐらいして、また彼女が出来て、その子のこと好きになって楽しくて、また恋愛出来てたと思う。まぁ、残念ながら去年別れたけど。また仕事が忙しくて会えなくてすれ違って、って理由だけど。あ、浮気じゃないよ。でも、俺には恋愛とか向いてないのかなーって落ち込んだ」
「そっか。私、今の彼氏としか付き合ったことなくて、他の人とか考えると、今までの気持ちとか積み重ねたものが無くなるって恐怖でね。でも話聞いて、今の彼氏に固執しなくても、違う幸せもあるのかもね」
「んー、まぁ、わかんないけどね。でも、中嶋は落ち着いた柔らかい雰囲気あって、癒し系って感じだし、顔も可愛いし、すぐ次の彼氏出来ると思うよ?」
「な、何言ってんの?私全然モテたことないし」
「いやいや、彼氏いたからだろ?」
「うーん、でも可愛いとか、多分家族と彼氏以外
では今初めて言われたよ」
「そりゃ、彼氏が囲って睨みきかせてたんだろ」
「いや~、そんな感じの人じゃないと思うけど…」
「どうだろね。会ったことないから分かんないけど。でも、浮気はしたんだよな、ソイツ…」
冴島の眉間に僅かに皺ができる。
「うぅ、抉ってくるね。は~、傷を抉るようだけど、その…、彼女と“出来なくなった”って、…その、アレが…」
「そ、勃たなくなったの。いやー、男の体は正直つーか、デリケートだねー」
「意外と繊細なんだね。明るいしあまり気にしないタイプかと思ってた」
「いやいや。結構チキンだし、落ち込むし、そう見せてるだけよ」
「ははっ、人は見かけによらないね」
「でしょ? ついでに言うと、あの頃、密かに中嶋にほんのり片思いしてた」
「え?全然そんな感じ無かったよね」
「でしょ?チキンって言ったじゃん。それでさ、中嶋。彼氏と、デキないの?」
「…うん。冴島と同じなのかな?女は勃たないとかないから分からないけどね、そういうの」
「……」
暫く沈黙する。冴島が何かを考え込んでいる。
「冴島?」
「あの、さ。俺と…その、ヤッてみる?」
「…ヤッ?は?え?」
「彼氏じゃないやつでも、受け入れられるか試してみる?なんか、中嶋って今、八方塞がりな状態で身動き取れずに悩んでるように見えたからさ。嫌なら別にいいよ。ただ、中嶋の悩んでる事が少し分かる気がするからさ。そこから抜け出す切っ掛けになるかも知れないって思って提案した」
「…」
「変な話だけど、俺は次の彼女が出来てセックスした時、本当に最初の彼女のトラウマみたいなものから解放された気がしたんだよね」
「楽になった…の?」
「んー、そうなるのかな。中嶋も、彼氏以外でも大丈夫ってなったら、今の雁字搦めになった思考から解放されるかもよ?」
彼氏以外となんて、尚樹と同じ浮気じゃないか、と思う反面、冴島の言うことも良く分かった。
尚樹が好き、浮気されて苦しい、いつまでも待つという、でも受け入れられない、いつまでこの地獄が続くのか?
もしかしたら、冴島とセックスすることで、何かが変わるのかも知れない。
「うん、シてみようかな」
「まじで? ダメ元だったけど… いいんだ?」
「うん」
「じゃあ、部屋に行こう」
冴島は紗織の気が変わらないうちに行動に移すことにした。紗織は、冴島の部屋へついて行った。
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