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第三章 フィオレンツァの成り上がり物語…完結!?

05 第三王子は結構前から暗躍していた(1)

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 アレクシス王子との婚約を命じられ、気絶してしまったフィオレンツァ。
 彼女の悲劇?から三年ほど前まで時は遡る。
 

 13歳になったばかりのアレクシスはテッドメイン侯爵家のタウンハウスを訪れていた。内々に決まっていたテッドメイン家の次女パトリシアの婚約を祝うという名目だ。本来高位貴族の令嬢とはいえ王族が婚約が決まったくらいでいちいち祝辞は延べないのだが、パトリシアは王子妃になるための教育を受けるために王宮に通っており、顔なじみだからという理由をつけて押し通した。
 「パトリシア嬢、ご婚約おめでとうございます」
 「わざわざ足を運んでいただき、ありがとうございます、殿下」
 パトリシアはアレクシスが父侯爵に会うために屋敷に来たことが分かっていたのだろう。簡単な挨拶を済ませ形ばかりの祝いの品を受け取ると、ポーリーナ夫人と共にすぐに退室していった。

 「パトリシア嬢のお相手は子爵家をお継ぎになるとか…。よろしかったのですか?」
 二人が部屋から遠ざかった気配を確認してから、テッドメイン宰相に言う。パトリシアほどの身分で父が宰相ともなれば、もっと高位の貴族の跡取りも狙えただろう。そうでなくとも今の結婚適齢期の高位貴族は令息の方が余っているので、令嬢は選べる立場にある。
 「我が家は長女がすでに公爵家に嫁いで後継ぎの男児を生んでおります。嫡男は侯爵家のご令嬢を娶りますし、次女まで高位の貴族に嫁がせては色々言う輩がおりますから…。それにパトリシアはティンバーレイク公爵令嬢やスピネット侯爵令嬢のように強い女ではありませんからね。もし第二王子に婚約破棄を突きつけられたのがパトリシアだったら、あの子は簡単には立ち直れなかったでしょう」
 「なるほど」
 高位貴族の夫人は社交で様々な駆け引きをしなければならない。夫や嫁いだ家に少しでも優位になるよう情報を集めたり、逆に都合の良い噂を流したりと腹芸が必要になる。アレクシスはバーンスタイン夫人のお茶会で何度か見かける程度だったが、確かにパトリシアはおっとりした印象が強かった。テッドメイン宰相の心配も最もだろう。

 「さて、それではこちらにいらした要件をそろそろ伺いましょうか」
 アレクシスは頷くと、互いの従者たちを部屋から出した。
 「今回は相談しに来たんだ。宰相ならば、もう父上たちから僕の結婚相手について聞いていると思って」
 「…それを聞いてどうなさるのですか?」
 「父上はともかく、母上のことだからスピネット家の次女を推してるんじゃないかと。…でもそれだとまずいでしょう?」
 「…」
 アレクシスの言う通りだった。
 テッドメイン宰相はグラフィーラ王妃から、アレクシスの妃にスピネット侯爵家の次女クラーラを迎えたいと言われていた。しかし、クラーラはすでに子爵家の令息と婚約している。彼女をアレクシスの妃にするということは、その婚約を解消させるということだ。ヘイスティングズがスカーレットとの婚約破棄を叫び…実際は婚約直前だったのだが…あれほどの騒ぎになった。だというのに、すでに締結されている婚約を解消させれば今度こそ王家の信頼は大きく揺らいでしまうだろう。
 問題はそれだけではない。もしアレクシスと侯爵家出身のクラーラとの間に男児が生まれれば、王位継承位がかなり高くなる。王太子妃のエステルの実家は有力貴族とはいえ伯爵家なので、万が一にもクラーラの方が先に男児を生んでしまうと継承位争いが起こる可能性があるのだ。かといって、アレクシスと年齢の合う高位貴族の令嬢はもう残っていないのも事実だった。
 「宰相を信用してはっきり言う。…僕はフィオレンツァ・ホワイトリー伯爵令嬢を妻に迎えたい」
 「フィオレンツァ嬢ですか…」
 思わぬ名前が出て、テッドメイン宰相は息を呑む。一度嫡男の婚約が流れかけた時、妻のポーリーナの強い推薦でフィオレンツァを嫁に迎えようとした。結局婚約は破棄されなかったので、彼女の人となりと周辺をある程度調べただけに留まったが…確かに実家が力を失っているという一点を除けば、真面目で身持ちもしっかりしたご令嬢だった。しかも両親が美男美女だったらしく、彼女自身も結構美人だ。スーザン・アプトンが牢に入れられると正式にバーンスタイン夫人の後継者に選ばれ、先日無事に王宮女官になったと聞く。
 「なぜフィオレンツァ嬢を?」
 「まずは、僕が好ましく思ってる」
 「…ほう」
 アレクシスは表情を崩していないが、少し耳が赤くなっていた。
 嘘ではないらしい。
 「あとは他の懸念を解消できるからだ。彼女の実家はエステル嬢の実家のパルヴィン家よりははるかに下位の伯爵だ。間に男児が生まれても王太子の子を脅かすことはない」
 「しかしいくつか年上ですよ?アレクシス殿下が成人する時には二十を超えています。王妃様が反対なさるのでは?」
 「そこは何とかするつもりだよ。…正直フィオレンツァ嬢しか考えられないんだ」
 「初恋はかなわないものですぞ」
 「いいじゃない、どうせ王位は継がないんだ。王弟になれば国政にも関われない。せめて添い遂げる人は好きな女性を選びたい」
 テッドメイン宰相はしばし考えた。確かにクラーラをアレクシスに宛がって余計な火種を作るより、家格的にも人柄的にも無難なフィオレンツァの方が望ましいかもしれない。グラフィーラ王妃は自分の息子の嫁が高位貴族でないことは許せないようだったが、テッドメイン宰相は王妃を押し切ってでも子爵家の令嬢を推薦するつもりだった。臣籍降下するとはいえ初婚の王子の妻が年上というのは異例中の異例だが、条件さえ揃えば確かに悪くない選択だと思えた。
 「ちなみにこの話は他に誰が?」
 「ブレイクを通して王太后様と…あとはスカーレット嬢」
 「スカーレット嬢ですか?なぜ?」
 「ヘイスティングズの婚約破棄の件でティンバーレイク家には貸しを作ったからね。スカーレット嬢はいずれ女公爵になるんでしょう?好感度が高い今のうちに取り込んでおこうと思って」
 「…女公爵のお話は誰から?」
 「母上だよ。口が軽いよね」
 「…」
 「しかもブレイクの奴、何度かティンバーレイク家への使いを頼んでいたら、スカーレット嬢と親しくなったみたいだよ。ちゃっかりしてるよなぁ」
 あなただけには言われたくないでしょうね、と宰相は心の中で突っ込みを入れた。
 「それではフィオレンツァ嬢を婚約者にすべきだと陛下に奏上すればよいのですか?」
 「いや、それは少し待ってほしい。フィオレンツァ嬢は実家の問題が解決しないままだと結婚なんて考えないだろうし、王宮女官になった彼女に母上が手を出す可能性がある。ホワイトリー家に仕掛ける貴族も出てくるだろう」
 「冷静に分析していますね」
 「それだけ本気なんだよ」
 「しかし待つとはいつまで?」
 「とりあえず、僕が成人の儀式を迎えるまで。16歳になったらすぐにやりたいと伝えてある」
 この国での貴族は男子は十六、女子は十四になれば儀式を経て成人と認められる。とはいえこの歳で成人の儀式をする貴族はあまりなく、十七から十八までに儀式をする例がほとんどだ。
 「母上には僕からクラーラ嬢を婚約者にするのは望ましくないと説得する。宰相も父上たちから僕の婚約の話が出てもうまく躱してほしい」
 「…分かりました。できる限りやってみましょう」
 思わぬことに巻き込まれたと思いつつも、やはりアレクシスがクラーラ嬢を妃に迎えた場合の王家の危機を考えれば、彼の案に乗った方がいいに決まっている。テッドメイン宰相は少し疲れた顔で頷いた。


 テッドメイン宰相と密約を交わしてから数日が経ったある日。
 アレクシスはいつものように思い人に贈る花を選んでいた。最初こそ赤い薔薇を選んでいたが、このままでは庭園から赤い薔薇がなくなってしまうと庭師に泣きつかれ、別の花も選ぶようにしている。今日は彼女の髪の色と同じ竜胆(リンドウ)の花にした。
 いつものように手配したところで、入れ替わりにブレイクがやってきた。今はアレクシスの従者ではないが、こうやって定期的に訪ねてくる。
 「今日は竜胆ですか…。愛が日に日に重くなってませんか?」
 「うるさいなぁ。そっちはいいよね、命令を利用してスカーレット嬢とよろしくやってるんだから」
 「言葉には気を付けてくださいよ。まるでとっくに彼女とどうにかなったみたいじゃないですか」
 そうは言うが、どうやら女公爵を賜る予定のスカーレット嬢は、ブレイクを結婚相手としてかなり有力視しているらしい。こっちの気も知らずに暢気なことだ。
 「八つ当たりですか?」
 「そうだよ!僕はフィオレンツァ嬢と親しく言葉も交わせないんだから。見てるだけなんだよ?しかもこれから三年も!!八つ当たりもしたくなるだろ!」
 今フィオレンツァと婚約をしたいと主張しても、アレクシスが成人するまで最低三年は待たなくてはならない。その三年間、フィオレンツァは娘を王子妃にしたい貴族たちの攻撃対象になり続けるだろう。息子をクラーラ嬢と結婚させたいグラフィーラ王妃も黙ってはいないはずだ。今は力も伝手もないホワイトリー伯爵はフィオレンツァの後ろ盾にはなりえない。だからこそ、今はフィオレンツァと距離を置いているのだ。
 薔薇を贈った理由はきちんと伝えたので、自分が好意を持っていることをフィオレンツァは知っているはず。ヨランダによると、花を受け取ると毎回顔を赤くしてため息をつき、たまに眺めてはぼんやりしているという。
 「何その報告…こじらせた初恋、怖い」
 「いちいちうるさい。何しに来たんだ」
 じろりと睨めばブレイクは肩をすくめた。

 「王妃様がどうもやらかしたみたいですよ。早急に手を打たないといけないと思います」

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