貧乏で凡人な転生令嬢ですが、王宮で成り上がってみせます!

小針ゆき子

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第三章 フィオレンツァの成り上がり物語…完結!?

03 家族との再会

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 引き続き会場で仕事を続けていたフィオレンツァの元へ、上司のバーンスタイン夫人が声をかけた。再び同僚に断って席を外せば、見知った顔が夫人の隣で立っている。
 「お父様!ミリウス!」
 三年ぶりに会う父のホワイトリー伯爵と、弟のミリウスだった。
 「フィオレンツァ嬢、少し休憩してきていいわよ」
 「ありがとうございます、バーンスタイン夫人」
 父と弟がこの式典に合わせて王都に入っているのは知っていた。だから式典が終わった後に休みを取ってゆっくり過ごすつもりだったのだが、フィオレンツァが三年半前のあの日に家を出たまま一度も戻っていないことを知っていたバーンスタイン夫人は気を利かせてくれたようだ。あるいは父かミリウスが無理を言ったのかもしれない。

 「姉上、お久しぶりです」
 「本当ねミリウス。しばらく見ないうちに大きくなったわ」
 「ひどいですよ姉上。大叔母様の後継者に決まったのは良かったですが、全然領地に帰ってきてくれないのですから」
 フィオレンツァが王都へと旅立った時に8歳だったミリウスは11歳になった。二ヵ月後に誕生日なのでまた一つ歳をとる。フィオレンツァの胸ほどしかなかった背丈は順調に伸びて頭半分ほどまで迫っていた。今日のように貴族の礼服をまとっていると、なかなか見栄えのいい貴公子に変身できている。
 「ごめんなさい。本当に忙しかったのよ」
 「姉上、無理をしなくていいのですよ。ホワイトリー家はもう貧乏からは抜け出したのですから。いつでも家に帰ってきてください」
 真剣な顔で言うミリウスに、曖昧な笑みだけで返した。ミリウスのことだから、フィオレンツァが一生領地にいてもいいと思っている。だが彼が本格的に結婚相手を探す時、行かず後家の姉がいては良い条件のお嬢さんを向かい入れられなくなる。ちらりと父を見れば、困ったように肩をすくめていた。
 「お前が女官の仕事を楽しんでいるのならあれこれ言うつもりはないが、たまには帰ってきておくれ。最初の一年はミリウスが寂しがって大変だった。おねしょも復活してたしな」
 「父上!」
 ミリウス…。まあ8歳だったら無理もないか。
 「あと手紙にも書いたが、もう援助は必要ない。給金はお前のために取っておきなさい」
 「ですがそろそろお屋敷の改修なども必要なのでは…」
 「それはミリウスが成人して爵位を譲る段階になったらまた考えるよ」
 「…そうですか、分かりました」
 父にそうきっぱり言われては、無理にお金を押し付けることはできない。フィオレンツァはいつか来るミリウスの晴れの日のために取っておこうと決めた。


 「あらぁ、お父様。どうして挨拶に来てくださらないの?」
 そのまま後日の休みの日に会う日時を話し合っていると、甘ったるい女の声がした。ライトブラウンの髪をしたその貴婦人は、ベージュのドレスを緑の艶のある糸で縁どった豪華な装いをしている。
 「ベラドンナか」
 「お久しぶりでございます。そこにいるのはミリウスね、大きくなったわ」
 二番目の姉のベラドンナ。六年前に東の辺境伯プラント家の後継ぎに嫁いでいる。
 当時ホワイトリー家の財政は苦しかったのに何度も王都で行われるパーティーに出席し、豪華なドレスを買い、父や長姉のシャノンは頭を悩ませていた。さらに結婚する際に辺境伯家に支払った彼女の持参金でホワイトリー家は親戚に借金をしたというのに、その後は貧乏な実家に用はないとばかりに手紙の一つもよこさない。
 ホワイトリー伯爵はフィオレンツァの時とは打って変わって眉をしかめ、ミリウスも無表情になった。
 「何の用だ?」
 「まあ酷い。せっかく数年ぶりに会えましたのに」
 「会いに来なかったのはお前の方だろう」
 「辺境伯に嫁入りすれば、簡単に領地からは出られません。お父様とてご存じではございませんか」

 辺境伯とは、その名の通り辺境に領地を与えられた伯爵のことだ。その身分は特別で、侯爵とほぼ同等に扱われ、特権も大きい。ルーズヴェルト王国での五人辺境伯の領地はどれも他国との国境を含んでおり、国防のための爵位なのだ。なのでその家に嫁いだ女性は身分こそ上がるものの、他の貴族のように気軽に王都に遊びに来たりはできない。ベラドンナは嫁ぎ先の流儀は守っているようで、フィオレンツァが王都にいた三年間、一度も彼女が王都に現れたと聞いたことはなかった。

 「直接来れなくとも、手紙の一つくらいはよこせただろう?まさか辺境伯殿が手紙も禁止しているのか?そうだとしたら厳重に抗議するが…?」
 「…そ、それは。もう伯爵家を出た身ですから。もう実家はないものと思っております」
 「なるほど、私たちとお前はもう他人ということか。必死にお前の持参金を捻出してくれた親戚一同やシャノン、そしてお前の借金を返してくれたフィオレンツァに感謝もせずに、薄情なことだ」
 「フィオレンツァが?」
 「フィオレンツァが女官になったことは知っているだろう。フィオレンツァのおかげで傾きかけていた伯爵家の財政は持ち直したのだ。お前は姉なのに妹に尻をぬぐってもらって恥ずかしくないのか?」
 ベラドンナはそこでようやく気が付いたかのようにフィオレンツァを見た。フィオレンツァの紺青の髪は珍しいから気が付かなかったはずはないだろう。わざと無視していたのだ。
 「まあそこにいたのね、フィオレンツァ。相変わらず地味だから気が付かなかったわ」
 「姉上を馬鹿にするな!」
 ミリウスが目を吊り上げる。ベラドンナは少し驚いたようだった。六年も前に家を出た彼女には、フィオレンツァの後ろに付いて回るだけだった大人しい弟の記憶しかない。
 「ミリウスを手懐けているところも昔から変わってないわね。女官になったんですって?女が外で働くなんて…そのうえ二十になるのに結婚もしないでみっともない」
 「いい加減にしろ、ベラドンナ」
 「そうだ、家が苦しかった時、家のことを手伝わずに遊んでばかりいたくせに!」
 「だいたいお前が少しは慎ましくしていればフィオレンツァとて結婚できていたのだ。お前などよりもずっと美しいのだからな!」
 「フィオレンツァ姉上にいつも辛く当たるのは、きちんと綺麗にしたら美しさで負けると分かっていたからでしょう?だからずっと貶めていたんだ」
 「な…、なんですって!?聞き捨てならないわよ、私がその地味女に負けているなんて」

 …はい、現場の中心のフィオレンツァ・ホワイトリーです。
 私のことで家庭内戦争が勃発どころか爆発しているんですが…皆さん気づいてます?私(フィオレンツァ)が一言も発していないことに。お金の話から結婚、そしてなぜか私の容姿の話になっている…何故。しかも三人とも興奮してどんどん声が大きくなっています。どうしよう…パーティー会場のど真ん中でアノ不埒者を召喚するわけにはいかないし。

 「ホワイトリー伯爵様ですね、ご機嫌よう」
 静かだがよく通る声音に、言い争っていた三人はぴたりと口を閉じた。
 救世主の登場である。
 ありがたやー。心の中で拝みながら、フィオレンツァはカーテシーをした。
 「本日テルフォード女公爵を賜りました、スカーレットと申します。ご息女のフィオレンツァ様にはお世話になっておりますわ」
 「こ、これは…ご丁寧に。ナサニエル・ホワイトリーと申します。これは嫡男のミリウスです」
 「は、初めまして。ミリウス・ホワイトリーです。…この度はおめでとうございます」
 「はじめまして、ミリウス様。やっぱりフィオレンツァの弟さんね。幼いのに礼儀正しくてご立派だわ。そう思わないこと、ブレイク?」
 「ああ、私がこのくらいの歳の頃にここまできちんと挨拶できていたかどうか」
 スカーレットはにこにこと微笑んでいる。しかしホワイトリー伯爵の隣にいるベラドンナには目も向けようともしない。ベラドンナがちらちらとスカーレットに視線を送っているが、完全に無視していた。ベラドンナとしては女公爵となり、王太后とも結びつきのあるスカーレットと是非とも誼(よしみ)を通じたいところだろうが、圧倒的に身分が上のスカーレットにベラドンナの方から話しかけることはできないのだ。
 そこへ一人の男性が慌てて近づいてきた。
 「バージルじゃないか。王都に来ていたのか」
 「やあ、ブレイク。女公爵様、ご挨拶しても?」
 「もちろんよ、プラント様」
 ベラドンナの夫である、辺境伯子息のバージル・プラント。さすがに国防の辺境伯の後継ぎだけあって、貴族の礼服の下からも筋骨隆々なのが分かる。ブレイクとは顔なじみだったようだ。
 「プラント家の嫡男バージルと申します。こちらは妻のベラドンナで…」
 「…まあ!プラント様の奥様でしたの?」
 「え、ええ。先ほど話していたのでは…?」
 挨拶の言葉を遮り、驚いた演技をするスカーレットに、バージルは戸惑った顔をする。
 「いえね、先ほどそちらの女官…フィオレンツァ嬢に酷い言葉を投げかけていたから、礼儀知らずな令嬢が女官という職を馬鹿にしていると思って仲裁したのですよ。…あらまあ、よく見れば薹が立っていらっしゃる」
 「な…っ!」
 ベラドンナの顔が一瞬で真っ赤に染まった。怒りでぶるぶると肩が震えている。
 「ご存じ?フィオレンツァ嬢のご実家は少し前まで財政的に苦しくて、しかもお姉様の一人が高位貴族に嫁いだものだから持参金のために借金までしたそうよ。フィオレンツァ嬢は実家を助けるために女官となり、この三年間実家に援助し続けていたの。ねえプラント様、そんなフィオレンツァ嬢の職を馬鹿にして、結婚できない女と哀れむ奥様をどうお思い?それともプラント家の方々は同じ意見なのかしら?」
 「と…、とんでもございません!ご令嬢には申し訳なく…!」
 バージルは米つきバッタのように頭を下げている。というか、この様子だと目の前にいるのが義理の家族だと気づいていない様子だ。持参金云々はあんたたちのことですよ?
 「バージル・プラント様。夫の元ご学友ということで誼を通じたいと思っておりましたが残念ですわ」
 「そ、そんな…」
 「フィオレンツァ・ホワイトリー伯爵令嬢は私の親友です。私の大事な人を蔑ろにする奥様と親しくはできませんの」
 「ホワイトリー…?」
 バージルは青い顔でこちらを振り返った。ようやくフィオレンツァが自分の義妹だということに気づいたらしい。
 「ああそれと、妻の実家が苦しい時に見て見ぬふりをするような無慈悲な殿方もごめん被りますわ。こちらが苦境に立った時に真っ先に裏切られそうで怖いのよ」
 「すまないな、バージル。ホワイトリー伯爵令嬢は僕と妻の間を取り持ってくれた恩人なんだ。奥方の暴言は僕も聞いていた。君との付き合いはこれきりにしてくれ」

 いえいえ、全然身に覚えございませんが。取り持ってないよ?あなた方が勝手にくっついたんですよ?
 フィオレンツァは、自分がどんどんすごい人にされていることに気づく。
 そのうち、フィオレンツァは本当は天の女神なんだよ、虹色の羽が生えているんだよ、とか真顔で言われそうだ。
 バージルはしばらく顔を赤くしたり青くしたり、口をぱくぱくさせたりと百面相をしていたが、やがてフィオレンツァに向かって再度頭を下げた。
 「大変失礼致しました、フィオレンツァ嬢。女公爵様やホワイトリー伯爵様にもご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません。妻から事の次第を聞き、改めて謝罪に伺います」
 「あ、あなた…」
 「お前も頭を下げろ」
 言い訳しようとしたベラドンナだが、夫にぴしゃりと言われて頭を下げた。
 「大変…申し訳ございませんでした」
 そのまま去ろうとする二人に、声をかけたのはホワイトリー伯爵だった。
 「ベラドンナ、嫁いだ以上もはや実家は他人だというお前の気持ちは良くわかった」
 振り返ったベラドンナが愕然とした顔をしている。そんなつもりじゃなかったとでもいうのか。
 「謝罪は必要ない。だが二度と我が伯爵家と関わらないでくれ。せいぜい婚家に媚びを売ることだ…たとえ離縁されたところで、お前の居場所は他人になったホワイトリー家にはないのだからな」

 とうとうバージルとベラドンナが去り、フィオレンツァはほっと息をついた。
 「ありがとうございました、スカーレット様。あそこで間に入っていただかねば、ホワイトリー家が恥をかくところでした」
 ホワイトリー伯爵も頭をかく。
 「お恥ずかしい限りです。ベラドンナがあまりに勝手なことを言うものですからかっとなってしまって」
 「フィオレンツァは私の大事なお友達ですもの。あのように言われて黙っているわけに参りませんでしたわ」
 「スカーレット様…」
 「フィオレンツァ嬢、バーンスタイン夫人が呼んでるみたいだぞ」
 ブレイクに促されて視線をやれば、バーンスタイン夫人が確かにこちらを手招きしていた。さすがに話し込み過ぎたらしい。
 「すみません、皆さん。私は仕事に戻りますので」
 「頑張って、姉上。明後日会いましょう」
 フィオレンツァは仕事へと戻っていった。それを見送ると、スカーレットはホワイトリー伯爵にそっと耳打ちする。

 「伯爵様、大事なお話がありますの。明日、私の屋敷へ来てくださらない?」
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