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第三章 フィオレンツァの成り上がり物語…完結!?
02 ターゲットは第三王子
しおりを挟む式典が終わり、ダンスホールに会場が移った。
フィオレンツァは客たちが勝手に別の部屋に行ったりしないよう確認し、立食パーティーを始めた会場の全体を見渡しているところだ。女性に嫌がらせをしたり、勝手に王宮の装飾品を持ち出す輩がいないかどうか目を光らせる。
「お久しぶりね、フィオレンツァ」
「パトリシア…じゃなくて、デューイ子爵夫人。それにロージー様も!」
声をかけてきたのは、かつて共にバーンスタイン夫人の元で淑女教育を受けたパトリシアとロージーだった。
「私たちだけの時はパトリシアでいいわ。忙しそうね。話せる?」
「少しだけなら。それにしてもロージー様は本当にお久しぶりですね」
「…別にあなたやスカーレット様に会いに来たわけじゃないわ。暇だったから来てあげたのよ」
「相変わらずですねぇ」
同僚に断って、10分ほどの休憩をもらう。女官があまり話し込むのは良く思われないので手短に済ませなければならない。
「お二人とも、お相手は?」
「それぞれの上司に挨拶に行って、そのまま捕まっているわ」
「全く、人が良いんだから…。婚約者を一人で待たせてどういうつもりなのかしら」
「そんなこと言って…。婚約者様と一緒の時はお顔が崩れていましたわよ」
「そ、そ、そ…、そんなわけないじゃない!馬鹿じゃないの!!?」
「まあまあ。ロージー様の式はいつでしたかしら?」
「四ヵ月後ですわ。そろそろ招待状が届くころかしら…?」
「知らないわよ!!」
バーンスタイン夫人の元で王子妃候補として淑女教育を受けた二人だが、第一王子と第二王子がそれぞれ別の令嬢を選んだことで、彼女たちは途中で王宮には上がらなくなった。決して彼女たちに落ち度があったわけではないのだが、王子に選ばれなかった令嬢というレッテルが付く。
彼女たちの父親は慌てて婚約者を宛がった。パトリシアの父のテッドメイン宰相はこうなることを予測していたのか、すぐにとある侯爵家の次男との婚約を整えた。その侯爵家は子爵位を持っており、十ヵ月の婚約期間を経てパトリシアはデューイ子爵夫人となったのだ。つまりあのメンバーの中では一番に結婚した。爵位こそ子爵ではあるが、親元の侯爵家の後ろ盾があるので悪い縁談ではなく、相手とも相性が良かったようでパトリシアは幸せそうだ。
一方のロージーだが、彼女がどちらかの王子妃になると信じていたスピネット侯爵はなかなか娘の縁談相手を見つけることができなかった。一年半もかけてようやく見つけたのが、伯爵家の後継ぎとの婚約だ。一見いい案件に見えたが、この伯爵子息はロージーより13歳年上で、しかも母親である伯爵夫人が苛烈な人物だと有名だった。過去二度ほど整った婚約相手は伯爵夫人の花嫁修業という名のいびりに耐え切れずに逃げ出したという。
しかしそこはロージーである。義母(予定)のいびりに真正面から挑み、戦い、反撃し、そして夕日をバックにしたかどうかは分からないが、男の友情…ではなく義母娘の信頼関係を築いた。同時に母に強く言えない気弱な婚約者の性根も叩き直したらしく、今や相手はロージーにめろめろだ…調教したとも言う。
スカーレットのように鞭装備でないことを祈るばかり……。
「うぅっ」
「!?どうしたの、フィオレンツァ」
「気分でも悪いの?」
突然鼻を抑えてうめいたフィオレンツァにパトリシアとロージーが驚いている。
「だ、大丈夫です。ちょっと鼻血が出そうに…」
「は、はな…」
「貧血ならともかく、あなたが鼻血?」
「は、ははは…」
まさか黒のボンテージとハイヒールと鞭を装備したロージーを想像し、興奮してしまいましたとは言えない。笑って何とか誤魔化した。
またスカーレットを含めた四人でお茶をする約束をし、フィオレンツァは仕事に戻る。会場を再び見渡していると、一部で人だかりができていることに気づいた。中心に貴公子が立っている。
「…アレクシス殿下」
つい口に出してしまい、隣にいた同僚の女官がこちらを振り返った。気のいい女性だが、少しおしゃべりが過ぎる人だ。
「いま一番の注目の独身男性よねぇ、アレクシス王子」
「え、ええ。そうですわね」
アレクシス王子は四、五人の令嬢に囲まれて困った顔をしている。そこへ赤茶の髪をした一人の令嬢が近づいてきて、もともといた令嬢たちを蹴散らした。そしてアレクシス王子の腕に馴れ馴れしくしなだれかかろうとする。アレクシス王子は慌ててよけているが、赤茶の髪の令嬢はしつこく追いかけていた。
「まあ怖い。スピネット侯爵家のクラーラ様だわ」
「クラーラ様って…もしかしてロージー様の妹君ですか?確か婚約者がいましたよね」
「ええ、少し離れて所作なさげにしているのが婚約者の方だったはずよ。お可哀そうにぞんざいに扱われて…。婿入りする予定だから逆らえないのね」
言われて見れば、アレクシス王子にまとわりつくクラーラ嬢を悲壮な顔で見つめている令息が確かにいる。
「クラーラ様はもしかして…」
「ええ。姉君のロージー様が王子妃になれなかったでしょう?しかもアレクシス王子のお相手の候補だったエステル様が王太子妃に。だからアレクシス王子の妃になるのは自分だと息巻いているようね」
「そんな馬鹿な…」
ユージーン王太子に選ばれたエステルは、五ヵ月前に結婚して王太子妃となっていた。アレクシス王子と年齢の合う高位貴族の令嬢はエステルとクラーラだけと言われていたので、エステルがユージーン王太子と結婚した以上、相手は自分しかいなくなったと思っているのだろうか。しかしクラーラは三年前にはすでに今の相手と婚約していた。相手は子爵家の次男らしいが、いくら格下だからといって貴族の婚約を簡単に破棄できるものではない。それをしたからこそヘイスティングズ王子は失脚したというのに。
そんな話をしている間にも、クラーラはアレクシス王子にしつこく言い寄ろうとしている。さすがに間に入ろうかとフィオレンツァが足を踏み出しかけた時、淑女らしからぬ大股で彼らに近づき、クラーラを捕獲したのはロージーだった。後を追うようにスピネット侯爵がやってきて、アレクシス王子に頭を下げている。
「良かった…」
「ロージー様もお可哀そうにね。王子妃に選ばれなくて影で笑われ、やっと婚約者が決まったと思ったら妹が娼婦の真似事をしているんだから」
「…ご家族はクラーラ様をお諫めしているようですわね」
「それがそうでもないらしいのよ。母君のスピネット侯爵夫人がクラーラ様を煽っているらしいの」
「そうなのですか?」
「どうやら王妃様がアレクシス王子の妃は家格的にもクラーラ様しかいない、とどこかのお茶会で口にしてしまったようなのよね。侯爵夫人は真に受けてクラーラ様と子爵家との婚約を破棄しようとしているらしいの。それに侯爵様とロージー様が反対されて、スピネット侯爵家はいま真っ二つらしいわ」
「クラーラ様は婿を取ってスピネット侯爵家を継ぐ予定だったのですよね?アレクシス王子をスピネット侯爵家に取り込もうと?」
「そうともとれるけど、怖ーい噂があるわよ」
「…」
「クラーラ様はアレクシス王子と結婚したら、王太子夫妻を害してアレクシス王子を立て、王位を簒奪しようとしているって」
「そうなりますね」
おしゃべりな女官の噂話だが、大げさだと笑い飛ばすこともできない。アレクシス王子が王太子妃のエステルの実家よりも家格が上の家の令嬢を婚約者に据えれば、必ず出てくるだろう話だ。たとえユージーン王太子がそのまま王位を継いでも、子供が生まれた後でとやかく言う者が必ず出てくるだろう。伯爵家出身のエステルの腹から出た子よりも、上の家格の女性の子の方が王位に相応しいと。
クラーラは婚約破棄という愚かな行為だけでなく、その当たり前に訪れる危機にも目を向けていない。
クラーラ・スピネットの行動は、王宮に新たな火種が放り込まれたと感じさせるものだった。
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