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本編

07 長女は見ていた(ヴァレンティーナ視点)

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 私はヴァレンティーナ。
 ギャレット・トムリンソン男爵と、正妻のケイトリンの間に生まれた長女だ。
 自分で言うのもなんだが、私は結構美少女だ。
 黒髪にアンバーの瞳はお父様から受け継いだ色だが、顔立ちは「トムリンソンの白百合」と称えられるお母様に似た。
 悩みは目尻が吊り上がり気味なことだ。
 「意地が悪そう」とか「気が強そう」と陰口をたたかれるのはまだ良い方で、お茶会で知り合った年下の男の子と目が合った瞬間に号泣された時は本気で落ち込んだ。
 妹のティファニーは「お姉さまは美人で羨ましい」とよく言ってくるが、私はお母様のすみれ色の瞳とお父様の優し気な顔立ちを受け継いだティファニーこそ羨ましい。
 とはいえ私の生まれたトムリンソン男爵家はとても裕福で、私と妹は何不自由なく育った。
 お父様には本当に甘やかされ、このきつい顔立ちの私を「天使のように可愛い」と言ってくる程には溺愛して下さった。
 だがそんな幸せな日々は突然終わりを迎えてしまった。
 私が7歳の時、愛するお父様が病で急死されたのだ。
 するとお母様と私たちはトムリンソン男爵家を出なければならなくなった。
 別に新しい当主になった叔父様が意地悪をしたのではなく、この国の法で決まっていることらしい。
 通常ならばお母様の実家であるウォーターハウス侯爵家に行くのが筋なのだが、お母様は実家とは折り合いが悪く、それができないらしかった。
 叔父様はいつまでも家にいていいと言ってくださったが、お母様は男爵家から籍を抜いて平民になることを選んだ。
 私たちもこれまでのような生活ができないと言い聞かされて覚悟していた。
 そうしてお父様の葬儀やら財産の整理やらで半年が経った頃、思わぬ話が舞い込んだ。
 是非お母様を娶りたいという人物が現れたのだ。
 豪商として有名な、バーノン・ガルシアという男だった。
 バーノン・ガルシアとお母様の間にどんな話し合いがあったのかは分からない。
 だが結果的にお母様はガルシアと再婚する道を選んだ。
 きっと私たちの存在が後押ししたのだと思う。
 私はヴァレンティーナ・ガルシアになった。

 「ヴァレンティーナよ。よろしくね、エラ」
 ガルシアには、ティファニーと同じ年の娘がいた。
 名前はエラ。
 妖精かと見まごうほどの美少女で、顔に自信のあった私の鼻っ柱は見事に叩き折られた。
 ガルシアは外国の商品を主に扱う商人で、長期間留守にすることが多い。
 そこで身元のしっかりしたお母様のような女性を後妻として選んだようだった。
 「綺麗なお姉さまが二人もできてうれしいです」
 エラははにかんだように笑ったがその水色の瞳には熱がなく、私は少しぞっとした。
 エラが整った人形のように整った顔立ちだったのでそう思ったのかもしれない。
 でも私はなんとなく不安を感じた。

 そしてその不安は的中した。 
 何事もなかったのは最初の数日だけ。
 ガルシアが家を空けた途端、エラは暗躍し始めた。
 そのやり方が、7歳とは思えないほど実に巧妙だった。
 まずはお母様が作った食事を拒否し始めた。
 「ご馳走様でした」
 「まだ半分も食べてないわ。…エラ、もしかして美味しくなかった?」
 「…食欲がないの」
 「昨日も残していたじゃない。具合が悪いの?」
 「何でもないわ!食べたくないの!!」
 「エラ!」
 そんなやり取りをして食事をストライキすること数日。
 でも執事のマシューが持っていくパンや水はしっかり取っているので死ぬことはない。
 お母様はエラが父親の突然の再婚に不安を覚えていると思っていたようだが、そんな可愛いものではなかった。
 エラは突然ガルシア家に来た私たちの存在を憎み、それを消し去ろうと躍起になっていたのだ。
 一度戻ったガルシアがさらに長期の仕事に出発すると、彼女は本格的に行動し始めた。
 町の人たちに嘘を吹き込み始めたのだ。
 「新しく来た継母と義姉たちは、前妻の自分を邪魔に思っていじめてくる」
 「満足に食事を食べさせてもらえず、マシューが夜中にこっそり持ってきたパンで凌いでいる」
 「父がいない間は自分にぼろを着せて灰まみれにし、シンデレラ(灰まみれのエラ)と呼んで哂ってくる」
 愛らしい容姿のエラの訴えに、町の人々はころりと騙された。
 一方で、彼女は私たちを挑発した。
 執事のマシューとしか話さず、私たち三人とは目も合わせない。
 私のいらいらは頂点に達した。

 「いい加減にしてよ、エラ!どうして私たちを無視するのよ!!」
 ある日私はエラを捕まえて怒鳴りかかった。
 エラは黙って下を向いている。
 「何とか言いなさい!」
 「やめなさい、ヴァレンティーナ。大きな声を出さないで」
 「でも、お母様…!」
 「エラ…。私たちを急に家族として認めるのが難しいのはわかるわ。でも食事はきちんととってちょうだい。お父様が心配なさるわ」
 お母様は優しく諭すが、エラは黙ったままだ。
 いつまでこんなことが続くのだろうか。
 正直私は限界だった。

 トントントン…。

 その時、玄関をノックする音が聞こえた。
 「どなた?」
 「町長のマリクです。突然申し訳ない」
 マリク町長?
 何しにきたのかしら。
 ティファニーがドアを開けると、マリク町長が愛想笑いで入ってきたが、顔が少しこわばっていた。
 …まさか!!
 皆が町長に意識を向けていたが、私だけはうつむいていたエラの顔を覗き込んだ。
 エラは今まで見たこともないような、邪悪な笑みを浮かべている。
 しかしすぐにその笑みは消え、彼女は体を震わせ始めた。
 まるで泣いているようにも見える。
 「ご、ごめんなさい」
 「は?」
 突然謝り始めたエラに、お母様は驚いたようだった。
 この流れでどうして謝るの?と思ったことだろう。
 「ごめんなさい、ごめんなさい…」
 エラは弱弱しい声でそう言うと、足早に自室に駆け込んでしまった。
 マリク町長はこの場面をどう見たのだろう。
 その結果は二か月後、最悪の形になって現れた。

 町に一人で出ていたティファニーが、エラの嘘を信じた悪ガキたちに怪我をさせられたのだ。
 当然お母様の怒りは爆発した。
 これまでエラに平和的に諭すような態度を取っていたとは思えないほど、その行動は素早かった。
 素早くあの忌まわしい町を出て体裁を整えると、弁護士を通じてガルシアに離婚を突き付けたのだ。
 やはりお母様もエラの態度に不信を募らせていた。
 ガルシアにとっては青天の霹靂だっただろう。
 商人だけあって人を見る目があるはずのガルシアだったが、娘の邪悪さには気が付かなかった。
 そう思えばガルシアも被害者なのかもしれないが、彼は現状のままお母様との婚姻を継続することを望んだ。
 それはつまり、エラやエラの嘘に踊らされる町人たちを放置し、私たちだけに我慢を強いるということだ。
 お母様とガルシアの一度目の離婚協議は平行線に終わった。
 さらに娘と妻の板挟みになったガルシアが仕事に逃げたことで、協議は長期化するかと思われた。
 ところが…。

 「バーノン・ガルシア氏が、事故に巻き込まれてお亡くなりになりました」

 お母様はまたしても未亡人になり。
 そして私とティファニーは義理とはいえ父を亡くした。
 知らせを聞いた直後は取り乱していたお母様だったが、翌日には冷静に葬儀に向かう準備をしていた。
 私たちは同行を許されなかった。
 ただ、母が何をしにあの忌まわしい町に戻るのかはよくよく言い聞かされた。
 「ヴァレンティーナ、ティファニー…。私はガルシア家とは正式に縁を切るつもりです。どういうことかわかる?」
 「いいえ」
 隣でティファニーも首を振っている。
 ガルシアは死んだのに、縁を切るってどういうことだろう。
 「ガルシアとの離婚は成立しないまま、彼が亡くなってしまいました。ガルシアの莫大な遺産はエラだけでなく、妻の私と義理の娘であるあなたたちで等分されるのよ、本来ならね」
 「遺産…」
 「でも、私はエラとはこれ以上一緒に暮らせないと思っています。ガルシアの親族に彼女を預け、遺産もその方にお譲りするつもりです。あなたたちの分も含めて…」
 まだ9歳になったばかりの私には難しい話だったが、ようはお金を取ってまた邪悪なエラと一緒に暮らすのか、あるいはお金もエラも別の人にあげてしまうのか、二択の段階ということだろうか。
 そしてお母様は後者を選んだ。
 「私はお金なんていりません。エラとは二度と会いたくありません」
 「…私も、別に貧乏でもいいわ」
 私もティファニーも、お母様の決断を後押しした。
 そして弁護士のアッカーさんを連れてガルシアの葬儀に向かったお母様は、宣言通りガルシアとの縁を切ってきた。
 私は平民の、ただのヴァレンティーナになった。

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