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館編

混乱

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「ひとつお教えして差し上げます。私があなた方7名をこの館に招くまでに声をかけた人数、約400名。その中で私の話を聞いてくださった方はたったの16名でした。更に説明を重ね、人は減り……ここに居る7名を集めるまでに、私は相当な労力と時間を費やした」
 
 諭すような、穏やかな表情と声色。でも芹の言葉端は徐々に速度を上げる。
 
「言っている意味わかります? 大抵の人間は、こんな奇妙で不審な話には乗ってこないのです。皆さま相当な事情を抱え、どうにも回らなくなった首で必死に見つけた唯一のすがるべき糸が、この私との契約だったのでしょう?」
 
 海里はそっと顔を上げた。芹は真顔で、その目は恐ろしいほど真っ黒だった。
 
「全ての決定権は私にある。契約日数を満了する前に館を出た者は……そうですね。大柳佐和子様と同じ運命を辿ってしまう、かもしれませんねえ」
「そ、それって」
 
 “佐和子を殺したのは芹” この瞬間、皆の脳裏にその考えがよぎった。
 
「いやはや。それでもまあ、大柳様の死は大変痛ましいことです。井無田」
「はっ」
 
 いつの間にかそこに居た井無田は、権堂が写真を撮り終えていることを確認すると、慣れた手つきで佐和子を抱き上げた。
 
 その背に刺さった刃物を、芹が力任せに引き抜く。
 
 グニっと曲がった刃先に生々しく付着する血液に、段田は思わず手で口を覆った。
 
「これはペインティングナイフですね」
「ペインティング?」
「絵を描く時に使う画材ナイフです。絵具を伸ばしたり削ったりする」
 
 権堂の疑問に、芹はナイフを掲げたまま悠々と説明する。その光景に段田は眼球を揺らし、千聖はたまらず怪訝な顔を見せた。
 
「それ下げてよ。見ていられない」
「あ!」
 
 突然大声を上げたのは権堂だ。
 
「芹には治癒能力があるじゃねえか。治せないのかよ?」
「申し訳ございません。少しでも命の灯火が在れば対処も出来たのですが、亡くなった方を蘇らせる力はないのです」
 
 その時、階段を登ってくる足音がひとつ。
 
「あれ。みんな、何やってんの?」
 
 マリアが状況を把握しようときょろきょろと見回せば、すぐに井無田に抱えられた佐和子の異変に気がついた。
 
「おばちゃん、どうしたの?」
「亡くなりました」
「へ?!」
 
 芹の手に握られている血のついた刃物に目をやると、マリアは抱えていた荷物を床に落とした。
 
「なんで?!」
「背中を刺されてここに倒れているのを、竹林さんが見つけたんだよ。君は今までどこに?」
「マリアは庭に出て絵を描いて——」
「絵? まさかさっきのナイフ、君の持ち物なんじゃ」
「は?」
「ペインティングナイフ。絵を描く時に使うナイフなんだろう? それが大柳さんの背中に刺さっていたんだよ」
 
 海里が言えば、マリアは胡桃くるみみたいにまんまるな目を更に大きく見開いた。
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