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【第1部】転落編
クビ
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1月10日(月)——
年も明け、正月気分からだんだんと日常を取り戻し始めたこの日。会社に入った1本の電話によって、海里の人生に暗雲が垂れ込みはじめた。
「おたくの社員の、野中海里さん? うちから借金しとるんですわ。早く返すように言うてもらえませんかねえ」
ひっきりなしにかかってくるこの手の電話で、先ず業務に支障が出た。
ことの成り行きを知る上司は気にするなと収束を待ったが、事態は悪化する。
「野中。ちょっといいか」
「はい」
会議室に呼び出されると、そこには直属の上司の他に人事部部長と弁護士がいた。
「お前の悪事が書かれた内容の文書が、多数の取引先にメールで送りつけられている。この内容は事実か?」
上司が卓上に滑らせた1枚の紙が、海里の元へ。紙を掴み上げた海里の手は震えていた。
“野中海里には万引き、痴漢の前科あり。妙なフィギュアが趣味な変態ヤロウ”
プリントアウトされたメールの文書に、海里は脂汗を滲ませる。
「ま、待ってください。前科なんかありませんよ! フィギュアが趣味なのは事実ですけど、家に数体あるだけで。それがなんの罪になるって言うんですか!」
罪——目の前の弁護士の存在が、海里の口調と心臓を速くする。ちらちらと目を合わせれば、弁護士はにっこり笑って口を開いた。
「野中さんにはなんの罪もありません。ですがトラブルが起きた以上、対処をしなければならない。まあ、そう身構えずに」
灰色のスーツに赤いネクタイ、茶色の革靴。若くして出世した為か、どこか見下した視線を向けられているような気がして。海里はそっと顔を伏せた。
「それでなんだがな、野中。お前、最近やたらと休日出勤も多いし、休みなしだろう。ほとぼりが冷めるまで会社には来なくていい。たまにはゆっくり休め」
顔を上げる海里。意見しようと口を開くも、上司は海里の肩を強めに叩いて言葉を続ける。
「心配するな。お前の抱える案件は、大した手間でもないんだ」
「待ってください!」
「後のことは人事がやってくれる。わかったら午後から早退しろ、な?」
有無を言わさず去っていく上司。人事部長が今後のことを淡々と説明するが、海里の耳には何ひとつ入って来なかった。
「復帰後、もしかしたら部署が変わることもあるかもしれないですが、そこは今回の件とは切り離して考えてください。あくまでも会社の方針ですから」
これには流石の海里も察した。これは事実上のクビだ、と。
営業部に戻り、デスクの私物をまとめる。コソコソと話す女子社員の視線に一瞬顔を上げれば、しれっとした態度で顔を背けられた。海里は片付けの手を早め、居た堪れない面持ちで部署を後にする。
エレベーターを降り、社員証をゲートにかざしてから出口に向かっていると、後ろから声をかけられた。
「あ、それ……」
警備員は海里の社員証を見つめる。
「回収するようにと、連絡が」
気まずそうにする警備員。海里は素直にホルダーに入った社員証を首から外し、渡した。
「お世話に、なりました」
年も明け、正月気分からだんだんと日常を取り戻し始めたこの日。会社に入った1本の電話によって、海里の人生に暗雲が垂れ込みはじめた。
「おたくの社員の、野中海里さん? うちから借金しとるんですわ。早く返すように言うてもらえませんかねえ」
ひっきりなしにかかってくるこの手の電話で、先ず業務に支障が出た。
ことの成り行きを知る上司は気にするなと収束を待ったが、事態は悪化する。
「野中。ちょっといいか」
「はい」
会議室に呼び出されると、そこには直属の上司の他に人事部部長と弁護士がいた。
「お前の悪事が書かれた内容の文書が、多数の取引先にメールで送りつけられている。この内容は事実か?」
上司が卓上に滑らせた1枚の紙が、海里の元へ。紙を掴み上げた海里の手は震えていた。
“野中海里には万引き、痴漢の前科あり。妙なフィギュアが趣味な変態ヤロウ”
プリントアウトされたメールの文書に、海里は脂汗を滲ませる。
「ま、待ってください。前科なんかありませんよ! フィギュアが趣味なのは事実ですけど、家に数体あるだけで。それがなんの罪になるって言うんですか!」
罪——目の前の弁護士の存在が、海里の口調と心臓を速くする。ちらちらと目を合わせれば、弁護士はにっこり笑って口を開いた。
「野中さんにはなんの罪もありません。ですがトラブルが起きた以上、対処をしなければならない。まあ、そう身構えずに」
灰色のスーツに赤いネクタイ、茶色の革靴。若くして出世した為か、どこか見下した視線を向けられているような気がして。海里はそっと顔を伏せた。
「それでなんだがな、野中。お前、最近やたらと休日出勤も多いし、休みなしだろう。ほとぼりが冷めるまで会社には来なくていい。たまにはゆっくり休め」
顔を上げる海里。意見しようと口を開くも、上司は海里の肩を強めに叩いて言葉を続ける。
「心配するな。お前の抱える案件は、大した手間でもないんだ」
「待ってください!」
「後のことは人事がやってくれる。わかったら午後から早退しろ、な?」
有無を言わさず去っていく上司。人事部長が今後のことを淡々と説明するが、海里の耳には何ひとつ入って来なかった。
「復帰後、もしかしたら部署が変わることもあるかもしれないですが、そこは今回の件とは切り離して考えてください。あくまでも会社の方針ですから」
これには流石の海里も察した。これは事実上のクビだ、と。
営業部に戻り、デスクの私物をまとめる。コソコソと話す女子社員の視線に一瞬顔を上げれば、しれっとした態度で顔を背けられた。海里は片付けの手を早め、居た堪れない面持ちで部署を後にする。
エレベーターを降り、社員証をゲートにかざしてから出口に向かっていると、後ろから声をかけられた。
「あ、それ……」
警備員は海里の社員証を見つめる。
「回収するようにと、連絡が」
気まずそうにする警備員。海里は素直にホルダーに入った社員証を首から外し、渡した。
「お世話に、なりました」
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