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喪失
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「君、やっぱりグラスの謎を解いていたんだね。優秀というか、命知らずというか」
要は嘲笑の眼差しで遥を見ていた。
「全ての黒幕は神野要、あなただった」
「ええ。でもそれを知ってどうするんです? 警察やマスコミに言いますか」
「そんなことをしても意味はないんでしょうね」
「いかにも」
麻耶に寄り添われている洋平は、俯いたまま黙っている。
「不老不死の作り話、宣告者や摂取者の内容を洋平さんに吹き込み、実行させたのはあなたですか」
「ええ」
「正和さんが鉱山に出した捜索隊を、一回きりでやめさせたのも?」
「そうです。あの状況では、麻耶さんも洋平さんも自身が生きていると名乗り出ることはないと思いましたので、それを正和さんのお父様に進言し、捜索を止めさせました」
「お父様?」
「この島での私の協力者です」
要はにっこりと微笑んだ。
「言っておきますが、君は私の敵ではありませんでした。きよ香さんに花を差し上げ、聡子さんにはあの鉱山を抜けるためのマスクを手渡し、あなた方がこの島に来るきっかけを作った。更に壁張蔵の鍵を開けておき、この蔵下にプールしていた青池の金も発見させてあげました。正和さんの行動は暴走です。私の花を勝手に看護師に使ってしまったことも含めて手を焼いていたんです。器であった政尚さんも殺してしまうし……おかげで、繰上げでこの身体に」
自身のスーツの襟元を正しつつスラスラと喋る要に異常さを感じながらも、遥は怯んだ姿を見せないように努めた。
「きみは健司さん同様に知りすぎた。金を見つけて満足すればよかったものを、この通路を抜けてその先の部屋まで行ってしまうなんてね」
要の圧に耐えかねた遥は、視線を麻耶に移すと諭すように語りかける。
「麻耶さん、目を覚ましてください。隣のその彼は本当に洋平さんなのですか。顔は見えずともその、随分と雰囲気がお若く見えますが」
「洋平よ」
麻耶の声に迷いはなかった。
「清八さん! これがあなたの望んだ未来なんですか!?」
「麻耶には幸せでいてほしいんだ」
遥は涙目になる。
穏やかで可愛らしく、博史に目一杯の愛情を伝えていた麻耶の姿はもうどこにもない。
こんなの、幸せなんかじゃない。
「きみ、本当に無駄なことをするね。それ何の涙? そっとしておけば幸せなのにほじくり返して真実を突きつけて、そのうえ勝手に泣いて? 馬鹿じゃないの」
要は面倒くさそうに左の掌を広げて遥に向けた。
「よく頑張ったけど、もう用済みだ」
要の親指と中指が合わさる。
そうして要が指を弾きそうになるパフォーマンスに嫌な予感がした寸刻、遥の身体は思い切り後方に引っ張られて、一瞬のうちに目の前に背中が現れた。
「今すぐその手をおろせ」
聞き慣れた声。見慣れた背中。
こんなヒーローみたいな登場は似合わない、と遥は溢れそうだった涙を振り払う。
「先輩、いくら友達いないからってこんなところに一人できたらダメっすよ」
そう言って振り返った翔太は遥に笑顔を見せた。その様子を、要は冷めた目で見る。
「白井翔太だっけ、今は」
「お前は随分若いな」
「大して変わらないだろう」
互いに一歩でも動けば何かが始まる、そんな雰囲気だった。翔太は遥を庇いながら清八に視線を向ける。
「清八さんは俺の後ろに回って」
「でも麻耶が」
「俺を信じてください。必ず、連れて帰りましょう」
翔太の表情に清八は頷き、言われた通りにする。要はそんな二人のやりとりに眉をひそめた。
「困るなあ、そんなに自信満々な顔されちゃ。簡単にはいかないよ。言っておくけど、もうあんたの知っている頃の私じゃない」
「だろうな。ごちゃごちゃしててなんか気持ちが悪いもん、お前」
要は更に顔を歪ませると、その背に何本ものロープや蛇のような影をうねらせ始める。この様子は決して比喩でなく、実態を目視できた遥や清八は怯んで一歩も動けなかった。
この状況に、翔太の顔には脂汗が滲む。
「取引をしないか」
いうと、翔太はポケットからビー玉大の艶めく碧色の石を取り出した。それを見た要は顔色を変える。
「これをやるよ。だから麻耶さんをこちらに渡してほしい」
翔太の手元を見つめながら少し考えた要は、背中の影をゆっくりと引っ込めた。
「その石をこちらに渡すことは、あんたにとって不都合なんじゃないのか」
「人命には変えられない」
即答する翔太に不快感を露わにする要だったが、すぐに真顔に戻す。
「いいだろう。洋平はもらっていくが、この女は諦めるよ」
「そんな! 私も……私も一緒に連れて行ってください!」
麻耶は縋るように要に手を伸ばした。要はそれを避け、洋平を抱えて一歩後ろへ下がる。
「石をよこせ」
「待って!」
狼狽える麻耶を横目に、翔太は石を投げた。空中で放物線を描いたそれは、要の掌にすっぽりと収まる。
「また会おう。兄さん」
要は指を鳴らし、洋平と共に一瞬でその場から消えた。
「待って……行かないで、洋平……」
彷徨うように辺りを見回しては声を振るわせ、麻耶の目は見えていない時よりもずっと多くを見失っているように遥には思えた。
清八はへたり込む麻耶を悲しそうに見つめたあと、視線はそのままに口を開く。
「あなたたちは何者なんですか。我々は今まで、一体何を? これから、私たちはどうやって生きていけばいい?」
清八の怒りの混じった問いかけに、翔太は穏やかに返す。
「全部、忘れたいですか?」
「え?」
「ここで起きたこと、要のことを忘れたいのならそうして差し上げます。その代わり、洋平さんは行方不明のまま一生見つかることはない。麻耶さんの目も見えない状態だった頃に戻ります」
「それで麻耶は苦しまずに済むのか」
「それは清八さん、あなた次第かと」
清八はまっすぐに翔太を見た。
「……頼む」
「わかりました」
翔太は右の掌を広げ、ゆっくりと親指と中指を合わせた。
「待って、翔太にはまだ訊きたいことが」
「ごめんね。先輩」
指が弾かれる。
切なげに微笑む翔太の顔が、遥の目の前から消えた。
要は嘲笑の眼差しで遥を見ていた。
「全ての黒幕は神野要、あなただった」
「ええ。でもそれを知ってどうするんです? 警察やマスコミに言いますか」
「そんなことをしても意味はないんでしょうね」
「いかにも」
麻耶に寄り添われている洋平は、俯いたまま黙っている。
「不老不死の作り話、宣告者や摂取者の内容を洋平さんに吹き込み、実行させたのはあなたですか」
「ええ」
「正和さんが鉱山に出した捜索隊を、一回きりでやめさせたのも?」
「そうです。あの状況では、麻耶さんも洋平さんも自身が生きていると名乗り出ることはないと思いましたので、それを正和さんのお父様に進言し、捜索を止めさせました」
「お父様?」
「この島での私の協力者です」
要はにっこりと微笑んだ。
「言っておきますが、君は私の敵ではありませんでした。きよ香さんに花を差し上げ、聡子さんにはあの鉱山を抜けるためのマスクを手渡し、あなた方がこの島に来るきっかけを作った。更に壁張蔵の鍵を開けておき、この蔵下にプールしていた青池の金も発見させてあげました。正和さんの行動は暴走です。私の花を勝手に看護師に使ってしまったことも含めて手を焼いていたんです。器であった政尚さんも殺してしまうし……おかげで、繰上げでこの身体に」
自身のスーツの襟元を正しつつスラスラと喋る要に異常さを感じながらも、遥は怯んだ姿を見せないように努めた。
「きみは健司さん同様に知りすぎた。金を見つけて満足すればよかったものを、この通路を抜けてその先の部屋まで行ってしまうなんてね」
要の圧に耐えかねた遥は、視線を麻耶に移すと諭すように語りかける。
「麻耶さん、目を覚ましてください。隣のその彼は本当に洋平さんなのですか。顔は見えずともその、随分と雰囲気がお若く見えますが」
「洋平よ」
麻耶の声に迷いはなかった。
「清八さん! これがあなたの望んだ未来なんですか!?」
「麻耶には幸せでいてほしいんだ」
遥は涙目になる。
穏やかで可愛らしく、博史に目一杯の愛情を伝えていた麻耶の姿はもうどこにもない。
こんなの、幸せなんかじゃない。
「きみ、本当に無駄なことをするね。それ何の涙? そっとしておけば幸せなのにほじくり返して真実を突きつけて、そのうえ勝手に泣いて? 馬鹿じゃないの」
要は面倒くさそうに左の掌を広げて遥に向けた。
「よく頑張ったけど、もう用済みだ」
要の親指と中指が合わさる。
そうして要が指を弾きそうになるパフォーマンスに嫌な予感がした寸刻、遥の身体は思い切り後方に引っ張られて、一瞬のうちに目の前に背中が現れた。
「今すぐその手をおろせ」
聞き慣れた声。見慣れた背中。
こんなヒーローみたいな登場は似合わない、と遥は溢れそうだった涙を振り払う。
「先輩、いくら友達いないからってこんなところに一人できたらダメっすよ」
そう言って振り返った翔太は遥に笑顔を見せた。その様子を、要は冷めた目で見る。
「白井翔太だっけ、今は」
「お前は随分若いな」
「大して変わらないだろう」
互いに一歩でも動けば何かが始まる、そんな雰囲気だった。翔太は遥を庇いながら清八に視線を向ける。
「清八さんは俺の後ろに回って」
「でも麻耶が」
「俺を信じてください。必ず、連れて帰りましょう」
翔太の表情に清八は頷き、言われた通りにする。要はそんな二人のやりとりに眉をひそめた。
「困るなあ、そんなに自信満々な顔されちゃ。簡単にはいかないよ。言っておくけど、もうあんたの知っている頃の私じゃない」
「だろうな。ごちゃごちゃしててなんか気持ちが悪いもん、お前」
要は更に顔を歪ませると、その背に何本ものロープや蛇のような影をうねらせ始める。この様子は決して比喩でなく、実態を目視できた遥や清八は怯んで一歩も動けなかった。
この状況に、翔太の顔には脂汗が滲む。
「取引をしないか」
いうと、翔太はポケットからビー玉大の艶めく碧色の石を取り出した。それを見た要は顔色を変える。
「これをやるよ。だから麻耶さんをこちらに渡してほしい」
翔太の手元を見つめながら少し考えた要は、背中の影をゆっくりと引っ込めた。
「その石をこちらに渡すことは、あんたにとって不都合なんじゃないのか」
「人命には変えられない」
即答する翔太に不快感を露わにする要だったが、すぐに真顔に戻す。
「いいだろう。洋平はもらっていくが、この女は諦めるよ」
「そんな! 私も……私も一緒に連れて行ってください!」
麻耶は縋るように要に手を伸ばした。要はそれを避け、洋平を抱えて一歩後ろへ下がる。
「石をよこせ」
「待って!」
狼狽える麻耶を横目に、翔太は石を投げた。空中で放物線を描いたそれは、要の掌にすっぽりと収まる。
「また会おう。兄さん」
要は指を鳴らし、洋平と共に一瞬でその場から消えた。
「待って……行かないで、洋平……」
彷徨うように辺りを見回しては声を振るわせ、麻耶の目は見えていない時よりもずっと多くを見失っているように遥には思えた。
清八はへたり込む麻耶を悲しそうに見つめたあと、視線はそのままに口を開く。
「あなたたちは何者なんですか。我々は今まで、一体何を? これから、私たちはどうやって生きていけばいい?」
清八の怒りの混じった問いかけに、翔太は穏やかに返す。
「全部、忘れたいですか?」
「え?」
「ここで起きたこと、要のことを忘れたいのならそうして差し上げます。その代わり、洋平さんは行方不明のまま一生見つかることはない。麻耶さんの目も見えない状態だった頃に戻ります」
「それで麻耶は苦しまずに済むのか」
「それは清八さん、あなた次第かと」
清八はまっすぐに翔太を見た。
「……頼む」
「わかりました」
翔太は右の掌を広げ、ゆっくりと親指と中指を合わせた。
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