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第一章 悪魔との契り
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「ふぅ……」
べちゃりと音を立てて、床へ落ちる生ゴミ。
殺されたというのに、その顔は幸せそうで、私以上に狂っていると思う。
さて、これで全部殺った。
口煩いメイドも殺した。
私よりも弱かった騎士たちも殺した。
「あら?随分と美しい登場ですことね?」
「そう怒るなよ、俺にも世間体ってのがあるんだ。こうでもしなきゃ、威厳が保たれねぇだろう?」
月に照らされたその人。
恐ろしいとさえ感じる程、美しいその人は大小様々な従者に囲われて、私を迎えに来たのだ。
お手をどうぞ、なんて言うものだから私は口元を隠して笑った。
それが当たり前だ。
女性のエスコートは男性の務め。
彼は一応、王様なのだから、その動作を知っているのは当然だ。
けれど、どうにも私の中で思い当たる彼とは似ても似つかなくて、笑えてしまうのだ。
「わ、笑うな。さっさと掴め。」
「はいはい、分かりました。」
どうにもニヤけた頬が下がらなくて、にんまりとした表情のまま、その手を握る。
ただまぁ、笑っていられないのも事実だろう。
私が言葉を交わしたことがあるのは実質彼の泡沫で、だけ。
本来の彼と契約を結ぶのも、その従者と対話するのも。
辺りを見回す。
どの世界線でも、一度は見てきた、ぐるりと耳を覆うように巻かれた角。
吊り上がった瞳と視線が絡めば、にたにたと笑ったあと、びくりと震えて視線を逸らす。
その都度、どうした?と聞くものだから、私は、いいえ、何も、と答えるしかない。
だって、あちらの悪魔が笑っていたので、なんて言おうものなら、きっと彼は簡単に殺してしまうだろうから。
「改めて、歓迎しよう。エマ・ラスティー公爵。」
「えぇ、感謝いたしますわ、陛下。」
緩やかに笑って、スカートをたくし上げる。
人に頭を下げるのが、とても久々に感じてしまうのは、皇后という地位にすがっていたからなのだろう。
だから、もういい。
あんな地位、もういらない。
私は、どれだけ憎まれ、妬まれ、疎まれようとも、私が守るべき仔らを守り通すだけだ。
血の雨を浴びて、踵で肉を踏み、目玉の太陽に睨まれようと、すべきことは変わりないのだから。
けれど、こちらの道も容易なものではないだろう。
得るべきものは多い。
信頼、力、知識。
得なければ勝てない、得なければ、また繰り返してしまう。
「では、我らが屋敷へ案内しようか。我が―――」
「……はい?」
難しい思考が、強い風に吹き飛ばされた。
彼は今何と言った?
屋敷へ案内しよう。そこまではいい。
問題はその後。
ありえない、あり得るわけがない。
不思議そうに、彼は私の手を握る力を強めた。
あぁ、逃がす気はないということは十分に分かった。
私自身に逃げる気は無いし、一度決めた決意を変える気はない。
だが、言い訳になるのかもしれないが、私が覚悟を決めたのは契約に対して、であって。
「?…何かおかしなことでも?我が花嫁。」
ほら、こちらの道も、容易とは言い難い。
べちゃりと音を立てて、床へ落ちる生ゴミ。
殺されたというのに、その顔は幸せそうで、私以上に狂っていると思う。
さて、これで全部殺った。
口煩いメイドも殺した。
私よりも弱かった騎士たちも殺した。
「あら?随分と美しい登場ですことね?」
「そう怒るなよ、俺にも世間体ってのがあるんだ。こうでもしなきゃ、威厳が保たれねぇだろう?」
月に照らされたその人。
恐ろしいとさえ感じる程、美しいその人は大小様々な従者に囲われて、私を迎えに来たのだ。
お手をどうぞ、なんて言うものだから私は口元を隠して笑った。
それが当たり前だ。
女性のエスコートは男性の務め。
彼は一応、王様なのだから、その動作を知っているのは当然だ。
けれど、どうにも私の中で思い当たる彼とは似ても似つかなくて、笑えてしまうのだ。
「わ、笑うな。さっさと掴め。」
「はいはい、分かりました。」
どうにもニヤけた頬が下がらなくて、にんまりとした表情のまま、その手を握る。
ただまぁ、笑っていられないのも事実だろう。
私が言葉を交わしたことがあるのは実質彼の泡沫で、だけ。
本来の彼と契約を結ぶのも、その従者と対話するのも。
辺りを見回す。
どの世界線でも、一度は見てきた、ぐるりと耳を覆うように巻かれた角。
吊り上がった瞳と視線が絡めば、にたにたと笑ったあと、びくりと震えて視線を逸らす。
その都度、どうした?と聞くものだから、私は、いいえ、何も、と答えるしかない。
だって、あちらの悪魔が笑っていたので、なんて言おうものなら、きっと彼は簡単に殺してしまうだろうから。
「改めて、歓迎しよう。エマ・ラスティー公爵。」
「えぇ、感謝いたしますわ、陛下。」
緩やかに笑って、スカートをたくし上げる。
人に頭を下げるのが、とても久々に感じてしまうのは、皇后という地位にすがっていたからなのだろう。
だから、もういい。
あんな地位、もういらない。
私は、どれだけ憎まれ、妬まれ、疎まれようとも、私が守るべき仔らを守り通すだけだ。
血の雨を浴びて、踵で肉を踏み、目玉の太陽に睨まれようと、すべきことは変わりないのだから。
けれど、こちらの道も容易なものではないだろう。
得るべきものは多い。
信頼、力、知識。
得なければ勝てない、得なければ、また繰り返してしまう。
「では、我らが屋敷へ案内しようか。我が―――」
「……はい?」
難しい思考が、強い風に吹き飛ばされた。
彼は今何と言った?
屋敷へ案内しよう。そこまではいい。
問題はその後。
ありえない、あり得るわけがない。
不思議そうに、彼は私の手を握る力を強めた。
あぁ、逃がす気はないということは十分に分かった。
私自身に逃げる気は無いし、一度決めた決意を変える気はない。
だが、言い訳になるのかもしれないが、私が覚悟を決めたのは契約に対して、であって。
「?…何かおかしなことでも?我が花嫁。」
ほら、こちらの道も、容易とは言い難い。
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