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喪失感
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私、岡野煌時は、今とてつもない喪失感に見舞われている。
というのも先日、大好きな先生とおそろいで購入した大切なキーホルダーを失くしてしまったのである。
なす術なく週末を過ごし、今日は家庭教師の日。普段なら待ち遠しいはずの時間が、今回ばかりは憂鬱だった。
私はあのキーホルダーをいつも筆箱に付けていた。先生が指導する時必ず目にする場所だ。なくなったらすぐにバレるだろう。
先生は怒らないだろうが、内心がっかりはするはず。だからといって適当な嘘をつくのも気が引けるし……
そうこうしているうちに指導時間がやってきた。
先生は今日も今日とて美しい。なんて現実逃避していられるのも時間の問題。部屋に入って早速、先生の視線が私の筆箱に向かったのを感じた。
あれ、という顔をした。次いで私の顔を見る先生。どんな顔をしていただろう、私も先生も。私は先生の目を見る勇気がなくて、目を泳がせた。
「もしかして、お友達に揶揄われましたか?」
「いえ、その……」
ああ、なぜ私はLINEで、いや電話ですぐ謝らなかったんだ。
「じゃあ……失くしちゃった?」
先生があえて軽い調子で訊いてくる。その細かい気遣いが胸に刺さって痛い。
「すみません……気づいたらなくなってて、学校も通学路も探したけどなくて……」
「そうですか。気に病むことはありません。また買いに行きましょう」
「うぅ……」
予想通りの優しい言葉。自分が情けなくてしょうがない。
「本当にすみません……私ってばダメなやつです」
「そんなことはありませんよ。煌時くんは素敵な人です」
グスッと鼻をすすった。もうすぐ涙が出てきてしまいそうだ。
「信じられませんか?」
「だって、せっかくおそろいで、初めてで……」
なおもグズる私はまるで子どもだ。わかっていても如何ともしがたい。
「仕方ありませんね」
先生は本当に仕方なさそうに笑った。それから近づいてきて……
ふわっと、私を抱きしめた。
「せ、先生……!?」
「信じてください。君は世界一素敵で、特別な人です。私が選んだ相手ですから」
先生の声が、言葉が、体温が、私の中に入ってくる。いつの間にか涙は引っ込み、ぬくもりが私を満たした。
「せんせぇ、すき……」
先生の背中に手を回して呟く。
「知ってます」
先生はそう言って、右手で私の頭を覆った。
テーマ「喪失感」
というのも先日、大好きな先生とおそろいで購入した大切なキーホルダーを失くしてしまったのである。
なす術なく週末を過ごし、今日は家庭教師の日。普段なら待ち遠しいはずの時間が、今回ばかりは憂鬱だった。
私はあのキーホルダーをいつも筆箱に付けていた。先生が指導する時必ず目にする場所だ。なくなったらすぐにバレるだろう。
先生は怒らないだろうが、内心がっかりはするはず。だからといって適当な嘘をつくのも気が引けるし……
そうこうしているうちに指導時間がやってきた。
先生は今日も今日とて美しい。なんて現実逃避していられるのも時間の問題。部屋に入って早速、先生の視線が私の筆箱に向かったのを感じた。
あれ、という顔をした。次いで私の顔を見る先生。どんな顔をしていただろう、私も先生も。私は先生の目を見る勇気がなくて、目を泳がせた。
「もしかして、お友達に揶揄われましたか?」
「いえ、その……」
ああ、なぜ私はLINEで、いや電話ですぐ謝らなかったんだ。
「じゃあ……失くしちゃった?」
先生があえて軽い調子で訊いてくる。その細かい気遣いが胸に刺さって痛い。
「すみません……気づいたらなくなってて、学校も通学路も探したけどなくて……」
「そうですか。気に病むことはありません。また買いに行きましょう」
「うぅ……」
予想通りの優しい言葉。自分が情けなくてしょうがない。
「本当にすみません……私ってばダメなやつです」
「そんなことはありませんよ。煌時くんは素敵な人です」
グスッと鼻をすすった。もうすぐ涙が出てきてしまいそうだ。
「信じられませんか?」
「だって、せっかくおそろいで、初めてで……」
なおもグズる私はまるで子どもだ。わかっていても如何ともしがたい。
「仕方ありませんね」
先生は本当に仕方なさそうに笑った。それから近づいてきて……
ふわっと、私を抱きしめた。
「せ、先生……!?」
「信じてください。君は世界一素敵で、特別な人です。私が選んだ相手ですから」
先生の声が、言葉が、体温が、私の中に入ってくる。いつの間にか涙は引っ込み、ぬくもりが私を満たした。
「せんせぇ、すき……」
先生の背中に手を回して呟く。
「知ってます」
先生はそう言って、右手で私の頭を覆った。
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