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貝殻
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私は先生の手を強く握った。
ここまできて逃げられたくない。倫理観なんて今は捨てさせてくれ。
「先生、お願い」
可愛く首を傾げてみせる。効果は抜群だ。先生は喉を鳴らして、震える息を吐き出した。
「……いいでしょう。ただし、一緒に眠るだけです」
「はいっ♪」
勝った。
私は沸かしてあったお風呂に先生を押し込み、父の予備の寝間着を借りるため寝室へと向かった。
「あがりました」
お風呂から出た先生は、当然ながら普段とまったく違う格好をしていて頬が緩む。濡れた髪、上気した頬、ゆるい服。
「ふふ」
「? どうしました?」
「えへへ、先生が可愛くて」
「可愛い、ですか。君のほうがずっと可愛いと思いますが」
こういうことを平気で言ってくるから、この先生は。
私は赤らんだ顔を隠すように浴室へと急いだ。
風呂から出て部屋に戻ると、先生がいる。私のベッドに腰掛けている。なんて日だ!
「おかえりなさい、煌時くん」
「た、ただいまです」
なんだか新婚さんみたいで照れる。その気持ちが伝わったのか、先生もちょっと目を伏せた。
「もう一度聞きますが、本当に余っているお布団はないんですね」
「ありません! それに先生さっき、一緒に寝てくれると言ったじゃないですか」
「……わかりました。寝ましょう」
先生は立ち上がり、私にベッドを指した。私が落ちないように壁際を譲ってくれたのだろう。
先生の優しさに甘えて、壁際に体を追いやる。すると先生が隣に潜り込んできて、枕代わりのクッションに頭を乗せた。
「おやすみなさい」
「先生、せっかくだしピロートークしましょう!」
「そんな言葉どこで覚えてくるんですか……」
「いいから話しましょう♪ 思えば先生のことあまり知りません。この機会にいろいろ知りたいです」
先生は渋々承諾した。
「えっとじゃあ、家族構成は?」
「両親と私。でも彼らはあまり私に関心がないので、成人したら縁も切れるでしょう」
「そうですか……寂しいですね」
「もう慣れましたよ。それに今は君がいます」
「……へへ。じゃあ、恋人は? 例の元カノさん以外にもいましたか」
「いいえ。ひとりだけです」
「どれくらい付き合ってたんですか」
「約1年半ですね」
「へぇ。その人と、その……しましたか」
「……ええ」
私からした質問なのに、先生は私を気遣うように間を空けて答えた。
「なぜ、別れたんですか」
「振られたんです。私とは違う気がする、と言われました。本当にそれだけの理由なのか、他にもあったのかはわかりません」
「へぇ……」
彼女にも事情はあっただろうが、この人を振るなんて、なんてもったいないことをと思ってしまう。私にはわからない感覚だ。
「そう言う君は? 何人と付き合いました?」
「い、いませんよ! 先生が初めてです!」
油断していたら先生からカウンターをくらった。
「ほう。でも初恋ではないんですよね」
「それは、まぁ」
昔好きだった幼馴染のことを思い出す。と言っても、記憶の中の彼の顔はボヤけてしまっている。
「イカの骨は無事ですか」
「おかげさまで……」
「ふふ。私は彼に一生勝てないんでしょうね」
「そんなことは……! というか、先生こそないんですか、思い出の品」
「ああ、ありましたが捨てました。まぁ、拾った場所に返したんですけどね」
「拾った?」
「貝殻です。彼女と海へ行った記念に」
貝殻か。私のイカの骨と似ているな。
「私たちも何か持ちたいですね」
「おや、ペンダントをあげましたよ」
「でも先生の分がありません! おそろいで何か持ちたいです」
「そうですね……では、次のデートの時に」
「はい……!」
先生が積極的に『デート』という単語を使うのは珍しいことだ。私は先生の恋人(候補)だと実感できる。全身に謎の力が漲ってきて、私はぎゅっと目を閉じた。
テーマ「貝殻」
ここまできて逃げられたくない。倫理観なんて今は捨てさせてくれ。
「先生、お願い」
可愛く首を傾げてみせる。効果は抜群だ。先生は喉を鳴らして、震える息を吐き出した。
「……いいでしょう。ただし、一緒に眠るだけです」
「はいっ♪」
勝った。
私は沸かしてあったお風呂に先生を押し込み、父の予備の寝間着を借りるため寝室へと向かった。
「あがりました」
お風呂から出た先生は、当然ながら普段とまったく違う格好をしていて頬が緩む。濡れた髪、上気した頬、ゆるい服。
「ふふ」
「? どうしました?」
「えへへ、先生が可愛くて」
「可愛い、ですか。君のほうがずっと可愛いと思いますが」
こういうことを平気で言ってくるから、この先生は。
私は赤らんだ顔を隠すように浴室へと急いだ。
風呂から出て部屋に戻ると、先生がいる。私のベッドに腰掛けている。なんて日だ!
「おかえりなさい、煌時くん」
「た、ただいまです」
なんだか新婚さんみたいで照れる。その気持ちが伝わったのか、先生もちょっと目を伏せた。
「もう一度聞きますが、本当に余っているお布団はないんですね」
「ありません! それに先生さっき、一緒に寝てくれると言ったじゃないですか」
「……わかりました。寝ましょう」
先生は立ち上がり、私にベッドを指した。私が落ちないように壁際を譲ってくれたのだろう。
先生の優しさに甘えて、壁際に体を追いやる。すると先生が隣に潜り込んできて、枕代わりのクッションに頭を乗せた。
「おやすみなさい」
「先生、せっかくだしピロートークしましょう!」
「そんな言葉どこで覚えてくるんですか……」
「いいから話しましょう♪ 思えば先生のことあまり知りません。この機会にいろいろ知りたいです」
先生は渋々承諾した。
「えっとじゃあ、家族構成は?」
「両親と私。でも彼らはあまり私に関心がないので、成人したら縁も切れるでしょう」
「そうですか……寂しいですね」
「もう慣れましたよ。それに今は君がいます」
「……へへ。じゃあ、恋人は? 例の元カノさん以外にもいましたか」
「いいえ。ひとりだけです」
「どれくらい付き合ってたんですか」
「約1年半ですね」
「へぇ。その人と、その……しましたか」
「……ええ」
私からした質問なのに、先生は私を気遣うように間を空けて答えた。
「なぜ、別れたんですか」
「振られたんです。私とは違う気がする、と言われました。本当にそれだけの理由なのか、他にもあったのかはわかりません」
「へぇ……」
彼女にも事情はあっただろうが、この人を振るなんて、なんてもったいないことをと思ってしまう。私にはわからない感覚だ。
「そう言う君は? 何人と付き合いました?」
「い、いませんよ! 先生が初めてです!」
油断していたら先生からカウンターをくらった。
「ほう。でも初恋ではないんですよね」
「それは、まぁ」
昔好きだった幼馴染のことを思い出す。と言っても、記憶の中の彼の顔はボヤけてしまっている。
「イカの骨は無事ですか」
「おかげさまで……」
「ふふ。私は彼に一生勝てないんでしょうね」
「そんなことは……! というか、先生こそないんですか、思い出の品」
「ああ、ありましたが捨てました。まぁ、拾った場所に返したんですけどね」
「拾った?」
「貝殻です。彼女と海へ行った記念に」
貝殻か。私のイカの骨と似ているな。
「私たちも何か持ちたいですね」
「おや、ペンダントをあげましたよ」
「でも先生の分がありません! おそろいで何か持ちたいです」
「そうですね……では、次のデートの時に」
「はい……!」
先生が積極的に『デート』という単語を使うのは珍しいことだ。私は先生の恋人(候補)だと実感できる。全身に謎の力が漲ってきて、私はぎゅっと目を閉じた。
テーマ「貝殻」
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