先生と私〜家庭教師✕生徒〜

真愛つむり

文字の大きさ
上 下
29 / 41

心の灯火

しおりを挟む
「どうしたの? 暗い顔して」

目の前にいるのは、3年前に別れて久々に再会した女性。復縁を断った後もしつこく食事に誘ってきたので、根負けして会うことにした。

「別に、何でもないよ」

「嘘つき~。私に言えないことなんてないでしょ? あ、好きな人とやらに振られたとか」

なぜこうも鋭いのか、この人は。いや、単に私がわかりやすいのか。

「あら、図星? 奢ってあげるから元気出しなさい。ていうか私と付き合いなさい」

「それは無理」

「即答~? つれないなぁ」

あっけらかんとしている彼女を見て、不思議に思う。私にしつこくしてくる割に、断られても平気な顔。好きなのか好きじゃないのか、よくわからない人だ。

「とにかく飲も!」

昔はこの明るさに支えられていたことを思い出す。どうしようもなく惹かれていた。

「君はなぜ彼氏と別れたの?」

「お、やっと本音が出たねぇ。うーん……運命的なものを感じなかったからかな」

「運命、ね。私には感じるとでも?」

「あの頃はお互い子どもだったでしょ。今なら確かめられるかなって」

「私はお試しですか」

「あはっ、試しちゃう?」

彼女が私の手を取る。ボーッとする。

「安心して、今夜とは言わないから。気が向いたらLINEして?」

彼女はそう言うと、メインディッシュを頬張りながら大学の話を始めた。


「おい頼広、お前美女とデートしてたんだって?」

声の大きい大学の同期が、勢いよく肩に手を回して尋ねてきた。周りも「え?」「マジで?」「彼女できたの?」と囃し立ててくる。まさか知り合いに見られていたとは思わなかった。

「違うよ。ただの高校の同級生」

なんだ~とガッカリした様子で離れていく同期たち。他人の色恋より学問に励むべきだ。

「ねえ」

全員離れていったと思っていたら、ひとりだけ近づいてきた者がいた。

「ちょっと話せる? 後でいいから」

講義後、彼女は私を人通りの少ない場所へ連れて行った。

「話って?」

「高遠くん、今落ち込んでるでしょ」

私はそんなにわかりやすいか?

「引かないでほしいんだけど、私占いができるの。勝手ながらあなたを占ったら、2つの星に惑わされるって出たわ」

「へ、へぇ」

煌時くんと元カノのことだろうか。

「そしてこうも出た。2つのうち、ひとつは偽物の星。相手にするな。もうひとつは本物だけど、あなたには合わない星。静かに離れろ」

「つまり2つとも、失うってこと?」

「そうね。でも安心して、救いはある」

「救い?」

「3つめよ。今は鈍い色をしてるけど、将来燦然と輝く星。決して放すなって」

「はぁ」

また別の人と出会うのか、知り合いの誰かと付き合うという暗示か。

じゃあね、と言って彼女は去って行った。


「先生、どうかした?」

ここは嗣永家。颯人くんの指導日だ。彼にまで心配されるとは、まったく私ときたら。

「いえ、問題ありません。ただちょっと、友人から気になることを言われただけです」

「気になることって?」

「君が気にすることではありませんよ」

颯人くんは「ちぇっ」と呟いて再び机に向かった。

と思いきやすぐに振り返った。

「もしかして告られたとか?」

「颯人くん、集中してください」

「先生の気になることが気になりすぎて無理っす」

まったく……

「ただの占いですよ。どうやら2つの星を失うかわりに、1つの輝く星を得られるようです。その星が何の隠喩なのかわからなくて」

「へぇ~。2つと1つ……」

彼は顎に手を当てて考える素振りをする。

「難しいっすね」

「でしょう? さぁ、自分の課題に戻ってください」

大人しく課題に取り組み始めた颯人くんは、指導が終わるまでもうこの話には触れなかった。


翌々日、外を歩いているとLINEの通知音が鳴った。
煌時くんからだった。

あの日以来やり取りしていなかったので驚いたが、とりあえず開いてみる。

『先生、その後どうですか』
『他の人と付き合いたくなったら、私に遠慮はいりませんからね』

どういう心境でこれを送ってきたのだろうか。

『気遣いありがとうございます』
『でもしばらくはひとりでいようと思っていますので』

『でも、女の人とランチしてたって噂聞きました』

噂とは恐ろしいものだ。いったいどこからどうやって彼にまで伝わったのか。

私は渋々、例の元カノがしつこいので根負けしたと説明した。ランチだけで、復縁するつもりはないことも、一応。

『どうして復縁しないのですか?
先生のことだから、きっと心から好きだった人なのでしょう』

『もう終わった恋ですから』

『そうですか……』
『私とのことも、すぐに忘れられそうですか』

『忘れてほしいですか?』

滞りなくきていた返信が途絶えた。どう答えるべきか、迷っているのだろう。

『残念ながら、私はかなり引きずるタイプです。彼女と別れたときも、忘れるためにどれだけ泣いたか』
『だから覚悟しておいてください。君のことも、そう簡単には忘れてあげられません』

既読がついて数秒、見慣れたポップアップ。着信音が鳴る。

『グスッ、せんせぇ……』

「はい。どうしました?」

『うっ、ぐ……せんせぇ』

「はい」

『うぅ……すき。せんせぇすき。ほかのひとと、でーとしないで……!』

「はい。もうしません」

『うぐっ、うぅ……せんせぇ。せんせぇ……』

「はい」

『あいたいです……』

「……今夜は月が綺麗ですね。窓の外を見てください」

『へ……?』

2階の窓を見上げると、閉じられたカーテンに近づく人影が見えた。その素直な性格が、たまらなく好きですよ、煌時くん。

ふわりとカーテンが開かれる。続いて、大きく見開かれた目。次の瞬間には手で口元を覆い、細めた目から煌めく雫を溢れさせた。

「せんせぇ!!」

ドタドタと階段を駆け下りてくる音がして、玄関ドアがバンッと開かれたと思うやいなや、私は愛しい人を抱きしめていた。

静かな夜だ。近所の人が驚いて顔を出さないことを願う。このひとときを、誰にも邪魔されたくなかった。



「え? 颯人くんに?」

「はい。占いの話も、教えてくれました」

ひとしきり泣いた後、ケロッとした顔でメロンパンをかじる煌時くん。私についての噂はもうひとりの教え子から得たと話してくれた。

「意外とおしゃべりなんですね、彼」

「そんなことありません。先生のことが心配で、私にだけ話してくれたのです」

まあ他の人に話したところで何のことやらですしね。

「先輩のことは置いといて、私たちの話をしましょう。私が例の、3つめの星になれるように頑張ります。燦然と輝く光を、あなたに」

そう言って私の手を取る。体中の理性を総動員しながらそっと握り返した。

「はい。私もそうなってほしいです」

「せんせぇ……」

彼は恥ずかしそうに俯いて、意を決したように顔を上げた。少々潤んだ上目遣い。

「今夜は、父が出張でいないんですけど……一緒にいてくれませんか?」

小さな灯火にすぎなかった星が、手放せないほど燦然と輝くことになる日は、もうすぐかもしれない。


テーマ「心の灯火」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

フルチン魔王と雄っぱい勇者

ミクリ21
BL
フルチンの魔王と、雄っぱいが素晴らしい勇者の話。

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

カテーテルの使い方

真城詩
BL
短編読みきりです。

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

処理中です...