先生と私〜家庭教師✕生徒〜

真愛つむり

文字の大きさ
上 下
25 / 41

言葉はいらない、ただ…

しおりを挟む
「君は雲隠を知っていますか?」

古文の話の最中、先生がした質問に私は首を傾げた。

「くもがくれ? 天気の種類か何かですか?」

「ふふ、違います。源氏物語の巻名のひとつですよ」

「源氏物語……紫式部でしたっけ」

「そうです」

突然なぜ天気の話なのかと思ったが、違ったようだ。

先生の学生時代、いちばん好きな科目は古典だったとか。現代にあっても色褪せない言葉の美しさや、描かれている当時の情緒溢れる景色に惹かれるらしい。私も同じだ。

「栄華を極めた光源氏ですが、雲隠の前巻まででその翳りを描かれています。そして雲隠で、出家し亡くなるまでを表現……しているのではないかと考えられます」

「? ずいぶん曖昧な言い方ですね」

「ええ。なにせこの巻、本文がないのです」

「え!?」

私は驚いて聞き返した。

「それは、焼けたりして残っていないということですか?」

「そういう説もあります。ただ私が好きなのは、紫式部があえて白紙にしたという説です」

「あえて……!」

「はい。地位のために最愛の人を傷つけ亡くしてしまった光源氏は、悲しみのこもった詩を詠む。そして雲隠をはさんで、次の巻ではすでに亡くなっています」

「へぇ……」

「光源氏の生き様を描く超大作、源氏物語。だがその死に様をあえて言葉にしないことで、読者に無限の可能性を提示している。まさに文章さえも雲隠れさせた、そう考えるとエモくないですか?」

「はい、私もそのほうが好きです!」

「君なら共感してくれると思っていました」

先生が嬉しそうに笑うので、私まで嬉しくなる。

古典を語る先生は、いつにも増して知的で美しい。

そんな先生に見惚れていると、視線に気づいた先生は私の目を見て微笑んだ。

「?」

その微笑みの意味を知りたくて首を傾けてみても、先生は珍しく何も言わない。いつもなら私の気持ちを汲んでくれるのに。

私がなす術なく見つめ返していると、ふと先生の指が私の頬に触れた。ドクリ。心臓が押し込まれるような感覚。

先生の指は頬を滑って行き、顎の下で止まった。一瞬顎を掴まれた気がしたが、そのままふわりと離れていった。

ああ、と思った。

先生には、言いたいけど言えないことがあるのだな。
言ってはいけないが、どうしても今伝えたいことが。

ならば私は、その気持ちを汲み取ろう。

離れていった先生の手に、自分の手を重ねる。そして満面の笑顔を、先生だけにあげる。

これが今の私にできる、最大限の愛情表現。先生は私の欲しがるものをくれた。だから私も、先生の欲しいものを。


テーマ「言葉はいらない、ただ…」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

カテーテルの使い方

真城詩
BL
短編読みきりです。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

フルチン魔王と雄っぱい勇者

ミクリ21
BL
フルチンの魔王と、雄っぱいが素晴らしい勇者の話。

処理中です...