先生と私〜家庭教師✕生徒〜

真愛つむり

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向かい合わせ

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弓道部の練習を終えて道場を出ると、見知った顔が待ち伏せていた。

「……何かご用ですか、颯人先輩」

「なんで名前呼びなんだよ、馴れ馴れしくすんな」

相変わらず無愛想な態度だなぁ。

「だって『先輩』だと他の方と被るし。みんな颯人さんて呼んでるし」

「お前はダメだ。嗣永先輩と呼べ!」

「それだと私だけ浮きます」

「いーだろ別に、思う存分浮いとけ」

「他人事じゃないですよ? 先輩だって私と特別な関係だと勘ぐられて噂されるの嫌でしょう」

「……チッ、よく口の回るやつだ」

先輩が歩き出したので、私も歩を進めた。指示されたわけではないが、なんとなくついていく。

先輩は大きな松の木の下で立ち止まって、幹に体を預けた。

「約束は守ってるだろうな?」

「無論です。私は卑怯な手が嫌いですから」

あの勝負以来、先生の家には行っていない。まぁ単純に、行くきっかけがなかったのだから当然だが。

「ふん、ならいい」

そう言って去ろうとする。

「えっ? それを訊くために待ってたんですか?」

「そうだけど? 何か悪いかよ」

「悪いというか……ハァ、そんなに先生のことが好きですか」

「たりめーだ! お前より長いってこと忘れんな!」

「それ、なんの根拠があるんです? 私もあなたも去年からの教え子ですよね」

「フッ」

先輩は意味深に笑った。嫌な予感がする。

「俺と先生の出会いはもっと前だ」

「……!」

私と先生が出会ったのは、先生が私の家庭教師になったから。だがこの先輩はもっと前から先生を知っていて、想いを寄せていたなんて。

「先生は俺の命の恩人だ。あの人のおかげで今の俺がある」

先輩は少し視線を落として語り始めた。


体育会系な両親の意向で、俺は幼少期からスイミングスクールに通っていた。はじめのうちは、努力と成長が即結果に結びついて楽しかった。

ところがしばらくすると、周りもどんどん成長し始めて、大会で上位に入るのが難しくなった。泳いでも泳いでも速くならない、両親からの期待に応えられない。そんな自分が情けなく思えて、いっそ水泳を辞めてしまおうかと考えるようになっていた。

中1の時、高校生の大会を見に行く機会があった。そこでスイミングスクール所属の生徒を差し置いて優勝を掻っ攫ったのが先生。その美しい泳ぎに感銘を受けた俺は、気がついたら走り出していた。

「すみません! あの、どうしたらあなたみたいに泳げますか!?」

「え? えっと……君、中学生?」

「はい! 突然すみません。あなたの素晴らしい泳ぎを見て、どうしても聞きたくなって!」

「それはありがとう。そっか、君は心から水泳が好きなんだね」

「えっ」

水泳が好き?
辞めるかどうか迷っているこの俺が?

いや、そうか。好きじゃなければとっくに辞めてる。好きだから迷ってたんだ。

「その気持ちがあれば、きっと良い選手になれるよ。コツは楽しむこと! じゃ、頑張ってね!」

そう言って先生は去って行った。

家庭教師と生徒として再会したとき、この時のことを話したら先生は

「すみません、あの台詞は割と適当です笑 ただ、君の筋肉のつき方が良かったのできっと伸びるだろうと思ったんですよ」

と笑っていた。

だが俺は、あの言葉のおかげで水泳を続けることができた。難しいことは考えず、ただ楽しむために続ければいい。そう思えたから。


「わかったか? 先生は俺の水泳選手としての命を救ってくれたんだ」

だからお前にはぜってー負けねえ。

先輩は私の真正面に立ちはだかり、そう宣言して帰って行った。

先輩の真っ直ぐな瞳を見て、私は漸く、己が崖から追い落とされそうになっていることに気がついた。自分が恥ずかしい。先生の優しさの上にあぐらをかいていた自分が。

先輩の瞳には闘志が宿っていた。燃えるような闘志だ。

向き合わねばならない。
先輩と、そして自分の気持ちと。

この勝負、より滾ったほうが勝つ。


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