先生と私〜家庭教師✕生徒〜

真愛つむり

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さよならを言う前に

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今日は待ちに待ったおうちデートの日!

美術館を出て先生の家に直行する。

先生は何度も「本当にウチにいるだけでいいのか」と聞いてくれたが、私にはこれ以上ない幸福だ。

もちろん先生といろいろな場所へ出かけるのも楽しいだろう。でも人目があれば、先生と私が恋人っぽく振る舞うことはできない(恋人じゃないけど)。

要は、先生と思いきりくっつきたいのだ。

マンションに着いて、先生が鍵を開ける姿を見つめる。こんなちょっとした仕草ですら格好良く見えてしまう。

中に入り、先生が出してくれた麦茶を飲む。先生は普段お茶しか飲まないらしい。

「さて、何かしたいことはありますか?」

「えっと……じゃあ、映画観たいです!」

先生がノートパソコンを立ち上げ、サブスクの画面を開いて映画を選ばせてくれる。私は去年大ヒットしたアニメ映画をタップした。

泣ける映画と話題になった作品だが、私は非常にドキドキしていた。原因は、映画の面白さが半分、先生の隣にいるという事実が半分。

それでも次第にストーリーの中に引き込まれていき、終わる頃にはボタボタと涙をこぼしていた。鼻もすすっていたからか、先生がティッシュを渡してくれた。

「おもしろかったですね」

「グスッ、先生は泣かないんですか」

「泣きましたよ? 君にバレないように拭きましたが」

「えぇーっ、先生の泣き顔見たかった」

「そう簡単には見せませんよ」

「ケチ……」

こんな他愛もないやりとりがひどく愛おしい。相手が先生だからだろうか。

「次はどうします?」

「先生オセロ持ってるって言ってましたよね?」

「よく覚えてますね」

「えへへ、やりましょう!」


数分後、私はぐぬぬと唸りながら眉間にシワを寄せていた。先生、バカ強い。

「降参ですか?」

「ぐっ……も、もう1回!」

「いいでしょう」

……

「もう1回!!」

……

「もう1回!!!」

……

「も、う、い、っ、か、い!!!!」

…………

ぐぬぅ~~~~~!

こてんぱんに負かされた私の眉間には、マリアナ海溝よりも深いシワが刻まれた。いったい何回戦やったのか、数える余裕すらなかった。

「ふぅ、さすがに疲れました。おや、もうこんな時間」

先生の言葉で時計を見ると、我が家の夕食の時間が差し迫っていた。

「えぇ~、はやい……まだ1回も勝ってない」

「フフ、今日のところは諦めなさい。また挑戦すれば良いのです」

「うぅ……」

オセロの件も悔しいが、もっと悔しいのは先生とイチャイチャできなかったことだ。本当は一緒に寝っ転がってくっついたり、ストレッチと称して触れ合ったりしたかったのに!

先生の強さを恨めしく思いながら帰り支度をしていて、ふと気づいた。置いていた荷物から先生の匂いがする。

先生があっちを向いている隙に肺いっぱいに吸い込む。いい匂い。嬉しい反面、急激に寂しくなった。家に帰れば、この匂いは消えてしまう。

「さぁ、準備できましたか?」

先生が明るく尋ねる。私は返事ができなかった。

「煌時くん?」

私はつい、親との別れ際にぐずる幼稚園児のような態度をとってしまう。俯き、カバンを抱きしめたまま立ちすくむ。

先生はそんな私を見て、少しの間沈黙した後、思い出したようにこう言った。

「そうだ、さよならを言う前に、煌時くんにお願いがあります」

「? 何ですか……?」

「目を閉じてください」

「えっ、なんで??」

「いいから」

私には先生の意図がまったくわからなかった。しかし信頼している先生たっての頼み、きかずには帰れない。

私がぎゅっと目を瞑ると、先生がゆっくりと近づいてくる気配がした。

「開けちゃだめですよ」

囁いて、あとは静寂。

額にコツンという感触。次いで鼻には柔らかいものが当たる。自然とその続きを期待したが、それだけで先生は離れていった。

「はい、もういいですよ」

なんだ、もう終わりか……
残念に思いつつ目を開けると、首に何か掛かっている。

「これ……?」

「プレゼントです。今日の記念に」

いつの間に準備したのか、今日行った美術館モチーフのペンダントだ。先生からの初めての、形に残るプレゼント。

「せんせぇ、ありがと」

この時の私はきっと、世界一蕩けた顔をしていたに違いない。


テーマ「さよならを言う前に」
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