先生と私〜家庭教師✕生徒〜

真愛つむり

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麦わら帽子

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ホテルの部屋に着いて、真っ先に奥のベッドへと走り込む愛弟子。

私は床に落ちた麦わら帽子を拾い、テーブルの上に置いた。

「先生、どっちのベッドが良いですか!?」

「特にこだわりはないので、君の好きに選んでください」

「じゃあ私はこっち!」

我が生徒は窓際のベッドを選んだ。

私は先程コンビニで買ってきた弁当をテーブルに広げた。

「さ、ご飯にしましょう。はやくお風呂に入りたいですし」

「はい!」

素直にソファへと腰掛けた彼は、海鮮丼を手に取った。

パクパクと非常に美味しそうに頬張るこの子を見ていると、心が満たされる。つい夢中になってしまったからか、先に食べ終えたのは小さなこの子のほうだった。

「ごちそうさまでした!」

「はい、お粗末様。お風呂、先にどうぞ」

「……」

彼は浴室のほうに目を向けたものの、動こうとしない。

「どうかしましたか?」

「んー、先生……一緒に入らないんですか?」

私は危うくお茶を噴き出すところだった。

「いや、君はもう6年生なんだから、ひとりで入れるでしょう」

「それはそうですけど、せっかくの旅行だし……修学旅行ではみんな一緒に入るんでしょ?」

「それは大浴場だから」

「じゃあ一緒に大浴場行きましょう!」

なぜそこまでして一緒に入りたいのか。いくら私を好いているからといって、少し大胆過ぎないか。それとも、子どもらしく純粋な気持ちなのか?

私は悩んだが、なんとか丁重にお断りすることに成功した。

しかし彼は拗ねてしまい、私が風呂から上がった後も機嫌は直っていなかった。髪も乾かさず、窓際のベッドの縁に座ってスマホをいじっている。

「髪、濡れたままでは風邪を引きますよ」

「大丈夫です。子どもは風の子ですから」

微妙に意味が違うような。

私は軽くため息をついて、ドライヤーをセットした。

「ほら、乾かしてあげますから、こっちにおいで」

「むっ……」

彼は一瞬嬉しそうな顔をした後、またすぐにそっぽを向いた。

「い、いいです!」

「よくありません。風邪を引かせて帰したら、私がお父様に怒られてしまいます」

「……!」

未だ頬を膨らませたままではあるが、大人しくソファへと移動してくれた。

彼の長くコシのある髪を丁寧に乾かす。私と出会った頃から伸ばしている様子で、理由を聞いても教えてくれないのだ。

ようやく充分に乾いた頃、私のほうの髪はほぼ自然乾燥していた。

「センセイ、アリガト……」

拗ねていても御礼の言葉を忘れないあたり、本当に良い子育てをされてきたのだなと実感する。

「どういたしまして」

「……先生」

「何でしょう」

「先生は、私が子どもだから……」

「……うん?」

「……いえ、何でもないです」

彼は悲しげな表情を浮かべて、自分のベッドに寝転がった。その元気のなさは、日中と比較してしまうと恐ろしいほどだ。

私は少し考えて、彼のベッドに腰掛けた。

「私は君を大切に思っています」

「……わかってます」

「それはよかった。では、その理由もわかってくれていますか?」

「え、えっと……生徒だから?」

「違います」

彼が振り返る気配がした。

「君が、とても魅力的な人間だからです」

「魅力的?」

「はい。私は君が思うほど出来た人間ではありません。『生徒だから』とか『子どもだから』というだけの理由で、無条件に好きにはなれません」

「先生、私のこと好きなんですか?」

「大好きですよ」

間髪入れずに答えたのが効いたのか、喉を鳴らす音が聞こえた。

「で、でも、私の好きとは違うんでしょう?」

「そう思いますか?」

私は振り返って彼の顔を見つめた。もちもちのほっぺたがほんのり紅く染まっている。

「先生、私は、先生のこと、その、キ、キスとかしたいくらい好きです……!」

目を瞑って一生懸命に言葉を紡ぐ姿。まったくいじらしい子だ。

私はそんな彼の額にご褒美を落とした。

びっくりして目を開けた彼が息を吸うよりはやく、私は壁際のベッドへ移動した。

「さて、寝ましょうか」

「せ、先生! 先生も私のこと」

「駄目ですよ、煌時あきときくん」

急に名前を呼ばれて息をのむ生徒。

「答え合わせは、君が大人になるまで禁止です」



玄関の扉を開けた途端、父から強烈な抱擁を受けた息子は「ぐえっ」と呻いた。

何か問題はなかったかと聞かれ、すんなり何もないと答えた私とは裏腹に、動揺する彼。ほんの短い時間ではあったが、父親が気がつくには充分すぎた。

麦わら帽子を両手で掴み、更に深くかぶって自室へと駆け込んでいったあの子。見送った父親が、次の瞬間には私を鬼の形相で睨んだことは言うまでもない。


テーマ「麦わら帽子」
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