圭佳国物語

真愛つむり

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第1章

玉の子

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 圭佳国けいかこく。ここは、とある帝が治める国。警察機構が機能していないとは言わないが、治安はそこそこ悪い。特に田舎の農村ともなれば、貧しさに喘ぎ人減らしをする者も少なくないのだ。

 そんな治世の犠牲になった姉妹がいる。璃茉りまは赤子の頃、妹の璃珠りじゅとともに、都の花街に捨てられた。せめて裕福な人に拾ってもらえるようにという、母の最後の愛情だったのだろうか。そんなことは、今となっては知る由もない。

 2人を拾ったのは、とある妓楼の楼主だった。楼主は愛らしい女子の赤ん坊を見て、商売道具になるやもしれぬと思った。そこで、将来の太夫候補として、たいそう大事に育てた。歌に管弦、舞に読み書き、算術と、惜しむことなく叩き込む。妹のほうはあまりものにならなかったが、姉は太夫たちにも称賛されるほど立派になった。

「璃珠、また頼める?」

 璃珠は芸事が苦手な分、家事に精を出した。特に裁縫の腕は一級品で、店に出しても文句は言われまい。璃茉は厳しい稽古で穴の開いた足袋を、何度となく璃珠に託している。

「はいはい、また穴ね。お姉ちゃんは頑張り屋さんだなあ」

「それほどでもないよ」

 もうだいぶ使い古した足袋であるが、新調するのは簡単でない。稼ぎ頭の太夫ともなれば話は別だが、今は見習いの身。裁縫の上手い妹を持って幸運だったと思う。

「う、ゴホッ、ゴホ」

「また咳? やはり一度医者に診てもらったほうが」

「ううん、平気」

 璃珠はただの風邪だと言い張る。けれども、ずいぶんと辛そうな咳だ。璃茉は遣り手に頼むことにした。柘榴婆ざくろばあは長年月長石げっちょうせきに勤める遣り手で、妓女たちからの信頼も厚い。少々金にうるさいところはあるが、楼主がその辺甘いところを考えるとよい塩梅といえる。

 柘榴婆も考えは同じだったらしく、思ったよりもはやく医者を手配してくれた。そして医者は璃珠を診るや否や、病人を隔離するよう言いつけた。はじめ詳しい話はしてくれなかったが、璃茉が姉だと言うと重い口を開いてくれた。璃珠は結核だった。

 医者でも薬師でもない璃茉にできることは、なるべく共に時間を過ごすことだけだった。襖越しに、いろいろな話をした。覚えていない故郷のこと、母のこと、父のこと……世話になった姐さんや、拾ってくれた楼主・橄欖かんらん様のこと。そして、死後のこと。遺灰は宝石の材料になるという。璃珠は言いづらそうにしながら、しかしはっきりと言った。

「お姉ちゃん。私が死んだら、石にして。ずっとお姉ちゃんの傍にいさせて」

璃茉が素直に頷いてやれないうちに、その時はやってきた。璃珠、享年9。早すぎる死。

 こんなことならすぐに頷くんだったと、璃茉は悔いた。しかし灰を宝石にする技術など、一介の妓女が持ち合わせているわけもない。璃茉は焼かれた妹の骨を埋葬する時、灰を少量くすねるだけで精一杯だった。

 璃珠の死後、月長石は重い空気に包まれた。あの小さい子がいかに店の空気を明るくしていたか、皆身に染みてわかった。璃茉の落ち込みようはひとしおで、食事もまともに喉を通らない様子であった。心配した姐さんらが買い物に誘っても、下を向くばかり。唯一本を見るときだけは顔を上げ、何やら必死に探していた。それらはみな石、特に宝石に関する書物ばかりだったので、姐さんのひとりが美しい宝石を買ってやると言った。しかし璃茉は断り、こう言ったのだ。

「私の欲しい石は、誰にも用意できません」

と。

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