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2章 好敵手の章
第11話 魔を癒す剣⑤
しおりを挟むヴィダリオンがディバインウェイブで生み出した異空間の空はあちこちが剥がれ裂け目から間断なく紫がかった黒いガスが現実世界へと流れていく。異空間は崩壊の前兆となる振動とゴートクレスターⅡの哄笑に包まれていた。
「間もなくこの異空間も、俺と宿主も完全に融合する。そして」
ゴートクレスターⅡは必殺剣でエネルギーを使い果たしながらもなお、剣を杖に立ち上がろうとするヴィダリオンへ両腕を向ける。
「ガス欠の機士もこれで終わりだ!」
ゴートクレスターⅡの前方に巨大な魔法陣から蛇ともドラゴンにも似た強大な炎が天高く鎌首をもたげると頭上からヴィダリオンへ迫る。
「だが・・・・俺もタダでは終わらん!」
ヴィダリオンはふらつきながらも炎に相対し剣を構える。
「無駄な事を・・・・ムッ!?ガスが消えていく・・・・だと!?あれは何だ?」
予想外の出来事に集中を切らせたゴートクレスターⅡに合わせる様に炎の蛇の動きが鈍る。数瞬の後に飛び出して来たティレニア号の船首の衝角が蛇の横腹を貫くと炎は火の粉を地上に降り注ぎながら雲散霧消した。
「ハダリー、遂に・・・」
「遅れました、ヴィダリオン様」
「俺よりも先に奴を人間から引き離すのが先だ」
自分を回復する為に船から飛び降り駆け寄ったハダリーをヴィダリオンは手で制して今なすべきことを告げる
「はい!」
「ふざけるな!ガスを浄化出来たとてたかが看護兵如きが俺を倒せるものか!」
ハダリーは修道服を脱ぎ捨て髪を解く。衣の下の白みがかった灰色の板金鎧が放熱で金色に輝く長髪を照り返して輝いた。
「このまま戦うとは言っていない!我が2人の師の教えと力を今こそ見せる!リギングアップ!!」
「リギング?まさか!?」
ヴィダリオンの予想通りだった。
ティレニア号の大きさが機動鋼馬並みに縮小すると船首が分離し、更に衝角が外れてハダリーのメイス先端に装着され、カトラス風の刀となる。
マストが後方に倒れながらマントを形成すると船体が下方へ垂直になると左右に分かれて両足を形成。
船の両舷が変形して肩へ、3本1対のオールが引き込まれ両肩の下で放熱フィンとなり、ハダリーの体に装着されていく。
最後に船首部分を被って合体変形が完了。その出で立ちは正に海賊船の女船長といった具合だった。
「艤装合体・ナイトハダリー見参!」
「馬鹿な・・!?伸縮自在の船にそれと合体する女機士だと・・・・!?だがっ」
(仮に飛び入り女が倒せなくとも黒のヴィダリオンはこれで始末できるはず)
戦闘経験の浅い新入りなど物の数ではない。ゴートクレスターⅡの慢心と自信から2人の機士の全周囲に火柱の嵐を発生させる。
「ヴィダリオン様、少しだけ距離を取って伏せて下さい!」
「分かった」
全周囲から迫る火柱は同時ではなくわずかに時間差を置いて殺到する。その刹那の時間にナイトハダリーは正眼に構えた刀を円を描くようにグルリと回し刀身に火炎を集めるとバットのスイングの様に振り抜く。
「月輪奥義・孤月返し!」
一点に集められ、撃ち出された業火は火元であるゴートクレスターⅡを逆に襲う。
「ク・・・笑わせるなア!誰が自分の技で死ぬものかよ!」
ゴートクレスターⅡは突然生じた胸の微かな痛みを振り払うようにせせら笑いながら右手で業火を受け止めると急加速しながら燃える右手をナイトハダリーへと叩きつける。
(今だ!)
ナイトハダリーは相手の右手と同じ軸線上に刀の切っ先を合わせると炎の腕のスピードに合わせて刀を突き出した。
「フン、やはり素人・・・・だとおおオオォッ!?」
ゴートクレスターⅡの驚愕は2つ。1つは腕に何も火炎の熱さ以外の感触が無いにも関わらず敵の火炎を纏った剣が腕を貫いている事。最後はその剣が自身の胸の数ミリの亀裂を捉えて貫通し、その裂傷から取り込んだはずのホームレスの男がやつれ果ててはいるが無傷で押し出された事だった。
「月輪奥義・朔裂衝!貴様らの肉体ではなく罪そのものを斬る。これが貴様達の計画を潰す我が師と主の教えの形なり・・・」
「こ・・・・こん・・・・なこ・・・とガアッツ!」
宿主を失いサテュロスとしての姿を保てなくなったゴートクレスターⅡは老若男女様々な人間の姿を取りながら巨大化な紫がかった黒い煙で出来た雄山羊へと変質していく。同時に異空間が完全に崩壊し、ヴィダリオンらは元の神社の境内に戻って来ていた。
「ハダリー、ヴィダリオン、無事だったんだな!」
「ユウキ様、ご心配をおかけしました。でも・・・」
自分達を見下ろす昏い不定形の影のようなゴートクレスターⅡを見上げてナイトハダリーは無念の声を上げる。もう彼女に戦えるだけの力は残されていなかったのだ。
「心配するな。ここから先は俺達の仕事だ。お前達合体だ!」
「「「「ヴォーセアン!」」」」
ヴィダリオンの合図に従機士達が円陣を組み紋章剣を掲げて切っ先を合わせ、頭上へと掲げると各自が変形合体のシークエンスへと入る。
頭部と両肩そして二の腕がヴィダリオン
両前腕がホットスパー
胸部が伸長し頭部が胸の中央に配置されたメガイロ
両足がマリニエール
背部は以前より大型化した翼を持つコートオブアームズ・チェンジマートレットとなったカローニンがレイブルブースターと合体し装着される。
「重装合体ヴィダリオン!!」
互いの大きさは互角。ならばと先制の鉄拳を放つ重装ヴィダリオン。
だが敵の体はグニャリとたわんで何の手ごたえなく跳ね返された。
『なんだこいつは!?煙ともナメクジともつかねえ気味悪い体しやがって!』
『だがすり抜ける訳じゃない。俺の新しい力なら奴の体をぶち抜けるかもしれん』
「よし、アニューレットドライブ起動!」
メガイロのアニューレットカノンのエネルギーを両腕内部に伝えて腕力を一時的に3倍にするアニューレットドライブで増幅された右ストレートはしかし、その力の分だけ敵の体にめり込んだだけで結果は同じだった。
「殴打が効かないのならば切り裂くのみ!マリニエール、クレセントカッターを借りるぞ」
『待て、ヴィダリオン。分析結果が出た。奴の額に核がある。そこを狙え』
「了解」
重装ヴィダリオンは周囲に4つの三日月型ブーメラン、クレセントカッターを発生させるとゴートクレスターⅡへ飛ばす。時間差を置いて殺到するカッターはゴートクレスターⅡの手足を切り裂き、本命の額部分を最後の一投が頭部を上下に輪切りにする形で切断した。
だがゴートクレスターⅡの切断部分から煙が生き物の様に伸びて切断個所を引っ張り上げて元通りに繋いでしまった。
「おい、まだピンピンしてるぞ!マリニエールよう、ちゃんと分析したのか?」
『・・・・馬鹿な!?核が一瞬の内に心臓部に移動しているだと!?』
「何?うわっ!?」
敵の奇怪な能力に動揺する重装ヴィダリオンにゴートクレスターⅡの両手からの火球が直撃し火花を上げながら後退する。
『どうします?我々の技は連中の外側の動きを拘束する事は出来ても内部の動きまでは不可能だ』
「いや一か八か、カローニン、ホットスパー、お前達の新しい力を使う。体の主導権を俺に貸してくれないか?」
『いいですよ』
『お前に全てを賭けるぜ、ヴィダリオン』
「よし、一気に決着をつけるぞ!紋章槍起動!!」
ヴィダリオンの指令でカローニン以外の4騎の紋章剣がメガイロの大剣を中心に連結、最後にカローニンの短剣が切っ先に装着され巨大な騎槍を形成する。
「オーバーチャージ!!」
切っ先から放たれた1条の光がゴートクレスターⅡへ命中。光の竜巻を巻き起こして敵を拘束し竜巻は敵とヴィダリオンを繋ぐと同時に敵の核の位置を重ヴィダリオンへ送る。
背部のブースターと翼で加速、竜巻の中を敵の核目掛けて突撃する。だがゴートクレスターⅡは敵を十分に引き付けた上で再び核を移動させる。
「これが奥の手、スパークダッシュ!」
ヴィダリオンはカローニンの翼を大きく広げ、ホットスパーの拍車状のローラーダッシュを展開し更なる加速をかける。
「紋章槍奥義・疾風怒濤・迅雷!!」
突然の急加速に核を再び移動させること暇を与えず、重装ヴィダリオンは核ごとゴートクレスターⅡの胸を貫いた。
重装ヴィダリオンが穢れを払うように斜め下に槍を払うのとけたたましい叫び声を上げておぞましい影が消失するのは同時だった。
静寂と平穏が剣王町に戻って来たのだった。
「まさか船にあんな機能があるなんてね」
「いや俺も船が伸縮するのは聞かされてたけどまさか合体するとは」
金雀枝杏樹と星川勇騎が驚きあきれる中聖女モードへ戻ったハダリーが説明する。
「あれは元々ギスカル様の為の機能だったのです。それを私がこの度引き継ぎました」
「じゃあティレニア号っていつもは?」
「俺の部屋の窓の外に模型サイズで吊るしてある。中に飾っとくと窓ガラス割って飛び出ちまうからな。だけど」
「…うん」
戦いは終わった。ゴートクレスターⅡに融合していたホームレスの男は衰弱が激しく搬送先の病院に収容され逮捕された。
「人の心の弱さを、闇を突いてくるクレスタ―、か」
敵の新たな魔の手は止んだわけではない。しかし
「ハダリー、これからも頼むぜ。俺も一緒に強くなるからな」
「はい!」
仲間と力を合わせればきっと勝てる。
勇騎と杏樹は決意を新たにするのだった。
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