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2章 好敵手の章
第11話 魔を癒す剣④
しおりを挟む青い空の下見渡す限り丈の低い草原が広がっている、ディバインウェイブの生み出した異空間。ゴートクレスターⅡの生み出す火柱によってその空が赤く染まる。
「馬鹿め!場所を変えた所で貴様らには何もできんわ!」
ゴートクレスターⅡは空から地面から次々と火柱を召喚し、異空間を生み出した黒のヴィダリオンを狙う。ヴィダリオンはの視線を敵から外さずわずかな変化も見逃すまいと注視しつつも最小限のステップで火炎を躱し続ける。
「くっ、やはり見えない。奴と取り込まれている人間とのつなぎ目が・・・・!」
以前見た時は図像獣と人間との間に意識の差があるように見受けられた。彼らの融合能力が魔力的なものならば両者の意思のズレが互いの肉体を引き剥がすいわば「合わせ目」として出てくるはずなのだ。
「完全に抑え込まれているのか?」
「そうだ。そして俺達HBクレスタ―は人間やお前らを絶望させることに重きを置かれている。こんな風にな!」
ゴートクレスターⅡは頭の2本角から空へ光を放つ。光を受けた個所からパラパラと絵の具が剥がれる様に空の青が地面に落ちていく。そしてその個所は次第に大きくなっていった。
「コイツ、中から異空間を破るつもりか!?」
「その前に貴様を地獄に送ってやる!」
「むっ!?」
火柱が来る予兆の焦げ臭い匂いがヴィダリオンの周囲全てに立ち昇る。それは火柱が全周囲から襲い掛かる事を意味していた。
「くっ、紋章剣奥義・全身全霊終の太刀!!」
ヴィダリオンは頭上に剣を掲げ持てる力を刃に集約する。
「な、なんだと!?」
ゴートクレスターⅡが驚くのも無理はない。回避不能の全周囲からの炎。それらは剣が放つエネルギーのバリアに阻まれヴィダリオンに火の粉1つ届く事は無い。前代未聞の光景にゴートクレスターⅡの心に恐怖が浮かぶ。それは体内に封じた男の心とシンクロし、自身の体に小さな裂け目を生み出した。
「行くぞおオォォ!」
同じ体勢のままヴィダリオンは気合と共に炎の中から飛び出し、裂け目目掛けて剣を振り下ろす。
「や、やめろ!?」
ゴートクレスターⅡは本能的に右手を突き出した。完全に死の恐怖からの防衛本能だったがヴィダリオンも先ほどのハダリーの一件から腕を止めざるを得ない。男の右腕を切り落とす事に繋がるからだ。その事に気が付いたゴートクレスターⅡは右手から火柱を放ってヴィダリオンを焼く。
「くっ、そおッ!」
炎から逃れるべく大きく後退する。空は半分以上剥がれ落ち異空間が保たれる時間はもう僅かしかない。
(ダメだ・・・・こちらからの攻撃では今の繰り返しになる。やはりカウンター技が、ハダリーの月輪でなければ融合された人間を救う事は出来ない・・・だが、間に合うか?)
「クククッ、何をためらっている?考えている間にも見ろ、あの瘴気を!あれが崩れた空を通って現実世界の人間共を狂わせるのだ!」
「あれが!?・・・・皆頑張ってくれ」
従機士達は神社の入り口に各々の盾をバリケードがわりに突き刺し、その後ろにメガイロの巨体が立ち塞がる事でここから通り抜ける事は不可能となっていた。彼の頭上の屋根の中央にはマリニエールが蛇腹剣を振り回して暴徒と化した人々の得物を器用に搦めとっては投げ捨てていた。だが一部の暴徒達は入り口ではなく門の両側の壁を登って侵入を図る。
「あいつやるなあ。よしベオタス、俺達も空から連中を抑えるぞ!」
「では右側は任せます。私は左側を!」
ホットスパーことパールウェイカーは自身の愛馬に跨りコートオブアームズ・スターシールドを展開、壁上に降下して下馬すると槍先に器用に1人の暴徒の服を引っかけて投げ飛ばすと同時に後から登ってくる暴徒達を足蹴にして転落させる。
「チマチマやるのは性に合わねえ。行くぞベオタス!」
再度騎乗すると暴徒の群れの頭上に陣取って槍を振り回す。流石に理性を失った暴徒達もこれにはたまらず引き下がるよりなかった。
カローニンの方はコートオブアームズ・チェンジマートレットで鳥型飛行形態に変身して壁をよじ登ってくる暴徒をその爪と嘴で登ってくる暴徒を落としていった。
「ホットスパー、あまりやりすぎると大ケガをさせてしまいますよ」
「ちゃんと加減してらあ。そっちこそ目玉や腹を抉るなよ」
「それこそ余計なお世話ですよ」
「ム・・・これは!?空を見ろ!」
空が突如歪む。この異常に最初に気が付いたのはマリニエールだった。
彼は自身に備わった分析能力によって検知された空間の異変を山門で奮戦する従機士達に伝える。
「あの図像獣はディバインウェイブを内側から破るつもりだぞ!」
「今こんなところで戻ってこられるとまずいな」
メガイロが盾を利用して暴徒を防いでいるがその数は増える一方だ。暴徒達は山門の狭さを利用して一点突破を図るつもりなのだ。
「ホットスパー、カローニンはメガイロと共に山門を守れ。私はここから援護する」
マリニエールが蛇腹剣で暴徒を数名纏めて縛り上げてそのまま遠くへ投げ飛ばしながら指示を出す。
「あいよ!」
「了解!」
彼の指示に従い2騎はメガイロの両脇に陣取り盾を構えて暴徒達と押し合いに臨む。勝敗は徐々に機士側が優勢になりつつあったが敵側に思わぬ援軍が現れ、状況が一転する。
「気を付けろ!正体不明のガスだ。空間の歪みから漏れ出てくるぞ!」
「ガス!?そんなモン全く感じねえが…何ッ!」
「こ・・・・これは!?」
「信じられない・・・・彼らのどこにこんな力が!?」
ガスを吸った暴徒達はさらに狂暴な唸り声を上げながら本来ならば出し得ない人間の数十倍の力で3騎を盾ごと押し込み始めた。
「だ・・・ダメだっ!?押し切られる!」
「うわっ、しまった!?」
狂暴化した人々は3騎を押しのけ踏み越えて社務所と本堂へ殺到する。
「社務所にはばあさんと嬢ちゃんがいるはずだ。そっちに行くぞ!」
「本堂は?」
「ハダリーがいる!」
「1人ではあの数は無理です。私が」
マリニエールが蛇腹剣が暴徒の一部を神社外へ叩きだすのを横目にメガイロとホットスパーは暴徒を追って社務所にカローニンは本堂へと向かった。
長い沈黙の後ギスカルが仕掛けた。ハダリーは上段から振り下ろされる鋭い一撃をメイスで受けそのまま突きに転じようと体を動かす。だがそれを見切っていたかのように相手の剣はメイスを巻き込むように下段へ動きハダリーの足を撃って転倒させるとハダリーの眼前に剣を突きつけた。
『考え方は悪くないが今ので確実に死んでいるぞ』
「くっ、どうして、どうしても見えない」
『聞きなさい、ハダリー。今あなたの周りに何が起きているかを』
オーン看護長の言葉に耳を澄ます。格闘でもしているのか怒号の中で主である勇騎が自分を呼ぶ声が聞こえる。
「ユウキ様!?もう敵の手がここまで!?」
『まだ終わっておらん。全てを救う手立てを見つけるまではお前は覚醒しない』
『本当の勇気と慈愛、友情。あなたの周りにはそれらを伝える人達に溢れている。それを感じ取りなさい』
「しかし・・・・」
2人の師の言う事は理解できても状況は切迫している。その焦りからメイスを振り上げるが再び剣に抑え込まれてしまう。
(ハダリー頑張れ!お前が元に戻るまで絶対に手出しさせないぞ!)
敵への憎しみでも、ままならない部下への苛立ちでもない、純粋な信頼と決意。
「それが・・・・真に戦うべき理由・・・!」
地に着いたメイスを振り上げる。それは当然押し込まれるが気にしない。メイスを叩きつけられた反動で体当たりをかける。
意外な行動にギスカルは後退する。この機を逃さんとハダリーは追撃の突きを放つ。ギスカルの剣が神速で突いてくるが構わない。ハダリーの狙いはその剣なのだから。メイスと剣が火花を散らしてぶつかり合い、その質量差で剣が折れた。
「ハッ、ハッ、ハアアッ、やっと」
『やるな…』
『よくぞこの短期間で』
2人の師は左右から愛弟子を抱きしめる。
『その感覚を忘れるな。さすればお前に相応しい力を呼び覚ますだろう』
「はい・・・ありがとうございました」
暗闇が晴れ、目に映るのは本堂の木目。耳に聞こえるのは勇騎とカローニン、そして暴徒の怒号。
「お二人とも下がってください。今取り除きます」
「何をってまあいいや。任せるぞ!」
「はい!」
見える。彼らを操る悪の波動が。そして今の自分はそれを浄化できる力があるのだ。
(オーン看護長、お力を!)
「アフェクションハロウ!」
修道服姿のハダリーの背後に光輪が顕れ、暖かな光を発する。その光は瞬く間に神社全てを包みこみ、ゴートクレスターⅡの黒いガスを浄化していく。
「これが癒しと慈愛の光か」
「やったぜ、ハダリー!」
勇騎はハダリーの手を取って喜ぶ。
「いいえ。本当に救わなければならない方がいます」
「そうだな。でもどうやって」
「大丈夫です。やり方はここが教えてくれます」
ハダリーは自身の胸に手を当て力強く答える。
外に出るといつの間のかティレニア号が待っていた。
「行って参ります」
ハダリーは船に乗って空の裂け目の中へと消えていった。
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